第14話ダンス教師 消えた衣装 ②
日曜日、3人揃って帽子にシャツにジーンズ足元はスニーカーと準備万端で集合場所にいた。他にも、ふき取りタイプのメイク落としと化粧品や汗拭きシート等も準備してお店に置いてきた。
知り合いになった木田さん夫婦や田中さんお隣の賀来さん達に挨拶すると、木田さんの奥様が香と雪を連れて初対面の人達に紹介して回ってくれた。
木田さんの奥様にお礼を言い掃除を始める。場所毎に分担して雑草取りから、掃き掃除、大きなごみの回収等手際よく進めていく。結構年上の方が多いのに皆てきぱきと素早く動くし歩くのも速足だ。人数が多かった事もありたった1時間で終了した。
花が興奮して話している。雪と香も感動して頷いている。
「凄いですね、新記録ですよ。いつもは早くても2時間、人が少ないと3時間はかかるんです。今日は皆さん凄い早かったです。」
「皆きびきびと素早く動くんだね。雑草とか桑みたいなので土を掘った後、いっせいに抜いていってたよ。なんかプロ見たい、凄かったよ。家の近所の掃除でも使えそうなわざだね。」
「1時間は凄いわ。掃き掃除だって早かったわよ。ずざざざ―――って速足というより走っている感じなの。」
元気に話している3人。だが、ご近所さん達は疲れ切ったように座っている。皆のその姿をみて花が不審そうに小声で2人に言う。
「いつもの掃除と違う、何か違和感を感じます。何だろう、何か特別な理由があるのかも知れないです。」
終了後のお茶を貰って、3人とも飲みながらゆっくりとお喋りしていると、賀来さん母子が雪達3人の方へきて話しかけてきた。
「初めまして、賀来です。先日は娘がお邪魔したそうで、アドバイスをして下さり、ありがとうございました。
その件でちょっとご相談したい事がありまして、この後皆さんのお時間があったら、お店にお伺いしたいのですが大丈夫ですか。」
「ええ、だいじょうぶですよ。今日は夜まで3人ともお店にいるつもりなので。」
「分かりました、では30分後位に伺います。よろしくお願いします。」
賀来さん母子が去った後、3人も戻ることにして挨拶をするとお店へ向かった。お店に着くとメイクを直しシートを使ってサッパリとする。
結構疲れていた3人は、疲労回復にスポーツ飲料を飲みながら、先程の賀来さん母子の事を話していた。
「どうしたんだろうね、ちょっと深刻そうに見えたけれど。この前のスカーフ盗難事件の話だよね。警察の捜査では犯人特定にはならなかったのかなあ。防犯カメラとか詳細な映像じゃなくて分からなかったとか。」
「カメラにもよるんでしょうけれど、今はパソコンの操作で結構綺麗な画像が取れるみたいですよ。」
「まあでも、警察に相談してくれただけでも良かったわよね。取りあえずは安心じゃない。」
「まさかと思いますけれど、今日の掃除が早く終わったのって、賀来さん母子の相談の時間を作るためですかね。やけに早かったですしなんだか皆さん、終わった後は疲れ切っていた感じがしました。」
静かになる3人。雪は外を見る、アジは来ていなかった。
「きっとそれよ。間違いないわね。」
香の言葉に同じように思っていたのか、雪と花も頷いた。
机の上にお茶のセットを準備して待っていると賀来さん母子がやってきた。
中に招き入れて、ソファを進める。雪がお茶を出して椅子に座ると賀来さんが話しだした。
「先日は娘のりえに私に話して警察に相談に行くように勧めて頂いたそうで、ありがとうございました。
りえから話を聞いて、すぐに警察に相談に行ったんです。盗まれた場所のベランダで指紋を取ったり何かやっていたんですけれど、指紋は私達母子の物しかなくて、防犯カメラにも家のベランダに入ってきた人や通りをウロウロしている人は特にいなかったんです。
結局よく分からないけれど、スカーフだし風で飛んだんだろうという結果で終わったんですけれど。」
りえが眉にしわを寄せて険しい表情で話し出す。
「分からないままだと不安ですし、実際住んでいる私達からすると怖くて。何か方法はないかと思って、木田さんご夫婦に相談したんです。
そうしたら、スカーフを干して家のベランダからコッソリと覗いて見張ってみたらどうかと仰って下さったんです。それで私達と木田さんご夫妻の4人で午後2時から4時までの間、2人づつ交代しながらベランダを見張っていたんですけれど、誰も来なかったんです。
通りを歩いている人も立ち止まったりせずに通り過ぎて行っていました。
暗くなったのでその日はそこまでにして終了したんです。木田さん達は今回は分からなかったけれど、又時間を作って確かめてみようと仰って下さって励ましてもらいました。
その後、家に戻ってベランダからスカーフを取ろうとしたら、さっきまであったスカーフがなくなっていたんです。もう一体どうなっているのか、全然分かりません。
私達が家に戻ってスカーフを取るまでの間、10分もかかってないと思うんですけれど。」
ため息をついて俯いてしまったりえの代わりに、母親が話しを続ける。
「警察に相談にするにしても無くなったのはまたスカーフですし、同じことの繰り返しになるんじゃないかと思って、今回はまだ話しに行ってないんです。
本当に不思議で分からないんです。10分でベランダにあったスカーフがどうやって消えたのか。一体何があったのか。解明できなかったとしてもかまわないんです。実際に見て貰って違う方の意見も聞いてみたいんです。
【何でも屋】さんに相談してみようと2人で話していたんですけれど、いつお会いできるか分からないしどうしようかと話していたら、今日掃除にいらっしゃると木田さんに教えて貰って。
なんとか、依頼を引き受けて貰えないでしょうか。」
難しい顔をした香が2人に少し考えさせて貰ってから返事をさせてほしいと伝える。了承した母子は今日は1日中いるからいつでも連絡してほしいと電話番号を伝えると帰っていった。
「これは困ったよね。そんな不可解な謎とけないよ。今回も猫が犯人だったらいいのに。
通りに誰もいない、指紋とかも出ない、田中さんの事件を思い出すよね。」
雪の言葉に顔を見合わせて黙る花と香。暫くして雪が話を続ける。
「でもご近所の方だし、何もせずに断る事は出来ない。分かる分からないじゃない気持ちの問題かな。何も分からなかったとしても一度依頼を受けた方がいいと私は思う。」
「そうね、私もそう思うわ。以前の田中さんも似たような状況で引き受けわよね。あの時は木田さんがついてきたんだったわ。今回も木田さんが微妙にかかわっているわよね。近所の人達に信頼されて相談に乗ってあげている木田さん夫婦凄いわよね」
「私も依頼を引き受けた方が良いと思います。先程の掃除の時の違和感って。この依頼、清掃活動に来ていた人達も皆知っていたんですよ。木田さんだけじゃない、皆様が頼める時間を作るための協力をしたんですね。これは断れないですよ。」
依頼を受ける事にした3人。賀来さんの連絡すると代表して花が話し出す。
「私達が調べても何も出ないと思いますが、それでもかまいませんか。」
賀来さんの母親が返事をする。
「勿論です。私達も警察も、何も分からないんです。【何でも屋】さんが何も分からなくても仕方がないと思っています。」
「そうですか、では依頼をお引き受けいたします。契約書を作成するので少々お待ちください。30分後以降でお時間のいい時はありますか。」
花が聞くと30分後で大丈夫との事だったので、その頃に又【何でも屋】に来て貰う事になった。
前回の依頼の時の契約書を参考に、1日で1万円にした。今日は調査して明日報告する予定だ。
契約書を手早く作成すると、賀来母子が来るまで待つ。訪れた賀来母子に契約内容を説明すると、本人達に確認してもらう。2人がサインすると控えを渡して契約書は完了した。
賀来母子に、花が録音の許可を取ってスマホで録音を開始する。
「まずは詳細な内容を初めから順を追って説明してください。繰り返す部分もあると思いますが全体像を把握したいのでよろしくお願いします。質問は全て聞いた後に纏めてしますね。」
少し緊張したような感じのりえが、スカーフが無くなっている事に気が付いた所から説明を始めた。
「前に話したように、ダンス講師達でダンスを披露する時に使っている、衣装のスカーフが無くなっている事に気が付いたのは先月でした。
薄い生地のスカーフでスパンコールとかビーズが沢山ついている物です。ステージの上からでもよく見えるように結構きらきらと光るものを着けているんです。
いつものように家に持って帰って手洗いをして、朝8時頃かな、2階のベランダに干したんです。他の洗濯物も一緒に干しました。夕方4時過ぎだったと思うんですけれど洗濯物を入れていたら、スカーフが無くなっている事に気が付いたんです。風で飛ばされたのかと思い、まずベランダの中を探してみました。でも見つからなかったので、外に出て家の前の通りの道と後は木の上とご近所の庭をさっと見ました。
ご近所のお庭をジロジロ見るのは、ちょっとできなかったので。時間も忙しい夕方ですし、スカーフの事だけでいちいち聞くのも悪いかなって思ってご近所にも特に確認しませんでした。もしご近所のお庭に落ちていたら落とし物で届けがあるかもしれませんし。
道路に落ちてどこかに飛んでいったのかもしれない、仕方がないなと思って諦めたんです。」
一息つくと説明を続けるりえ。
「翌週、新しいスカーフをまた同じように干しました。今度はスパンコールとかは少しついているだけで、その代わりに光る糸で刺繍をしてあるスカーフなんです。
今回は4ヵ所も洗濯ばさみでとめて、他の洗濯物の間にいれて干しました。風がふいてもそんなに揺れないし落ちないだろうと思ったんです。でも夕方洗濯物を入れる時に見てみると、スカーフだけ消えていたんです。
