第16話ダンス教師 消えた衣装 ④
「ビデオ、キラキラ布、板、よし準備OKです。行きましょう。」
荷物をもった花がドアを開けた。目の前にアジがいる。
「アジ、お昼もう食べちゃったから何もないよ。もっと早く来ればよかったのに。
私達はすぐ戻ってくるけれど、夜までご飯はないからね。夜にまたおいで。お魚用意しておいてあげるから。」
花の言葉を聞いて、アジはひと声鳴いてさっていった。
「アジが来ましたね。やっぱり今回も動物が犯人ですかね。」
「その可能性は高そうね。夕方刺身を買ってこないと。商店街の総菜どれもおいしいから毎回楽しみよね。」
「そうだね、なんか今日はコロッケが食べたい気分。ポテコロがいいな。」
「ああ、美味しそうですね。私揚げてあるじゃかいもは何でも大っ好きです。ポテコロってひき肉入れる派ですか。私は入れない派です。美味しいのは分かるけれど、じゃがいもだけのが好きなんですよ。」
「分かるわ、私も入れない派よ。でも売ってるのは悲しい事に殆ど入ってるのよね。むしろ入っていないのを知らないわ。美味しいのは分かるけれど、入っていないのが食べたいのよ。だから、ポテコロだけは自分で作るの。コロッケ面倒くさいのに。」
顔をしかめて、面倒くさそうに言う香。
「私もジャガイモだけのコロッケを売っている所は知らないんですよね。たまに物産展で見たことがあるくらいです。勿論多めに買いますよ。コロッケってサンドイッチにしても美味しいし。
そして私は運の良い事に、おばあちゃんに頼んで作ってもらえるんです。ウフフ。」
「良いわねえ。衣は1回つける唐揚げは良いんだけど、2回やるコロッケは面倒なのよ。」
「1回も2回もあんまり変わらないけれど。というかもう着いたよ。近いからね。」
ブザーをならす花。待っていたのか、すぐにドアが開いて2人とも出てくる。コロッケの話聞こえてたかなと思う3人。
「お待ちしてました。中へどうぞ。」
ベランダへ行くと花が布を外に干す。布の下の方につけた紐を部屋の中に入れると、そっと窓を閉めた。その紐を持ってきたビニール袋に括り付ける。ビニールの中には事務所に合った重しを入れておいた。
香と雪の方はビデオをセットしていた。持ってきた板の上にビデオを置くと角度を調節して布とベランダ一帯が映るようにする。高さや位置の調整をしていると、りえが話しかけてきた。
「あの、家にあったビデオを見つけたんですけれど、よかったらこれも一緒に使いましょう。メモリーも中身をパソコンに移したので3時間くらい持ちます。」
「ありがとうございます。良かったです、2台あった方がより確実ですから。じゃあ向きを変えて移すベランダの死角を無くすようにして置きましょう。」
そういうと、花はりえを手伝いビデオをセットした。香と雪の方もセッティングは終了していた。
「じゃ、電源をオンにして少し早いですけれどお店に移動しましょうか。」
皆、2台とも電源が入り録画が始まったのを確認すると、賀来さんのお母様も一緒に全員お店へと移動した。
お店に入ると、花が提案する。
「皆でここに1時間いても時間が勿体ないですよね。用事があったら済ませてきてもらって大丈夫ですよ。冷蔵庫もあるので、食料品の買い物でも多少なら入れておけますから。」
賀来さん母子は、嬉しそうにお礼を言ってスーパーに向かっていった。それを見ていた雪が自分もパン屋さんと総菜屋さんに行って買い物をしてくると言った。
「あら、それなら手伝うわよ。私もパンの種類見たいから。花はどうする。」
「それなら私も行きます。結局みんな商店街の方に行くことになりましたね。」
結局全員で買出しに行った。
賀来家ではキラキラ布が犯人を誘うようにキラキラと揺れている。30分以上たった時、静まり返った賀来家の近くに、キラキラに誘われるように犯人がそっとやってきた。
ベランダの近くからジッと様子をうかがっている。しばらくそのまま動かない。20分以上たっただろうか、誰も見ていない事を確かめると、そっとベランダに侵入した。
そのまま勢いよく布を引っ張る。洗濯ばさみから取れて布がベランダの床に落ちた。犯人は布を引っ張って持っていこうとするが、どこかに引っかかっているのか布が動かない。
頭に来たのか足でキラキラ布を踏み、思いっきり引っ張るもやはり動かない。暫く格闘していたが人の気配を感じ取ったのか、布を諦めて静かに去っていった。
1時間以上たち、皆で賀来家へと戻ってきた。皆、何が映っているのかを期待しているのだろう、ウキウキとした表情だ。念の為、空手をやっている花とボクシングをしている香が先頭にたって家の中に入っていく。そのままベランダへと向かうとキラキラ布が床に落ちていた。
皆歓声を上げて急いでビデオを見る。ほんの10分位前に、犯人がやってきていたのだ。
犯人を見た途端、安堵の声があちこちから上がった。
涙ぐんでいるりえが、3人にお礼を言う。
「良かったあ。まさかカラスが犯人だったなんて。もう人間が犯人じゃないだけで私は安心しました。大満足です。【何でも屋】さん、ありがとうございました。本当に犯人カラスで良かったです。ここ最近ずっと怖かったので。」
