神装戦姫ラピュセーラー

ながやん

第1話「12 years old」

 その日、世界が燃えていた。

 街が、都市が滅びの炎に包まれたのだ。

 少年は、その日を生涯忘れないだろう。


 崩れて瓦礫がれきの山となった我が家。

 その中へと、自分を逃して消えた母親。

 悲鳴と怒号をはらんだ、肌をく熱風。


 そして、おぞましい絶叫を張り上げる巨躯きょく

 少年は、自分を包む影を見上げて立ち尽くした。


「なっ、なな……なんだよ! なにが……どうして、なんで!」


 小さな男の子の声が、真っ赤に煙る空へと吸い込まれる。

 目の前に今、恐怖そのものがそびえ立っていた。年端もゆかぬ少年にも、それがわかった。まるでアニメや漫画で見るような、それは……

 文明の象徴である街を今、原初の恐怖が塗り潰してゆく。

 人類の繁栄を嘲笑あざわらうように、あまりにもあっけなく。

 そう、突然世界中に怪獣としか形容しがたい巨大生物が現れたのだ。


「あ、ああ……う、ううっ! お母さん!」


 逃げろと言い残して、母は消えた。

 死という概念がまだわからなくても、ただごとではないと感じた。身体が動かず、すくんで震えることしかできない。

 虚構の世界ではない、現実そのものが崩壊し始めていた。

 巨大な怪獣の目が、ギロリと少年をめつける。

 ビルディングのような絶壁から見下ろす瞳は、真っ赤に燃えていた。

 言葉にならない恐れが怯えを呼んで、思考も身体も動かなかった。

 だが、不意に爆発音が響いて、グラリと怪獣が一歩下がる。

 そして、声が走った。


『そこの子っ! 大丈夫かい? ほらほら、男の子なんだからシャンとするんだよっ!』


 異形の竜にも似た二足歩行の怪獣が、長い首を巡らせる。

 そこへまた、爆発が襲った。

 正義の味方の登場だと思った。

 この街を守ってくれる、ヒーローが来たのだ。

 テレビで見た通り、悪い怪獣をやっつけてくれるはずだ。

 重厚なメカニカルノイズが響いて、守護神が姿を表す。それは、怪獣より一回り小さい不格好な姿だった。


「な、なんだ……ロボット、なの? なんか……弱そう!」

『聴こえてるよ、ボウヤ! そりゃ、ちょいとどんくさい見た目だけどねえ……アタシが乗れば、無敵だってんだよ!』


 五等身ほどのずんぐりむっくりとしたシルエットが、右手で保持したライフルを向ける。手には指が、三本しかない。肥満体の肉体に手足は短く、頭部には顔の代りにガラス張りのコクピットがあった。

 キャノピーの中で、ちらりとこっちを女は見下ろした。

 そう、女の人だ……突然現れたロボットは、女性が操縦していた。

 ライフルの銃口が光って、弾丸が次々と怪獣に浴びせられる。


『ッ! 硬いねえ……ほらほら、ボウヤ! 今のうちに逃げるんだよ!』

「あ、足が」

ってでも逃げな! 無様でも、みっともなくても! 藻掻もがいて足掻あがくんだよ!』

「お母さんが」

『――今は、逃げな。あとで会える、アタシが会わせてやるからサ』


 気風きっぷの良い声が、わずかに湿り気を帯びた。

 だが、その女性のおかげで少年は走り出す。転がるようにして、無我夢中で背を向け駆ける。背後では、おぞましい怪獣の咆吼ほうこうが響いていた。

 物言わぬ鋼鉄の巨神を、一度だけ肩越しに振り返る。

 怪獣を追い詰めてゆくロボットは、その背に折りたたんだ巨大な大砲を右肩に展開した。ロボットの全高を遥かに上回る、長い長い砲身から白い凍気が舞い上がる。


『悪いがこっちは忙しいんだよ! 今じゃ東京が、日本中が火の海でねえ……喰らって寝てなっ! ――フォールディング・リニア・カノン!』


 鼓膜を突き破るかと思われる程の、甲高い砲声が響いた。

 同時に、伸ばした大砲があっという間に白く凍ってゆく。

 少年は、目撃した。

 頭部を端微塵ぱみじんにくだかれ、怪獣がその場に崩れ落ちるのを。

 それを見たら、少しだけ勇気が湧いてきた。

 まだ走れる、まだまだ逃げて生き延びれる……漠然ばくぜんとだがそう思った。


 それが、今から12年前……全地球規模の天災、ブロークン・エイジの記憶だ。

 17歳になった猛疾尊タケハヤミコトにとって、一瞬たりとも忘れられない出来事。

 

 ――世界は、人類に敵がいることを知った。


 尊もまた、身を投じるべき戦いを知ったのだ。


 そして現在……西暦2050年。尊はあの日見たロボット、人類が初めて実戦に投入したギガント・アーマーである、36式"羽々斬ハバキリ"に乗っている。

 繰り返し人類を脅かす敵、深界獣しんかいじゅうを駆逐、殲滅するために。

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