夜宴の島 中編 【赤兎編】
夢空詩
第1話
一
「――よし、今日はここまでにしよう」
私は目の前にあるノートを閉じ、ペンを置く。
目の前に浮かぶ【夜宴の島】での物語。不思議で奇妙で、残酷だけど美しい世界。
夜宴の島での十七夜が終わると、この小説は消え……私の記憶もなくなってしまう事はわかっている。
けれど書きたいのだ。書かずにはいられない。
私が島で眠っていた五日間。彼が上手くやってくれたお陰で、親に心配される事もなかった。
しかし……『素敵な彼氏よね!』だの『五日間もお泊まりだなんて、うちの子もやるわね!』だの、煩わしい事この上ない。
完全に彼と私の関係を【恋人同士】だと思っている母親の話は右から左に流しつつ、私は普段通りの生活を過ごし……今に至る。
――もうすぐ【時間】だ。
『ミズホ』
突然、背後から聞こえてきたその優しい声に、私は振り返る。……不思議と恐怖はない。
「誰……?」
いつの間にか開けられていた大きめの窓。その先に繋がっているベランダにうつる人影。
私は椅子から立ち上がり、ベランダに出た。
こちらを向いて立っている青年は、とても美しい人だった。
私と同じくらい? いや、年上だろうか……?
少し長めの髪に色素の薄い瞳。儚く神秘的に見えるその人は恐らく……夜宴の島の住人。
着物姿に、うっすらと消えかかっているかのように見えるその身体。――きっと、間違いないだろう。
この人……どこかで会った事があるような気がする。こんなに美しい人を忘れる筈などない。しかし、どこかで……
青年はふわりと私の前に立つと、私の髪に優しく指を通し、それに軽くキスをした。
突然の出来事に、私は激しく動揺した。体温は上昇し、心臓はバクバクと音を立てる。
「ちょっ、ちょっと! 何⁉ 何なの⁉」
慌てふためきながら青年に問うと、青年は私の腕を強く引く。いつの間にか、私は青年の胸の中にすっぽりと納められていた。
「……君の時間を僕にくれる? まぁ、拒否権なんてないんだけどね」
「わ、私の時間?」
「……うん、きっと満足させてみせるよ」
そう言って私を見つめた青年は、妖艶に笑う。その顔が余りに美しすぎて、目も離せないくらいに惹きつけられた。
「――さぁ、時間だ。行こう。夜宴の島へ」
***
「ん……っ……」
「おはよう、ミズホ」
目が覚めると、目の前には美しく整った顔。長めの前髪が私のおでこに触れ、私は開口一番、大声で叫ぶ。
突然の大声に、流石に驚いたのか……青年は耳を押さえながら身体を起こした。
「……ミズホ、声が大きいよ。僕は耳が命なんだから。シッ。静かにね?」
青年は人差し指を口元に持って来ると、にこりと笑う。その仕草に目を奪われながらも、私はとりあえず抗議した。
「だ、だって! 起きたら膝枕されてるし、顔覗き込まれてるし! こういうの免疫ないんだから本当に勘弁してよね……心臓に悪い」
「……あれ? ちょっと意識した?」
そう言って悪戯っ子のように笑う青年に、私はあからさまに動揺を隠せない。
「可愛い、ミズホ。……本当に可愛い」
青年のひんやりとした手が、私の頬に触れる。……何だ、このシチュエションは⁉
こういうの本当に苦手だ。女の子として……否、お姫様のように扱われるのは。しかも、正に王子様! って感じの人に……
私は即座に立ち上がり、青年から距離を取る。
そんな私を見て、青年はクスクスと笑った。大人っぽいような、幼いような……そんな無邪気な顔で。
私が言葉に詰まっていると、青年は突然耳を押さえ、何やらおかしい言動を取り始めた。
「ねぇ……どうしたの?」
私は恐る恐る青年に声をかけると、青年は『ちょっと、待ってて』と、優しい声色で私に告げる。そして、いきなり後ろを向いたと思ったらブツブツと独り言? を言い始めた。
「……何、見失った? 何やってるんだよ、さっさと捜してきてよ。……このままだと黄金郷ツアーの話は白紙だからね」
「……え? 何の事?」
私の声に過剰な反応を見せた青年は、慌てて振り返ると、にっこり笑って私の手を取った。
「こっちの話だよ! 行こう、ミズホ! 僕がこの島を案内してあげるよ!」
青年は強く私の手を引き、歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って⁉ 貴方、名前は?」
その言葉に、青年はピタリと立ち止まった。
「……二度目だね」
「え?」
不思議な青年は大きな満月を背景に、笑ってこう答えた。
「――ハク。僕の名前はハクって言うんだ!」