その後、思わず笑いだしたりえ。釣られるようにみんなで笑う。
「キラキラ光って揺れていたから、誘われるようにしてきちゃったんですね。きっと。」
「そうね、動物かなと思っていたけれど、本当にカラスだとは。なんだかおかしいわ。」
花と香も笑いながら話している。
賀来さんのお母さんが改まった様子で、花達にお礼を言った。
「これで一件落着ね。【何でも屋】さんが来てくれてよかったわ。ビデオなんて思いつかないくらい焦っていたし。これで今日からは安心して眠れます。本当に、ありがとうございました。」
ホッとした顔でお礼を言う賀来さん母子。
「いえ、無事に解決して本当に良かったです。お2人が安心できて私達も嬉しいです。」
【何でも屋】の他の2人も頷くと、木田さんにも教えてあげた方が良いかもと話している。
「私達もお礼がてら報告に行きます。木田さん達にも手伝って頂きましたから。」
そして、木田さん夫妻に報告に行った5人。さすがに人数も多いし夕方の忙しい時間なので玄関先で失礼して報告だけ済ませる。
「木田さん。ご心配をおかけしましたが、スカーフの件は無事に解決しました。木田さん達にも協力して頂いてありがとうございました。犯人は、なんとカラスだったんです。」
「カラスって鳥のカラスよね。ああ、光っている物が好きだから盗ってたのね。空も飛んで逃げられるから、それは気が付かないわよ。よく分かったわね。」
「ええ。【何でも屋】さんが囮の布を作ってベランダに干しておいて、それにつられてきた犯人を録画したんです。私達も驚きましたけれど、ずっと怖かったからカラスって知ったらなんだかおかしくって笑っちゃいました。
今度交番の近くを通ったら、犯人の事を報告してきます。
カラスなら、指紋も足跡もないですよね。カラスが空を飛んでいたって別に怪しいとも思いませんから、スカーフを取って逃げていたとしても気付かないですよ。」
木田さん夫妻も笑っている。
「いやあ、本当に良かったよ。【何でも屋】さんもありがとう。おかげで一安心だ。」
「いえ、私達も解決できて良かったです。後は、カラスの巣が見つかると良いですね。」
「そうねえ、この近辺にはなかったのよね。まあ地道に探すしかないわね。」
皆に挨拶をして、花達は先にお店へ帰っていった。外に出るとアジがいた。花達をじっと見て歩き出す。
「あら、ちゃんとまたやってきたのね。でもご飯までまだ少し時間があるからちょっと待ってね。魚だしてあげるから。」
呼びかける花に鳴いて返事をすると歩き出すアジ。そして振り返る。
「何か私達に用事でもあるのかな。ついていってみよっか」
皆で相談してアジについていく。暫くアジの後をついていくと隣の地区にある木の下で止まる。
上を見上げるとカラスがいる。カラスの巣があるのだ。
皆驚くが、静かに動いて少し離れた位置に行く。花はメールで木田さんに、アジがカラスの巣を案内、と場所と一緒に送る。アジは皆についてくると、すぐそばに座った。
「アジお手柄だね、木田さんご夫妻にもご褒美を貰わないとね。」
小声で3人で話していると、木田さん夫婦がやってきた。黙ってカラスの巣を指さす3人。
「まあ、こんなところにあったのね。幸いまだ卵はうんでないみたいね。民家から少し離れているしここの地区の自治会長に知らせたから、後は任せてね。アジお手柄ね。明日はアジの好きな刺身を上げるからね。」
「では、よろしくお願いします。」
挨拶をするとさっさと帰っていく3人と猫1匹。今回の依頼は、最後はアジの活躍で終わった。
皆でお店に戻ると、お店の前に座って待っているアジ。香が小皿にお刺身を載せるとぺろりと食べ、お礼を言うように鳴き声を上げて帰っていた。
「最後の見せ場はアジが持っていったような気がするわね。しっかりと貰った餌の分は働いたよって感じに聞こえたわよ。」
「確かに、なかなか頭の良い猫だよね。【何でも屋】とは開店当初からの付き合いだし。」
「なかなかいい関係ですね。面白いですし。アジ可愛いです。」
雪と香も頷いた。アジは可愛い。面白い事をしている猫だけれど。
「昨日はあんまりできなかったからね。今日はお疲れさま会と依頼解決のお祝いね。」
「はい、早くも3件も解決です。今の所全勝ですよ。」
「すごいよね、私吃驚しているんだけれど。最初はこんなに依頼を解決していくなんて思わなかった。毎回趣味の探偵の話も出来て楽しいしオフ会に行って花と香に会えて良かったよ。」
「私も、気の合う友達が出来たし、参加して良かった。」
ワインを持ってきた花は皆に注ぎながら答える。
「私もです。では、今日の依頼の解決を祝して、乾杯。」
皆でグラスを合わせると、美味しいパンとコロッケをつまみに、楽しいお喋りに夢中になった。
今回の【何でも屋】の依頼も無事に解決。終わってみれば犯人がカラスというほんわか気分になる結末だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます