勇者召喚されすぎた勇者は、不思議な世界の勇者になる

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 あ、勇者召喚される。

 日常のふとした瞬間に、ちょっと神々しい光に包まれてしまった時に、そんな事を考えることってありませんか?


 どうですか?


 たぶん「あー、あるあ……いや、ねーよ」と、あなたは答えるでしょう。


 それが普通の人の正しい反応だと思います。


 だけど。

 僕は割とあります。

 というか頻繁によくあります。


 何でも人には生まれ持った運命とか体質とかそういうったものがあるらしくて……。

 僕という人間は、異世界の勇者をやる運命を背負わされて、そして異世界召喚される体質だったみたいです。


 といっても今の僕は小学三年生なので、「魔王倒せ」「世界救え」とはりきって召喚してもらっても困るんです。


 勇者召喚特典として、1召喚につき1スキルが身に付く事になってますけど、腕力に特別自身があるわけでも、頭は特別言い訳でもないですから。


 むしろ、普通の人よりちょっと各種能力値パラメータの数値が低めかなって感じですし。


 そんなわけだから、頻繁に召喚されても、困るんですよね。

 癒し要素的な扱いを受けて、子供勇者とかもてはやされる事がたまにあるんですけど、そういうのは望んでませんし、勇者として頑張ってみて他の勇者的な立ち位置の人と一緒に旅をしても、ちょっとしたお手伝いをする事しかできないんですよ。


 とりあえず記憶にある限りでは僕が巻き込まれた勇者召喚は合計六度。


 勇者召喚の理由は、その時その時で様々だ。


「魔王に支配されているから、勇者君ちょっとやっつけてきてくれんかね?」とかいうマイナーな理由から、「人族と魔族が争っていて中々戦争が終わらないから、さくっと何とかしてちょーだい」とかいうちょっと難しめのものもあったし、はたまた「ちょっとここで寝てるだけでいいんで、そのありあまる勇者パワーを後の国の繁栄の為に、解析させてくれませんかぁ」とかいうアレな要件もあった。


 程度の差こそあれど、召喚先の世界は皆結構何かしら困りごとを抱えていた。


 そういうの見ちゃうといくら小学生の僕でもね、「実は何もできません」「子供なんで難しい事はちょっと……」「大した事は出来ないので、家に帰してください」なんて言いづらくなるんです。


 ちょっと投げやりだったり他人に任せすぎのとこもあったけど、考か不幸かおおむねこれまで訪れた世界では、皆色々必死に頑張ってたし、割とギリギリのところで根性だして踏ん張ってたっている例も少なくなかったから。


 だから、僕も文句を言いつつもそれなりに毎度毎度律儀に頑張ちゃうわけなんですけどね?


 そろそろ良いんじゃないですか?


 ちょっと、ここらで引退させてください。


 小学生の肩に世界の行く末とか、戦争解決とか、荷が重すぎますから。


「せんせー。たいよー君がまた何かキラキラした光に包まれてます!」

「あー、うん。大丈夫大丈夫。ほっといても平気だから、次のページ音読してね」

「あ、せんせー。太陽君の周囲に何か中世ヨーロッパ風のお城の中みたいな景色が見えてるんですけど」

「平気平気、放っておいても割と大丈夫だから。はいはい皆、静かに静かに。ちょっと太陽君は今日からクラスからいなくなっちゃうけど、半年後とか数日後とかにケロっと帰って来るから、ね? だから次の問題の答え、黒板に書きましょうね」