「……ハク?」
ハクと名乗った少年は、にこりと笑う。
「早く行こう、ミズホ。時間は待ってくれないんだからね? ほら、早く!」
「待って、待ってってば! そんなに腕を引っ張らなくても、ちゃんと歩けるから!」
「そう? じゃあ……はい!」
そう言って、青年は手を前に出す。恐る恐るその手に左手を乗せると、青年は嬉しそうに横に並んだ。
「夜宴の島にはね、まだミズホが知らない場所が沢山あるんだ。隠し道とかもあるんだよ?」
「隠し道⁉」
「うん。そこを抜けるとね、一面に草原が広がっていて、よく流星が見られるんだ。通称【星降る丘】。……僕の、一番お気に入りの場所なんだ」
「え! そこに行ってみたい!」
「うん、行こう! 僕が案内するよ」
「うん! ……あ、でもちょっと待って! お面を被らないと! ……あれ? おかめの面がない!」
「あ、これ?」
青年は着物の胸元からおかめ面を取り出した。少しはだけた胸元……目のやり場に困る。
「今日は被らなくても良いよ。僕が近くにいるし! けど、これには魔除けの術が施されてるからね。ちゃんと持っておくんだよ?」
私は青年から面を受け取ると、ふと気になっていた事を素直に口にした。
「ねぇ、貴方は普段何の面を被っているの?」
青年は目を丸くすると、ぷはっと吹き出した。
「……何だと思う? ヒントをあげるよ! とっても可愛いらしい面だよ」
「可愛い……わかった! 犬だ、犬! 何だかハクって犬っぽいし!」
「犬かぁ……そうだねぇ。犬は犬でも、実は僕の正体は……可愛い犬に見せかけた獰猛(どうもう)な狼かもしれないよ? そして、後からペロッと君の事を食べてしまうかも。 ――そしたらどうする?」
「え? 食べるの⁉ 美味しくないよ、私!」
私は笑いながらそう言うと、青年は妖艶な笑みを浮かべる。
「美味しいよ、きっと。……【食べる】の意味は違うと思うけどね」
突然の爆弾発言に、ボンっと効果音が聞こえるくらいに顔は赤面し、プシュ〜と湯気が上がりそうになる。……いきなり何て事を言うんだ。この人は!
「ふふ……冗談だよ。本当に君は見ていて飽きないね」
青年はとても愛おしそうな瞳で私を見つめる。私はどうしたらいいのかわからなくて、思わず目を逸らしてしまった。
青年は繋いだ手を握りしめ、ゆっくりと歩き出す。……何だか本当にペースが乱される。
このハクという青年は……一体、何者なのだろうか? ただ、危険な感じはまったくしない。恐らく、ついていっても大丈夫だろう。
それに私は、星降る丘の存在がとても気になっていた。この島にそんな場所があるだなんて、今まで知らなかったから。
胸が高鳴る、胸が踊る。ソウくんは今どこにいるのだろう? どうせなら、彼とも一緒に流星を見たい。どこかで合流できるといいのだが。
「……え、この中をくぐるの?」
「うん、そうだよ!」
そこは、【子供】なら楽々に通り抜けられるであろう、木で出来た小道だった。……どう見たって、大人じゃ狭すぎる。
そっと覗き込んでみるが、奥の方にいくにつれて暗くなっており、よくわからない。想像しただけで身体はブルッと身震いを起こした。
「入れるの⁉ ここ⁉ む、無理無理無理! 私、閉所恐怖症だもん! こんな狭いところに入って、もしも出られなくなったら……絶対発狂するよ、私!」
「うん。確かにこの身体じゃ、狭いねぇ。けどまぁ、通れない程でもないよ」
「……何メートルくらいあるの?」
「二百くらいじゃないかな? 短いでしょ?」
「に、二百メートル⁉ 長いよ、長い! 走るわけじゃないんだよ⁉ その距離をくぐるんだよ? 出口まで確実に行けるなら、何とか大丈夫かもだけど……もし百メートル辺りでお尻とかがつっかえて動けなくなったら? 前にも後ろにも進めない。……駄目! そんなの絶対に無理!」
「オーバーだなぁ、ミズホは。でもこの先を行かないと、星降る丘には辿り着けないんだよ? ――それでもいいの?」
「うっ! それは……」
好奇心と恐怖心が天秤にかけられる。不安定にユラユラと揺れる天秤は、やはり……星降る丘に対する興味の方に傾いていた。
「大丈夫、僕でも通れるんだから。ミズホだったら楽々だよ! よし、行くよ⁉」
「あ、ちょっと待って! ハク!」
青年は膝を付き、小さな小さな木のアーチをくぐっていく。仕方なく、私は彼の後ろに続いた。
入ってみると思ったよりも余裕があるように感じた。木の香りがする。……何だかとても心地良い。前方から、風がふわりと舞い込んできた。……この風は、草原から?
