第2話:ノエルさんがやって来た
それからしばらくの間、ディアナさんはボクと楽しそうにおしゃべりをして、また仕事へと戻っていった。
正確には、ディアナさんがひとりで喋り倒して、ボクはほとんど相づちを打っているだけだったが。
でもそのおかげで、ディアナさんのことをいろいろと知ることができた。
――生まれも育ちも、どこか遠いところだということ。
――いまは、5人のおともだちと一緒に暮らしていること。
――部屋の片付けは、あまり得意ではないこと。
――お喋りといたずらが好きなこと。
――ともだちと仲良くなりたいと思っているが、ついいたずらしちゃってなかなかうまくいかないこと。
――食べ物は肉、お酒はぶどう酒が好きなこと。
ボクとしては、ずっと気になっていたツノ?のついた仮面のことや、ホネホネしい尻尾のことなども勇気を出してきいてみたのだが、そして彼女も普通に答えてはくれたのだが、なんだかよくわからなかったので曖昧に笑って返してしまった。
「じゃりゅう」や「ふぁふにーる」という単語は拾えたので、家に帰ったら検索してみようと思っている。
仕事中もコスプレしているくらいだし、すごく好きな作品だと思うので、きっと話のキッカケにもなるはず……!
そんなことを考えつつ、ボクがパンクしそうになる脳内メモリに必死に刻み込んでいると、
カランカラン──。
来客を告げる、カウベルの音が店内に響く。
「あれ、ノエルじゃないッスか! 遊びに来てくれたんスか?」
そして、来客を迎えるディアナさんの声。心なしか、ボクの時よりも嬉しそうなその声音が気になり、気持ち鋭く視線を向ける。
するとそこには、なんと言うか……そう、「プリンセス」がいた。
白とピンクの魔法少女が着ていそうなワンピースに、白いマント。同じくピンクの大きなリボンに、金色に輝く王冠――そう、頭のてっぺんにちょこんと王冠を戴いているのだ。これをプリンセスと呼ばずしてなんと呼ぼうか。
「ディアナさん! や、約束通り、勝負に来ましたっ!」
「勝負……? なんのことッスか、ノエル?」
どうやら二人は知り合いらしい。もしかしたら、一緒に暮らしているという5人のうちのひとりかもしれない。
少なくとも、ヘヴィなコスプレ仲間であることは間違いなさそうだ。
「しらばっくれないでください! 昨日、私に言ったじゃないですか、『明日は夕方までバイトに入ってるから、いつでも来るがいいッス』って!」
ノエルと呼ばれたその娘は、あまり似てない声真似を交えつつ強張った表情で声を荒げた。緊張しているのか、心なしか膝もカクカク笑っているように見える。
「邪竜からあのような挑発を受けて、プリンセスたるこの私が引くわけにはまいりません!」
「あー……っと、あれはそういう意味じゃないッスけど……」
あ、本当にプリンセスだったんだ……。
自分の観察眼もなかなか捨てたもんじゃないなと悦に入っているボクの存在など気にも留めず、二人はしばらく噛み合わない口論を続けていたが、
「あー、もう! わかったッス! ちょっとここで待ってるッス!」
ディアナさんがそう言い捨てて、厨房の中へと消えていった。
残されたノエルさんは、所在なさげにキョロキョロしていたが、ふとボクと目が合うとおずおずと会釈をしてくれる。良い娘さんである。ボクはそれに小さく頭を下げて応えた。
その後も、カウンタースツールに腰掛けてみたり、置いてある雑誌をパラパラしてみたりと落ち着かない様子のノエルさんだったが、
「はい、お待ちどうッス!」
ディアナさんが戻ってくると、ノエルさんの瞳はまん丸に大きく見開かれたまま、ディアナさんの持つお皿に釘付けになっっていた。
「そ、それは……っ!? 『はんばーがー』ね!!」
「そッス! マスター特製のスペシャルまかないバーガーッスよ」
ノエルさんは獲物を見つけた狩人のように片時も目を離すことなく、ディアナさんがお皿をテーブルに置く動きにあわせて、器用にボックス席へと移動していく。
「…………」
「食べていいッスよ」
「……っ!? ほ、ホントに……?」
目の前の皿を見つめ、まるで『待て』をされている犬のようだったノエルさんだったが、ディアナさんのその言葉におずおずと顔をあげた。
「ほんとッス。勝負なら、帰ってからまた格闘ゲームで相手してやるッスから」
「……またボコボコにしちゃいますよ?」
「『レバガチャ対策』ってやつを教えてもらったッスから、今度こそ返り討ちッス!」
それでも、しばらくディアナさんとハンバーガーとを見比べていたノエルさんだったが、
「ほらほら。冷めちゃうッスよ?」
それはダメ!とばかりに、胸の前で慌てて手を合わせると、
「いただきますっ!」
満面の笑みで、大きなハンバーガーを口いっぱいに頬張った。
そんなノエルさんの様子を、まるで姉のような優しい表情でディアナさんが見つめている。
と、自分に向けられた視線に気づいたのか、ディアナさんは立てた人差し指をそっと唇に当てると、いつもとは違う照れくさそうな表情でボクに微笑んだ。
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