 授業中に発生した7度目の勇者召喚。

 慣れ過ぎた周囲の反応が、ちょっとどうかと思わなくもないけど、突っ込みをいれるのは後にしておいた。


 とりあえず、次は人の命とか人類の未来とかがかかったのじゃなくて、平穏な異世界召喚になると良いな。


 このまま異世界召喚されすぎると、その日常が当たり前になりすぎて、新たな扉を開いちゃいそうで怖いんです。







「よ、ようこそいらっしゃいました勇者様!」


 7度目の勇者召喚。

 僕を包んでいたまばゆい光が薄れた時、目の前に立っていたのは、ちみっこいお姫様だった。


 僕と同じくらいの背丈の、豪華なドレスを来た同い年っぽい女の子だ。

 キラキラとした金色の髪と、透き通った海のような青の瞳が目を引き付ける。

 こ洒落た店のショーウィンドウに飾られた、愛らしい西洋人形みたいに見えた。

 ちなみにあちこち周囲に視線を向けると、「この女の子はやんごとなき身分です、」て主張するかのように、護衛らしき屈強な兵士さん達が大勢並んでいる。


 で、そのさらに遠くには 大人の体よりも太い柱や、ちょっとしたビルより高い天井やら。


 観察するにここはお城の内部のようだ。

 僕はやんごとなき身分が住む場所に召喚されたらしい。


 一回勇者召喚の後、魔物がひびこる危険地帯に一人で放り出された事があったけど、その時にくらべれば大分マシなスタートだった。


 それで……。


「あ、あれ? こども? えっと、勇者様なのかしら?」


 目の前のちみっこいお姫様が、なにやら何度も目をしばたかせて僕を凝視してくる。

 想像してたのと違ったのが来たみたいで、大分困惑しているようだった。


「えっと、えーっと……」

「ウォッホン、姫様どうか威厳を」

「あ、そうだったわね。私はお姫様、私はお姫様。偉い人偉い人……」


 そんな感じでお姫様はひとしきり狼狽していたけど、護衛の人に咳払いされて冷静になった。


 と、言っても、子供が背伸びしているみたいで、ぜんぜん偉そうには見えないけど。


「あの、あなたお名前言える? 住所とか言える? えっとそれから……、何か得意な事って事ある?」


 せいぜい、ちょっと背伸びをしてお姉さんぶりたい年頃の女の子と言ったところだ。


 僕は、幾度となく繰り返された異世界召喚の間煮えた知識と経験を総動員して、精一杯の目上の身分の人への礼儀の姿勢を示した。


「僕の名前は太陽。赤井太陽です。お姫様。僕の能力は、マッチくらいの火を出す事と、コップにいれるくらいの水を出す事と、親指の爪くらいのサイズの怪我を治す事です」


 その場に腰をおって、視線をひくくしてそう伝える。

 他にも色々細かな決まりがあるらしいけど、世界ごとにしきたりが違うし、元の世界で勉強とかしてたら忘れてしまったのだ。


 六度の異世界召喚で得たスキルは他にもあるけど、取るに足らない物ばかりだったので省略。

 なにも好き好んで自分から恥をかきにいく事はないだろう。


「え、マッチ? コップ? 親指の爪?」


 その場に集まっている者達の顔色はみるみる変化していく。


 きっと大いに失望しているんだろう。

 今までの世界でも、頻繁に会った事だ。

 呼び出した勇者が僕みたいな小学生だった事が分かった後は、必ず一度は落胆されたりため息をつかれていたから。


 で、その後は、「本当に勇者なのか」って聞かれたり、「何かの間違いでは」みたいに自分達のした儀式の精度を疑い始めたりするんだ。


 この世界の人達もきっと同じだ。


 追いつけられてるんだろうから、仕方がないって事ぐらい分かっている。

 勇者なんてものを召喚するくらいだから、何かきっと自分達では解決できない事があるという事くらい、小学生の、僕でも分かる。


 だから、僕はなるべく大人の態度を心掛けるようにしてきた。


 こういう時に感情的な言葉を言っても、余計に事態をややこしくするだけだから。


 なのに、予想しえない事が起こった。

 なぜなら、彼等の反応は今までの世界とはまるで違うものだったからだ。


「ご、ごめんなさい!」

「へ?」


 目の前にいるちみっこいお姫様が顔を真っ青にして、僕に頭を下げて来たのだ。


「あ、あの……。ま、ま、ま。間違えました」


 そして、そんな事を消えそうなくらいか細い声で伝えてきたのだった。









 その後詳しく聞いてみたら、彼女達はなんでも、同じ世界の、他の地域にいる僕ではない別の勇者を呼び出そうとしていたらしい。

 だけど、儀式が失敗して別の世界にいる僕が呼び出されてきてしまったと言う。


 びっくりした。

 まさか間違い召喚なんてものがあるなんて思わなかった。


 でも、それならその世界は別に大変でも何でもないという事だろう。

 毎回毎回、異世界召喚される度に、「魔王倒せ」とか「和平の使者になれ」とか無茶言われて困ってたんだよね。


 間違いなら間違いで気が楽でいいや。


 というわけで、そのまま送り返すのも可哀そうだって事になったらしく、お詫びにこの世界の事を色々と見せてもらえる事になった。


 つまり観光だ。


 元の世界でも外国に観光した事がなかったのに、その前に異世界を見て回る事になるとは思わなかった。


「ええと、あれは有名な時計塔よ。たいよう君見える?」

「見えてます」


 そういうわけで、お姫様が直々に僕を案内してくれることになったのだった。

 いや、それ大丈夫なのだろうか?


 お姫様は、にこにこしながら町の中の名所を色々教えてくれるから、楽しそうで良いんだけど、それって安全面的にどうなのだろう。

 それなりの身分がある要人は、身の危険に晒されるのを警戒して行動しなければならないんじゃないんだろうか。


 町の中は閑散としていた。今日はあまり人が出歩かない日らしく、休養をとる日として住民たちは家の中でくつろいでいるらしい。


 とりあえずの感想としては、異世界の町は見ごたえがあって退屈しない、と言った所。


 その一角は、芸術通りかなにかなのか、無骨な鉄骨や木材が丸見えになっていたり、屋根にネジが刺さっていたり、ビニールシートが壁代わりにされていたり、前衛的な作り方の建物ばかりだったからだ。


 ……なんて、そんな事で誤魔化されるほど子供じゃないんですが。


「台風でも通ったんですか?」

「え、えーと。そう! そうなの! もう、急だったからびっくりしちゃって!!」


 重大な災害でも発生したのだろうか。

 聞かれたくなさそうだったので、深く追求しない事にした。


 だてに今まで六度も勇者召喚されたわけではない。

 見知らぬ他人との距離感は、とりなれている。


 こちらはもう聞くつもりはなかったけれど、それ以上追及されてはたまらないと思ったのか、お姫様は誤魔化す様に話題を変えてきた。


「それでね、あれは有名な彫刻家が作った像なの。ちょっとリアルすぎて見た目が怖いから、夜びっくりする人が多いけど、表現力がすごいのよ」


 視線の先、地獄から這い出て来たような、ところどころ唐突に一部が欠損している悪魔クリーチャーを右手で指し示しながらお姫様が紹介召喚てくれた(異世界召喚されすぎの件で、高貴な人が鑑賞する芸術の類いにはそれなりに理解があるけど、そんな僕にも制作意図やら目的やらがさっぱりの作品だった)。


 ちなみに左手は僕の手と繋がれてる。


 それは、初めての場所に来た僕が迷子にならないようにという配慮らしい。

 これ、確実にお姫様のする事じゃないですね。


「お姫様なのにこんな事してて良いんですか?」


 だから、僕は聞いてみた。


「大丈夫よ。お城にいる人たちは皆とっても優秀だから。私一人くらいいなくたって、困った事が起きても、何とかしてくれるわよ」


 一人くらいいなくてもいいというのは、普通のモブや一般人にあてはまる表現だ。

 お姫様という重要ポジションにいる人は、一番いなくなっちゃ駄目だろう。

 そんな人が、抜け出してどうする。


「そんなに心配しなくても平気よ。脱走しても、後でしおらしい顏で怒られてれば大抵許してくれるわ」


 怒られてるのは大丈夫じゃない証拠なのでは?

 何となく納得がいかないでいると、綺麗な花畑の前についていた。


 色とりどりの花が咲き乱れていて、とても見ごたえのある景色だ。

 甘い香りが風にさそわれて漂って来る。


「魔法陣を使ってみようってなるまでは、この世界に名前なんてなかったんだけど、良い機会だからって皆で考えたのよ。この世界は花舞う世界ガーデニア。よく覚えて帰ってね」


 強い風が吹いて、無数の花弁が空に舞う。


「本当はもっと沢山お花が咲いている綺麗な景色もあったんだけど」

「そっちは行けないんですか?」

「台風に蹴散らされたったわ……」


 色とりどりのカラフルな花びらの中で笑うお姫様は、一瞬という時間を切り取って彩られた絵画のようだった。


 目の前の景色に目を奪われていたその時の僕は、気が付かなかった。


 後で後悔しても遅い。

 僕は、もっとよく考えるべきだったのだ。


 お姫様が言った言葉の意味を。








 主な観光名所をぐるっと巡った後、城に帰ったら多くの人からお土産を渡された。


 何でも初めて異世界から人がやって来たから、はりきってしまったらしい。


 珍しい物や、珍しい食べ物、強い武器とか、何に使うのか分からない物まで手土産として用意されていて、さすがに驚いた。

 お土産で山が出来るなんて事が本当にあるんですね。

 