さしづめ、この小道は風の通り道という事か。
先程まで感じていた恐怖は、あっという間にどこかへ飛んでいってしまったようだ。入る前は長く感じた距離も、何だか今はとても楽しい。まるで探検をしているような、冒険をしているような……
そんな風に、夢で溢れていた幼い頃の自分の心を取り戻したかのように、私はドキドキ感とワクワク感に包まれていた。
この先にあるのは【秘密基地】。そんな事を思うと、次第に顔が綻び始める。服が汚れようが気にならない。ズンズン前に進む。
この先にあるのは、一体どんな場所なのか? そして、どのように美しいのだろう?
私は胸を弾ませ、まだ見ぬ【美しき世界】を、脳裏に描いた。
「う……わぁ……!」
小道を抜けた先で真っ先に目に入ったのは、緑鮮やかで豊かな草原だった。
小さな川が丘の上の方からしなやかに道を辿り、所々に色とりどりの花が咲いている。
上を見上げると、丸くて大きな月。満天の星空の中を、頻繁に星が流れ落ちた。
「きっれ……」
「……凄いでしょ?」
「うん、凄い……こんなの初めて! 星がここまで落ちて来ちゃいそう」
「はは! それじゃあこの辺一帯、星屑まみれになっちゃうね!」
青年は可笑しそうに、お腹を押さえながらコロコロと笑う。私はその姿を横目で確認し、クスリと小さく笑うと、再び空を見上げた。
「この世界に、こんな場所が存在しただなんて……」
私は、とても感動していた。星が私に降り注ぐ。『忘れないで』と、心に深く印を残しながら。
風の唄が、草の息吹が、花の命が、小川のせせらぎが……私の心に、言いようのない感動をもたらしていた。
「……ミズホ、泣いているの?」
青年の言葉で、初めて自分が泣いている事に気が付いた。ハクは私の顔を覗き込みながら、心配そうに声をかけてきた。
「どうかした……? どこか痛い?」
「……違っ、何だか感動しちゃって! ははっ! 私、可笑しいね」
青年は私の前に立つと、白い袖でゴシゴシと私の涙を拭った。
「……泣かないで、ミズホ。君が泣くと、何だか胸の辺りが苦しくなるんだ」
青年は表情を歪ませる。その顔が、とても哀しそうに、切なそうに見えて……何だか、私の方が胸を痛めていった。
「――ねぇ、ハク。人は一体、何の為に生きているのかな? 何の為に生きていくのかな? 私はこの先、元の世界で……これ程までに美しいものを見つける事が出来るのかな?」
「……僕は、人間じゃないからわからないよ。けど、人間の世界にも美しい自然はある」
「そうだね。空も、海も、山も……全てがとても綺麗。……けれど、この島の美しさには到底敵わない。この島はとても残酷。恐ろしくも、美し過ぎるから」
「ミズホは……この世界で暮らしたいと思う?」
「……わからない」
けれど……と、私は話を続ける。
「やっぱり、夜宴の島は特別。鬼になってしまった人達の気持ち……わからない事もない。元の世界には何もないから。……そう、何も」
「ミズホ……」
「今ある全てのものを、何もかも全部捨てて、思うがまま自由に生きられたなら……どんなに幸せな事だろう」
「……今日は何だか、いつものミズホじゃないみたいだね」
「……そうかな? 私は昔からこんな人間だよ」
「ふ……そういう意味じゃないよ。今日はとても自分の気持ちに正直だって事!」
青年は、どさっと草の上に腰を下ろした。私もその横に、ゆっくりと座り込む。
「いつもはわざと明るく振る舞って、決して本心を見せようとはしない。誰にも頼らず、甘え方すら知らない君が……今日はやけに素直だ。僕にはそれが、何だかとても嬉しいんだ」
そう言うと、青年はゴロンとその場に寝転がり、空に向かって腕をピンと伸ばした。
「……ふふ。姿が大きく変わっても、ちっとも変わらないものもあるのにね。――ねっ、シロくん?」
「……! ミズホ、気付いてたの……⁉」
「気付かないわけがないでしょが!」
私は寝転ぶ青年……いや、白兎の両頬をギュッと抓った。
「痛い、痛いよミズホ~!」
「私を騙そうとした罰です!」
私が白兎の頬から手を離すと、白兎は起き上がり、少しだけ赤くなった両頬を優しくさすった。
「いったいなぁ~。本当に容赦無いんだからミズホは。……ところで、どうしてわかったの?」
「最初は似てるなぁ、って思う程度だったの。身体は大人だし……まさかね、ってあまり気にしてなかった。けどね? 左耳を頻繁に触る癖と嬉しい事があったら急に飛び跳ねるところは前と全然変わってなかったから、だからすぐにわかったよ」
