第9話 オレの隣の美少女に誤字を伝えた

「はあー、やっぱクソだなー」


 それからしばらく。

 オレは休み時間を使い、毎日のように『異世オレハーレム』の原作小説を読み込んでいた。

 学校ではもちろん、家に帰ってから寝るまで空いた時間は全てこの本の読書に当てている。

 すでに現在刊行されている十巻まで読み尽くしており、すでに四周目に入っている。

 その度に新たに気になる箇所にはチェックを入れて、感想も書き込んでいる。すでにオレが持っている『異世オレハーレム』は読み込みのしすぎて傷んでおり、昨日新たに保管用をネット注文しておいた。これでこの読み込み用が傷んでも新品のやつがあるから大丈夫だろう。

 にしても読めば読むほどクソっぷりが明らかになる。

 なんだよこれ。伏線回収したかと思ったら、新たに適当な設定打ち出すの。

 っていうか途中からロボットは出てくるわ。宇宙人は出てくるわ。なんだよこれ。マジでクソオブクソじゃねえかよ。もう意味分かんねぇよ。読むけど。

 そんな風に今日もクソ小説を読んでいると隣に座っている華流院さんが声をかけてくる。


「毎日熱心なのね、誠一君。それってもう三周くらい読み込んでない?」


「いや、昨日十巻まで読み終わったから四周目だよ」


「そうなの。よく飽きないわね」


「飽きないね。見返すほど気になる点が出てくる。つーか、最新刊読めば一巻がどれだけ行き当たりばったりだったか分かるよ。これ続刊を考えて一巻作ってないでしょう。伏線とかあやふやだし、まあ続刊あれば回収しようかなー程度の適当なやつばっかりだし。そもそも途中の展開も明らかに作りながら作ってる感があるよね。重厚な小説なら最初から最後まで構想出来て作ってるはずだろう。有名なので『ローゼス島戦記』とか『銀河英雄譚』とか。あれは最初から最後まで構想が出来ていたからこそ矛盾もなく重厚で素晴らしい小説だったよ。それに比べて……これだからなろう小説は……」


「でも普通はそうなんじゃないの?」


「どういう意味?」


「小説一巻出したからって二巻目があるとは限らない。むしろ普通は一巻で切られるパターンが多いんだし、一巻からそんな伏線とか、後の物語を想像した展開や話作りなんて出来るわけないじゃない。途中の展開にしてもそれこそいつどこで打ち切られるか分からないんだから、書きながら作っていくしかないんじゃないの? そうなっていけば途中の細かい伏線とか捨てたり、拾うやつを厳選するしかないんじゃないの」


 それはまあ、そうだが……。

 というか華流院さんって前々から思っていたけれど小説詳しいのかな?

 そんなことを思っていると、


「ねえ、誠一君ならさ。その『異世オレハーレム』って、どうすれば面白くなると思う?」


「は?」


「というか面白かったところってあった?」


 なぜだか遠慮がちに聞いてくる華流院さん。

 面白かったところ……。

 確かに物語を読んでいて、全てが面白くないということはない。

 物語の百パーセント全てが面白くない。クソというのはありえないだろう。キャラクター、人物関係、その場における展開、会話、能力。小説を構成する色々な要素があるが、その中に面白かったものは必ず一つ、いや一瞬でもある。ぶっちゃけ読みやすい。というその一点においても小説は評価されてもいい。それで言えばこの『異世オレハーレム』はとにかく読みやすかった。だからそれだけでも評価するべき点でもあるが、無論ストーリーでも良かったシーンはある。


「そうだね……。六巻のそれまでのメンバーが協力して強敵に立ち向かうシーンは良かったかな。今までだったら主人公無双で終わったけれど、主人公が来るまでの間、味方が必死に時間を稼いでいたシーンは良かった。それまでモブや主人公のヨイショしか出番がなかった奴らが活躍していたのも良かった。で、全員がボロボロになってもう終わりだーって時に主人公が駆けつけて強敵を倒すシーン。普段なら主人公無双で乙って感じだったけれど、あれはそれまでの状況が緊迫していたから主人公の活躍も普通にかっこいいと思ったよ」


「ふ、ふぅん。そうなんだ」


 なぜだかオレがそう褒めると華流院さんがまんざらでもなさそうな表情をする。

 なんだろう。キレてる時の華流院さんも珍しいだが、今のような変にニヤケた表情も珍しいというか……ってか、せっかくの美少女が変なニヤケた顔のせいで残念になってる。


「あー、でもあそこ一つだけ残念なシーンがあるんだよなー。ぶっちゃけあれのせいで台無しっていうかー」


「はあー!? どこが!? 作中でも一番の人気のシーンなのよ!? どこが悪いのか言ってみなさいよ!!」


 と、久しぶりのキレ華流院さんが現れたがオレは用意したメモと、そのシーンの小説ページを開く。


「誤字だよ」


「へ?」


「ここ。主人公の誤字。折角かっこよく敵を倒して決めてるのに、この誤字で全部台無し」


「…………」


 そこには消えゆく強敵に主人公が決めのセリフを言っているシーンがあるのだが、そのセリフが「お前との戦い、オレは忘れないぜ。――じゃなあ」と見事に誤字ってる。


「本来はこれ『じゃあな』だよね。『じゃなあ』ってなんだよ。全部台無しだよ」


「…………」


 オレが差し出した本を手に取り、華流院さんはなぜだかそのまま廊下に出る。

 その際、スマホを取り出しどこかに連絡をし「あ、もしもし○○さんいますか? 至急、連絡したいことがあるんです」となにやら呟いていた。

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