 数が多すぎるから持ち帰れないって言ったら、沢山の物が入れられる鞄の形をした魔道具を手渡されて、全部詰め込まれてしまった。


 僕は子供だけど、空気の読める子供に育ったつもりだから、嬉しそうに見送りに集まってきた人たちの顔をみて、これ以上は要らないなんて言えなかった。



「ずびっ、……ぐじゅっ。た、たいよう君、また会いましょうね」


 度重なるお土産イベントに困りながら、その横では大げさに別れを惜しんでくれるお姫様がいる。

 泣き虫さんになっている女の子を見つめて、元々少なかった威厳がまったく感じられなくなってしまったけれど、僕は空気が読める子供なのでそれも指摘しない。


 いよいよ別れの時が近づいて来たら、コ涙がにじむ目をこすりながらコヨミ姫がよたよたとこちらへやってきた。


 手渡されたのは一枚の栞だ。


「この世界に来た思い出のあかし。受け取って」


 綺麗な花びらが時の流れから封じ込めらえた栞をポケットしまう。

 観賞用として飾っておいても良い出来栄えだったから、普通に使うのが勿体なくなりそうだ。

 家に帰ったら、洗濯する前に忘れずにポケットからだしておかないといけない。

 この世界の事を思い出すにはうってつけのお土産だろう。


「またね」


 魔法陣の光につつまれて、景色が消える最後。

 寂しげに笑ったコヨミの顔が何故だか印象に残った。






 それから一年が過ぎた。

 あれからも僕の体質は変わらなかったようで、何度も異世界に召喚されていた。


「先生、赤井君が……」

「はいはい、授業に集中集中。ここはテストにでるからしっかりチェックしてね」

「あのー、あれは一体……」

「杉浦さんは転校生だったから、見慣れないのね。でも大丈夫よ、そのうちケロっと帰って来るから。次、教科書めくってね」


 目に見える変化としては……。

 僕の体質に慣れ過ぎな周囲の反応が、いよいよ末期な状態になって、心配されないどころか意識されない領域に突入しているくらいだ。


 そんなこんなで僕の体質ゆえの非日常あふれる日常は続いていくのだけど、ガーデニアみたいにのんびり観光する余裕はなくて、相変わらず「魔王打倒」とか「世界平和」とかそんなのに巻き込まれてばかりだ。

 異世界の東の果てから西の果てまで大移動する事も珍しくなくて、元の世界より異世界の地理に詳しくなってしまった。

 異世界召喚に夢見てる人には申しわけないですけど、そんなに良い物でもないですよ。


「びぇぇぇぇぇん、皆のいじわるー!」

「うわっ、何だこいつ。ちょっ、鼻水たらしながらこっちに来るのやめ……」


 そんなある時、一人の魔族に出会った。


 あまり細かい事を気にしない大雑把な性格をした、レモンというドジっ子少女だ。


 何度目かの異世界召喚でした旅の中で、遭遇したトラブルの中で出会った女の子。

 立ち寄った里……魔族という人間とは違う種族が住んでいるの里の中で、彼女は落ちこぼれだった。

 役に立たない力を持っているという理由で、同じ種族の仲間達からしょっちゅうイジメられていたようだから、仲間にしたのだ。


「何でレモンはそんな扱いされてるんだ?」

「それは……うーん。分かった人間だけど、たいよーには特別に教えてあげるね」


 そんなレモンには「異世界に渡る」という役に立たない能力がある。


 その世界には異世界という概念が無かったようなので、仕方がない成り行きだったのだろう。

 僕が来る事になった勇者召喚も極秘のプロジェクトだったようで、その世界の住人達は異世界という存在を知らないで過ごしていた。

 要するにレモンの境遇は、仕方のない不幸が重なった為だった。


 それで、勇者としてその世界での困りごとを解決した後、僕は居場所のなかったレモンと共に元の世界に戻ったのだった。


 それからは、わりと次の召喚までの期間があいたので、のんびりする事ができた。

 そんなわけで平和な元の世界の中で、「次の勇者召喚までどれくらい期間が開くかな」と考えていた僕はふと昔の事を思い出していたのだ。

 