「え⁉ 僕、いつもそんな事してる?」
「うん、してる。もしかして自覚がなかった? それと、名前もハクとか……安直過ぎだよ〜」
私がクスクスと笑うと、白兎はバツの悪そうな表情を浮かべながら頭を掻いた。
「……で、シロくん。どうして、いきなりそんな姿に?」
私がそう尋ねると、白兎はどこから取り出したのか、空っぽの小瓶をユラユラ揺らしながら、こう答えた。
「魔女の薬だよ。こないだの詫びにってくれたんだ。すっごいでしょ? 好きなの選んでいいって言うから、これにしたんだ。黒兎は『こんな得体のしれねもん、飲めっかよ!』とか言って、もらわなかったけど!」
「え⁉ 魔女の薬⁉ それって、大丈夫なの⁉」
「大丈夫、害のあるものは入っていないから。それに急激に成長した分、力も強くなったんだよ!」
「害はないって……そんなのわからないじゃない! それに、魔女の薬には何らかのリスクがあるって、シロくん言ってたよね⁉」
「あぁ、それ? リスクは勿論あるよ。まぁ、大した事ではないけどね」
「……リスクって何?」
「だから、大した事じゃ……」
「ちゃんと答えて!」
私の大きく張り上げた声に、少し驚いた顔を見せた白兎は、ふぅと深く息を吐くと『やれやれ』といった面持ちで口を開いた。
「……戻れなくなった」
「え……?」
「元の姿には、戻れなくなった」
――私は言葉を失った。元の姿には戻れないって……じゃあ白兎は、ずっとこのままだという事? 双子の姉は小さいままなのに、弟だけ大きくなってしまっただなんて……
「……あとは成長した分、寿命が縮まったって事くらいかな? あ、でも……【永遠に戻れない】って事はないんだよ? まぁ、それなりに条件はあるけどね。……とにかく、そんなに深く考える事はないよ! 僕、この身体気に入ってるし」
「そういう問題じゃない!」
私の声に、白兎が目を丸くする。
「……やだな~。何でそんなに怒ってるの? 本当にそこまで深刻になる事なんてな……」
「……どうして変える必要があったの? 元の姿に戻れなくなって、更に寿命まで縮めて……いつかは必ず、その姿になれた筈なのに。どうして今、変わる必要があったのよ!」
納得がいかなかった。何でそんな訳のわからない事をするのか。しかも、魔女なんかに頼るだなんて。
私がそんな事を頭の中で思っていると、黙って話を聞いていた白兎がそっと口を開いた。
「……君が」
青年は哀しそうに笑いながら、私を見つめた。
「ミズホの事が……好きだからだよ」
空に、一際大きな流星が流れ落ちる。
その美しさに負けず劣らず美しい白兎は、輝く星に目を向ける事もなく、ただずっと私を見ていた。
「……シロくん」
「この姿ならミズホを守る事が出来る。もう二度と、君を傷つけさせやしない。君が般若に傷付けられた時、僕は何も出来なかったどころか、その場にいる事すら出来なかった。……君の目が覚めない間、どれ程不甲斐ない己を悔いた事か」
「あれは……! シロくんは私の耳の進行を抑えようと、必死に頑張ってくれて……それで!」
「それじゃ駄目なんだよ! 力がなく、弱いままじゃ……! 結局、君の呪いを解く事も君を守る事も、僕には出来なかった。仙人達の助けがなければ、今頃ミズホは、ここにはいなかっただろう」
「でも、結果的に助かったわけだし、貴方がそこまで気にする必要なんてないんだよ⁉ シロくんはまだ小さいんだから」
「……それだよ」
「えっ……?」
「ミズホはいつも、僕の事を子供扱いする。確かにこの世界での僕はまだまだ未熟だし、子供だよ……けれど、僕は君よりずっと、ずっと長く生きているのに! なのに、どうして君は……僕を男として見てはくれないの?」
「シロくん……」
白兎は震える腕で、私を優しく包み込む。ふんわりとした柔らかい髪が私の頬をかすめた。
「……妖術で僕を好きになって貰うのは簡単だ。或いは、魔女の薬に頼る事だって。けど僕は、それだけはしたくない。今の君自身に想ってもらえないと……何の意味も持たないんだ」
白兎のおでこと私のおでこがコツンとぶつかり、視線が絡み合う。
美し過ぎる青年の長い指が、まるで宝物や壊れ物を扱うかのように優しく私の唇に触れた。ドクンドクンと、心臓の音が聞こえる。……これは白兎のものか? それとも私のもの?