前回のスカーフは落し物の届け出が無かったので、きっと道に落ちたんだと思って今回は念入りに探したんです。残念な事に見つかりませんでした。」
そっとお茶を差し出した雪にお礼を言って、一口飲むと話を続ける。
「3回目は風が全くふいていない日だったのでこれは大丈夫だろうと思いました。今度のスカーフは黒字に銀と金の糸で花の刺繍がしてある素敵なスカーフだったんです。
念の為2回目の時と同じようにして干したんですけれど、又スカーフだけが無くなっていたんです。その日は全然風も吹いていなかったし3回もなくなるなんて、これはさすがにちょっとおかしいと思いました。
どうしようかと悩んでいた時に、母が田中さんや池田さん達の依頼を解決してくれた【何でも屋】さんの話をしてきたので、ちょうどいいと思って相談に行く事にしたんです。
【何でも屋】さんで危険だという話を聞いて、そこまで重く考えていなかった事を反省しました。あの後怖くなって、すぐに母に話して一緒に警察に相談に行ったんです。交番の方も最近は結構物騒だから、念の為調べた方が良いと仰って下さったのでお願いしました。
警察の方達はまず、近所の防犯カメラの映像を確認していました。洗濯物を干してから入れるまでの間、通りを誰が歩いていたかと多分スカーフが飛んできていないかを見ていたんだと思います。
次に家に来てベランダとドアの指紋を取ったり、ベランダの近くの木から乗り移れそうな太い枝が無いかとか、隣の家との距離はどうかとか調べていました。
【何でも屋】さんは、そもそもベランダがありませんし、反対側のお家からまさか屋根に登って歩いてきたなんてことは無理という事で、捜査の結果は風で飛んでしまったんだろうという事でした。」
りえを見て頷くと母親が話し始める。
「通りを歩いている人達は、家の近くで立ち止まらずに歩き続けていたそうです。木の枝は乗り移れるほど太くなくて木に登った痕跡もなかったそうです。木に登ったかどうかなんて分かるんだって感心したのでよく覚えています。後は、指紋も私達以外はありませんでした。」
ため息をつく賀来母子。
「そして最後は木田さん達との張り込みです。
午後の2時から4時まで同じようにスカーフを干しておきました。見えやすいようにオレンジとピンクでラメ入りの派手な色にビーズも付いているスカーフで、無くなったらすぐに分かるようにしました。
スカーフを干している間、2階のベランダには誰も近づきませんでしたし、強風がふいてスカーフが揺れる事もありませんでした。何も起きなかったのでその後、木田さん達に挨拶をして家に帰りました。それから2階のベランダに出るまでに、10分もかかっていないんです。
でもベランダに出ると、スカーフがありませんでした。すぐに母に知らせて、道に出て人がいないか確認しましたけれど誰もいませんでした。その後、道路と周囲の木等を見たんですがスカーフは発見できずに家に戻りました。大体こんな感じだったと思います。」
りえの言葉に頷いて同意する母親。
話を聞いていた花はお礼を言った後、内容への質問と確認をする。
「分かりました。ありがとうございました。
警察が調べているので、誰かが通りから家に盗みに入ったという可能性は除外していいと思うんです。指紋も取っていますし、少なくとも室内に他人が入った痕跡はなかったのでしょう。
問題はベランダかな。実際にスカーフが消えた場所ですし。
そういえば賀来さんの家のベランダって下の部分は外から見えないタイプでしたよね。私達なら腰の部分までは見えない感じですか。」
「そうですね、ベランダでしゃがんでしまったら外からは見えないと思います。」
「そうですか、屋根伝いにベランダに向かうって忍者じゃあるまいしほぼないと思います。昼間ですし、人目がありますからね。泥棒や変態なら避けるでしょう。ベランダの窓は防犯用にフィルムとか付けていますか。」
「フィルムはつけていないんですけれど、窓の内側部分に雨戸のような物が下せるようになっているんです。父が亡くなった後に親戚の人がつけられるように、窓部分を変えてくれたんです。ドアの鍵とか周囲の見通しをよくしておくとか色々とアドバイスしてもらいました。」
「そうですか、それなら安心ですね。この後木田さんにも状況を聞きに行きたいのですが、先に賀来さんの家のベランダを見せて頂いてからにしましょう。」
そういうと、花は木田さんの奥様にメールで質問がある旨を書いて訪問の許可を取った。
「ここの管理に来る事も何度かあったので、何かあった時の為に木田さんご夫妻とはアドレス交換しているんです。ついでに最近何か変わった事が無かったかも聞いてみましょう。木田さんの奥様ならこの近所の事は大体把握していらっしゃるはずですから。」
香と雪に説明する花。立ち上がると皆に促した。
「さあ、では行きましょう。」
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