 久しぶりにガーデニアのお姫様に会いに行きたくなった。

 レモンを見ていると彼女とよく似た性格の、大雑把な性格をしたドジっ子少女の事がよく頭に浮かんだからだ。


 だから僕は、レモンに力を使うように頼んだのだけれど……。


 力を使おうとして彼女は困った顔になった。


「たいよー。そんな世界なんてないよ。今からちょうど一年前になくなっちゃった」


 僕はその言葉を聞いて思考を停止させた。


 一年前の今は、ちょうどガーデニアに召喚されて日帰りで帰って来た時の日だった。

 僕はその時初めて、意地っ張りなお姫様の優しい嘘に気が付いてしまったのだ。


「自分達が大変なのにも関わらず、人の心配をして……馬鹿じゃないのか。助けてって言えば良かったのに」


 これまでに何度も異世界に転生して問題を解決してきたけれど、滅びた世界をどうにかした経験などなかった。

 もう、どうにもならない。


 ガーデニアはどうやら遥か一年も前に、世界滅亡の脅威にされされていて、そして僕の知らないところで、僕の知らない間に消滅してしまった。


 滅んでしまった世界を救う事は出来ない。

 死んだ人間は生き返らない。

 それはどの世界でも共通の出来事だった。


 けれど。


「ふざけるな! そんなの認めらるか! 僕はあの世界に勇者として召喚されたんだぞ。救って見せるさ。どうやっても」


 僕は新しい扉に手をかける。

 ここが分岐点だ。

 扉を開けた先は未知の世界が待っている。

 それはある意味で、異世界だって言い表しても良いかもしれない。


 だって、理解できない。

 どうやっても叶わない事に挑もうとする人の心理なんて。

 可能性ゼロパーセントの世界で足掻いたって、ゼロがイチになるという保証はどこにもないのだ。


 そんな世界に足を踏み入れるなんて正気の沙汰ではないだろう。

 でも……。

 残念ながら度重なる勇者召喚を経てしまった影響で、僕はそんな世界に踏み込むのも悪くないかなと思い始めている。


 僕が訪れた異世界では、どいつもこいつも必死だった。

 常識ではどうにもならないような事を、計算すれば当たり前のように不可能と言える様な事を、本気で何とかしようとする人達ばかりだった。


 諦めが悪くて、頭がよくなくて、賢いフリができなくて、足掻く事をやめられない。

 夢を見る事を忘れられなくて、存在するかも分からない明日に向かって伸ばした手を下げられない。


 そんな人達を誰よりもずっと間近でみてきた勇者だったから、影響を受けてしまったのかもしれない。


 諦めが良い僕はここで終わりだ。

 賢い不利もここで。


 新しい自分を始めていこう。

 不確定な未来を求めて、誰も知らない明日を求めて。


 あるかどうかも分からない望みを手に入れられなくて、嘆き悲しむ可能性が存在してようとも。


 僕は未知の世界への扉を開ける。


「レモン、異世界に行くぞ。もっと力を手に入れるんだ」

「分かった。たいよーならきっと出来るよ」


 理屈なんて関係ない。

 不可能なんて知った事か。


 お行儀よくなんてしてられない。

 相手が救いの手を求めるのを待っているなんてできやしない。


 僕は、とても負けず嫌いで諦めが悪い人間になることにした。








 昔むかし、あるところに小さな男の子がいました。

 男の子はとても賢くて、とても優秀で、何でもできる子供でした。


 だから、世界中にいるたくさんの人達は、そんなすごい男の子を頼って、毎日助けの声を上げ続けました。


 賢い男の子はその声にこたえて、すぐに問題を解決してしまいます。

 そうやって一つ一つの、たくさんの不幸をなくし続けていきました。


 けれど、そんな男の子にも助けられない人がいました。

 賢い男の子では助けられなかった人もいたのです。


 男の子はその人を思って毎日悲しんで、自分の力の無さを嘆かずにはいられませんでした。


 男の子と一緒にたくさんの人を助けて来た仲間達も、そんな男の子の姿を見て胸を痛めていました。


 けれど、賢い男の子はそこで諦めませんでした。

 賢さでは救えない人がいると知ったその男の子は、賢い自分でいることをやめました。


 時に失敗につながるような、時に間違いをおこしてしまうようなそんな愚かさを身につけて、男の子は再び人をたすけます。


 たくさんの人の助けを求める声に答え続けて、たくさんの人の問題を解決し続けた男の子は、とうとう賢くなくなってしまいました。


 その、愚かな男の子は、今日も多くの人を助ける為に頑張り続けます。









 扉を開けたその先は不思議な世界だった。

 ありえない世界。

 叶うはずのない幻想が実現した世界だった。


 かつて賢かった少年が成長して、愚かしくなった頃。


 一つの世界に、唐突な来訪者が出現した。


 金色の髪と青い瞳をした西洋人形のようなお姫様は、その愚かしい少年と出会った。


「あなたは?」

「勇者だ」

「え、でも。そんなはずは……。勇者召喚の方法は資料が少ないからって、これから研究しようとしてるんじゃ……」

「誰が何と言おうと関係ない、俺はこの世界を救う為に召喚された勇者だ」


 扉を開けたその先で、かつて賢かった少年が掴み取ったのは、花舞う世界ガーデニアでの再会。


 そこは、本来なら一年後に見るはずだった世界よりも、ずっと活気づいていて、ずっと美しい世界だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者召喚されすぎた勇者は、不思議な世界の勇者になる 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