それすらもわからないくらい、私はテンパっていたと思うし、不覚にもこの雰囲気に飲まれそうになっていた。
「もう元の世界に帰らなくてもいい。君の好きなこの島で、ずっとずっと暮らしていけばいいよ。……君だって、本当はそれを望んでいるじゃないか? 君は幸せになれる。僕の手を取れば、確実に。僕が君を、幸せにしてみせるから」
白兎は切なげに、苦しそうに私を見つめた。
涙で視界が滲み始める。痛い程に伝わってくる白兎の想いが、激しく私の胸を締めつけた。
「絶対、ソウよりミズホの事を幸せに出来る。……ソウは駄目だ。あいつは特殊な人間だし、普通には生きられない。普通じゃ、きっと満足出来ないよ。あいつは何が起きたとしても、君より自分の気持ちを優先させるだろう。君はいつも人の為に自分の気持ちを抑え込んでしまうけれど……ソウは君が何を言おうとも、自分が決めた事、自分の意思は決して曲げたりしない。……君達は、決して相容れない。君がこれからもソウに振り回されるのは目に見えている。ソウの事を想って、無理をしたり、泣いたり、傷ついたり、苦しむ事が手に取るようにわかるんだよ。あいつは君じゃ手に負えない。そして、あいつは君を幸せには出来ない。ソウはいつか、君の前からいなくなるよ。……絶対に」
白兎の言ってる事はよくわかる。私と彼は、きっと白兎の言うように相容れない。私自身、彼との未来を想像する事が出来ないから。
彼はきっと、この夜宴の島での夜を終えた後……私の目の前からいなくなってしまうだろう。何故だかわからないけど、私はそう予感していた。
「……勝手に決めんな」
聞きなれた声に、咄嗟に振り返ると……そこには、頭に面をかけ仏頂面をしている彼と、その後ろからこっそりと顔を覗かせている黒兎の姿があった。
「そ、ソウくん! どうしてここに⁉」
何だか不自然な程に慌てふためく私をよそに、白兎は彼と目を合わす事もなく、ツンとそっぽ向いた。
「目が覚めたら、目の前にこいつがいて……何か言動がおかしかったから取り敢えずまいた。……で、隠れて様子を伺っていたら、こいつが慌てて見覚えのない狭い道を進んでいったから、『これは絶対に何かある』と思って後をつけてみた。で、ここに辿り着いたってわけ」
「……黒兎」
「し、仕方ねぇじゃねか! どれだけ捜しても見つからねぇんだもんよ。何回テレパシーを送ってもお前からの返事はねぇし、取り敢えず知らせようって思って、ここに……」
「……どれだけ捜しても見つからないって、力を使えば良かった筈だよね?」
「……あ!」
「本当に君は救いようがない大馬鹿者だね。……黄金郷の話は、勿論【無し】だからね」
「……畜生! あたしだって頑張ったのに!」
白兎は黒兎に冷ややかな目線でそう告げると、彼の方に振り返り、口を開いた。
「とにかく、邪魔しないでくれるかな? 僕は今、ミズホと甘くてロマンチックな夜を過ごしてるんだ。……君は用無し。邪魔だよ邪魔」
白兎は手の甲を彼に向けて、『シッシ!』と軽くあしらう。
「……生憎だがな、シロ。そのミズホはお前のしつこいアプローチに、随分と困ってるみたいだぞ? 退散するのはお前の方じゃないかな? 男は引き際が大事だと思うよ? 俺は」
彼は目を瞑り、腕を組みながら『ウンウン』と頷くと、白兎がムキになって言い返した。
「嫌がる⁉ ミズホが嫌がる筈がないよ! 【容姿端麗】、【蓋世之才】、【温和怜悧】のこの僕を見てみなよ? ……どう見たって、君を遥かに上回ってる筈だよね?」
「お前……よく自分でそこまで言えるよな」
「だって本当の事だからね」
白兎は彼に向かって、べぇと舌を出した。
彼は呆れた表情を浮かべながら、口を開く。
「……とにかく。さっき言った通り、勝手に俺の事をお前が決めるな。ミズホ、それは君にも言える事だよ? シロの言葉に納得してたよね? ……確実に」
「うっ! ……それは」
彼は深く溜息を吐きながら、言葉を続けた。
「夜宴の島での夜が終わり、元の世界に戻った俺は……確かに物足りなく感じるだろうな。それは否定しない。広い世界のどこかに、この場所と同じような不思議な世界があるのなら……俺はそこに行ってみたい。人生は一度きりしかない。それなら俺は、自由に生きてみたいんだ。沢山の世界を知って、この目でちゃんと見ていきたい。後悔の残るような人生は嫌だから、俺は俺のしたいようにすると思う。だから、シロの言う事はあながち間違いでもない」
「……ほら、ミズホ。僕の言った通りでしょ? ソウは自分の事しか考えられない、君の事なんて考えてもいない。見切りをつけるなら今の内だよ」
「おいおい、話はちゃんと最後まで聞け。俺は確かに自分勝手だ。一度自分が決めた事は周りに何を言われても変えたりはしない。この世界とは違う、また新たな世界を見つけた時……俺は間違いなく、何かを捨てる事になってもその地に赴くだろう。けれど、その時はミズホも一緒に連れて行くよ。俺の物語にはミズホは必要不可欠なんだ。……彼女がいないと、俺の物語は成り立たない」
「ハッ! 本当に君は馬鹿だよね? 人には人の世がある。君みたいに夢ばかりを見て、生きていける筈がないでしょ? ……現実を見てみなよ。その絵空事に振り回される彼女の気持ちになって、少しは考えてみるべきだ」
「シロ……悪いけどミズホはお前のものにはならないし、お前には渡さないよ。彼女は俺のパートナーだからね。あと、【俺は、ミズホには手に負えない】って言っていたけど、その言葉……そのままお前に返すよ。ミズホはお前には手に負えない。彼女は一癖あって、単純明快なように見えても難しい性格の持ち主だ。お前みたいに無償の愛情か何かで、ミズホの全てを赦し、受け入れてしまうタイプは彼女には合わないし、彼女自身を駄目にする。甘やかす事、優しくする事が愛情だとはき違えてる時点で、お前が彼女を幸せにする事なんて出来ないんだよ」
「何……?」
「ちょっと落ち着いてよ、二人とも! 一体、何の話で揉めてるのよ! 仲良くしてよ、もう!」
私が二人の間に割り込むと、白兎は苛立ちを隠せないように、ぐしゃぐしゃと自身の髪を掻き回した。
「……あー、イライラするなぁ。じゃあ何? 君ならミズホを幸せに出来るって言うの? 大体さ、はっきりしないんだよね。実際のところ、ソウはミズホの事をどう思ってるわけ? ――好きなの⁉」
「馬っ鹿! おま、白兎! それ禁句!」
「――好きだよ」
――時が止まる。それは正に、今のような事を言うのだろう。この世界から、全ての【音】が消えた。そして、唯一聞こえてくるのは……彼の声だけ。
「……俺は、ミズホの事が好きだ」
彼の声が脳髄まで染み渡る。胸が尋常じゃないくらいに活動をし、体温が急激に上昇し始めた。
どうしよう……凄く嬉しい。今までに見てきた恋愛小説や、ドラマなんかよりも、遥かに胸が高鳴る。
――ねぇ、ソウくん。その言葉……信じていいの?
私もソウくんの事が好き。誰よりも一番……貴方の事が大好きだよ。
だから……
「……けどな?」
(ん……?)
「シロ! 俺はお前の事も好きだぞ? 生意気過ぎるのは頂けないが、好きな女の為にそこまでやれる男って中々いないよな! お前のそういうとこ、凄くかっこいいと思う」
白兎は口を開けたまま、引きつった表情を見せた。
(あれ……? ちょっと……)
「クロだって、すっげぇ人情味溢れる奴だし、仲間思いのいい奴だ! それに何だかんだいって優しいしな? 俺は好きだよ」
黒兎の表情はわからないが、右手で自身の頭をさすり、何だか照れているかのように見えた。
(待ってよ……)
「仙人も、狸面のおっちゃんも、他の爺さん達も、俺は皆が大好きだ!」
そうだ……彼はこういう人だった。失われた音が、一瞬にして元に戻る。……ほんの少しでも期待をした自分が馬鹿だった。
音を取り戻したこの世界は落胆に満ちていた。真に受けた自分が恥ずかし過ぎて、今すぐここから逃げ出したくなる。
白兎は、心底呆れた顔をしながら口を開いた。
「……気持ち悪い事を言わないでくれるかな? 君に好かれたって、僕はちっとも嬉しくなんかないよ」
「まぁ、そう言うなって! それとも……もしかして照れてんのか? お前」
「照れるわけがないだろ! 男同士で気持ち悪いだけだよ! ……と言うか、気安く僕に触るな! 本当に君は無礼な男だな!」
彼は白兎の肩に腕を回し、高らかに笑う。……まったく、仲良いのか悪いのかがわからない。
突然、黒兎がぐいっと私の袖を引いた。
「何だか、お前も大変だなぁ。ちょっとだけ同情すんぜ」
「あはは……」
けど……ま、いっか。彼は楽しそうだし、白兎も……迷惑しているように見えるが、心の底から拒絶している風には見えない。まるで仲の良い男兄弟のようだ。
ピィ――――――――!
――その時、警報音のような大きな音が島中に響き渡る。突然の事に驚いた彼と私は『何だ⁉』と辺りを見回した。
白兎の顔付きが変わる。黒兎も、ただならぬ事態を察知したのか、静かに周囲を観察し始めた。
すると、先程私達が潜ってきた木のアーチから小さな影が一つ、こちらに向かって飛んでくるのがわかった。
その影の正体は……梟だ。
「黒兎、白兎! 大変で御座いますよ~!」
梟は小さな羽根をパタパタと上下に振りながら、私達の元へと辿り着く。
「! おや、ミズホさん! その説はどうも!」
「……あ! いや、こっちこそ色々とお世話になったようで、ありがとうございます!」
「……いやいや! 今はそんな悠長な事を言ってる場合じゃないんですって!」
自分から話を振ってきたのにも関わらず、梟はそんな事を言いながら慌ただしく空を飛び回った。羽根が数本抜けて、宙を舞う。
「梟、落ち着いて。この音……今島で、一体何が起こってるの?」
白兎がそう尋ねると、梟は恐る恐る口を開く。
「それが……その、ですね……あの~……」
「あ~! ……ったく! はっきり言えよ! モゴモゴ喋ってんじゃねぇぞ!」
痺れを切らした黒兎は声を張り上げる。その声の大きさに驚いた梟は、飛び上がり、白兎の肩の後ろに隠れると、小さな声で報告を始めた。
「見知らぬ者達が、この島に上陸致しまして……その……」
「……上陸?」
「はい、その……船で」
その言葉を聞くや否や、白兎はジッと考え込み、少しの間口を閉ざす。そして暫くすると、ゆっくり口を開いた。
「ミズホ、ごめん。少し急用が出来た。ちょっと行ってくるよ。僕が戻るまで君はここで待ってて。……決して、ここから出てはいけないよ?」
「シロくん……?」
「――ソウ。君に頼むのは癪だけど、僕が戻るまでミズホの事を頼んだからね」
「……何だよ、何だか穏やかじゃないな。何かあったのか? なら心配だし、俺達もついて行くよ」
「駄目だ。君達はここに残るんだ」
青年はどこからか兎面を取り出すと、それを顔に被せながら私達にそう強く言い放った。
「今回ばかりは白兎の言う通りにしろ。それに……何だか嫌な予感がしやがんだよ。あたし達に気付かれずに、この島に上陸たぁ……本来なら考えられねぇ話だ。あたしはともかく、白兎までもが気付かねぇとかマジ有り得ねぇ。……そいつら、怪し過ぎる。用心に越した事はねぇ。ここにいろ」
青年の白兎と少女の黒兎は、梟の先導のもと……この場所から即座に立ち去った。
私と彼は、二人……この美しい丘に取り残され、どうしたら良いのかもわからずに、ただ流れる星を眺めていた。
「あの子達……大丈夫かな……?」
「……大丈夫だよ。単にこの島にいる者達のように、夜宴の島での宴を楽しみにして、ここまで来たのかもしれない。まだ【悪】だと決めつけるのは早いよ」
「うん……そうだよね!」
「今はあまり深く考えずに、あいつらの帰りを待とう」
彼は私の頭にポンッと手を置き、にこりと笑った。
……あ、何だか久しぶり。こうして彼が私の髪に触れるのは。何だか安心する。彼の言葉も、彼の行動も……
「それにしても、すっごい星だなぁ」
彼は、幼い少年のように目を輝かせながら星を見つめた。
「綺麗だよね。まるで、星がこの広い夜空を自由に散歩しているかのよう」
「ははっ、詩人だね。ミズホは」
「じゃあ、夜科先生なら……この流れ星をどう表現なさいますか?」
「難しい事を聞くね、本当に君は。うーん……でも、そうだなぁ。俺なら雨を連想するかな。突然降り出した雨のように、ただ一心に地上へと降り注ぐ。この光の雨が止む頃には、朝日が昇り……誰かの想いを乗せた星は、その願いの元へ」
「なるほど! ……けど、不思議だね。この美しい流れ星を【雨】と置き換えるだけで何だか急に、切なくて悲しい物語に早変わり。文章によって物語は、その人の思考や色に染まっていく……」
「そうなんだよな。何故かいつもそういう表現しか出来ないんだよ、俺。暗いのかなぁ?」
「暗くないよ! とても素敵な表現だと思う。人は【雨】という言葉に、どうしても悲しい連想をしてしまうだけ。けどね? 私は雨が好きよ。それに、私はソウくんの書く物語がとても好きだから。ずっとずっと……ソウくんの物語を読んだり、聞いたり、知っていきたい」
「……ありがとう。俺も、ミズホの【星が夜空を散歩】って表現、ファンタジーっぽくていいと思うよ。――凄く好きだ」
私は何だか照れ臭くて、『えへへ、ありがとう』と言いながら、雨のような流星にそっと視線を向けた。
「あっ! さっきからずっと星が流れているのに、私ちっとも願い事してなかった! 願い事、願い事!」
私は手を合わせ、星に願いをかける。そんな私の隣で、彼も同じように手を合わせた。
幾千もの流星が夜空を駆け巡る。これだけの星が流れているんだ。きっと、どれか一つくらいは願いを叶えてくれるだろう。
「……ミズホ、何を願ったの?」
彼が私の顔をそっと覗き込んだ。
「……ふふふ、内緒! ソウくんは、何か願い事した?」
「うん、したよ」
「何を願ったの?」
彼は草の上に寝転がると、『俺の願いは……』と呟きながら優しく笑った。
「きっと、ミズホと同じだと思うよ」
私はふいをついた彼の言葉に、ドキッとする。
「う、うっそだぁ~! そんな事、誰にもわかる筈ないよ」
「……さぁて、どうだろうね?」
彼の願いと、私の願いが同じ? そんな事を言われたら、胸がキュウっと苦しくなる。
何故なら、私の願いは……
「……きっと、叶うよ。俺の願いも、君の願いも、ね」
彼の想像してる私の願いが合っているかどうかなんて、本人同士にしかわからない。
けれど……きっと、全てお見通しなのだろう。彼は小説家より、探偵になる方が良いのかもしれない。
でも、本当に私達の願いが同じなら……星達も叶える願いが一つで済んで大助かりな筈だ。それに、たとえどちらか一つだけしか願いを叶えて貰う事が出来なくても……
私は彼と、ずっと一緒に……
「――ミズホはさ、さっきのシロの言葉に……少しはときめいたりしたの?」
「え⁉ 何、いきなり」
「……別に。ちょっと気になっただけだよ」
慌てる私に、彼は面白くなさそうな顔をするとゴロンと横に寝返った。
「どうしたの?」
「……何でもない」
「何でもないって事はないでしょ? 何?」
「何でもないって」
「……あ~! 何、もしかしてヤキモチとか⁉ へへ、なーんちゃっ」
「そうだよ?」
彼は身体を起こし、真剣な表情でこちらに振り返ると、私の腕を強く掴んだ。
「シロが大人の姿になって、ドキドキした?」
「い、いきなり何言って……!」
「答えて?」
彼の表情があまりにも真剣で、私は彼から目を離す事が出来ず……重なりあった視線は、暫しの沈黙を連れて来る。掴まれている腕が熱い。
「……あ、あの」
「ん……?」
「た、確かに、その……大きくなったシロくんはかっこいいと思ったし、何だかいつもと違ってペースを狂わされたりはしたけど、シロくんは私にとって可愛い弟みたいなものでそんな……ドキドキとか……は……その……」
私は彼の追求に、しどろもどろになりながらも何とか答えるが、彼は表情を崩さない。
「ふーん。……じゃあ、今は?」
「え……?」
「俺といると、ドキドキする?」
「……へ?」
突然、何を聞くんだ⁉ この人は! 一体、私に何を言わせたいの⁉ ……と言うか、見てわからないのか?
テンパっている頭がますますテンパり混乱する。彼の心情がわからない。
大体、こういう時……何て言えばいいの? 素直に可愛らしく『うん、ドキドキする』?
……言えるか! そんな事!
じゃあ……『ドキドキなんてするわけないでしょうが!』って突っぱねてみる? ……いやいや、可愛くなさすぎでしょ。
――落ち着け、私。考えず、今の心境を素直に言えばいいんだ。
今の心境……今の心境……今の心境……
「は……!」
「は?」
「……破裂しそうです」
彼はぽかんと口を開きながら私を見つめた。私は、勢いで口走ってしまった言葉に、果てしなく後悔する。
――これじゃ、告白してるも同然じゃないか!
赤くなる私の隣で、彼はくっくっくと、声を押し殺しながら笑った。
「ん、満足」
彼は掴んでいた腕を離し、そっと立ち上がると、温もりを失ったその手をポケットに入れながら、空を見上げて、小さく呟いた。
「……俺も」
「え?」
「……破裂しそうです」
え……っ?
「ソウ……くん、それって……」
【それってどういう意味?】
――そう聞こうと思った瞬間。突然、大きな音と共に地面が揺れ、地中から激しい地鳴りが響き渡った。
「――な、何⁉ 地震⁉」
「これは……ただの地震じゃない!」
空が、まるで吸い込まれるように消え始める。あれだけ騒いでいた星達も……一つ、また一つと、姿を消していった。空が、空間が、歪み始める。
「え、何これ⁉ 十日目の夜が終わるの⁉」
「……いや、まだ夜は明けていない。きっと、この島で何かが起きているんだ」
「そんな! じゃあ、シロくんとクロちゃんは? 二人は一体どうなったの……⁉ 仙人や他の老人達は? 他の面の人達も、無事なんだよね? ……ねぇ、ソウくん!」
彼に聞いたってわかる筈がないって事くらい、ちゃんと理解しているのに、それを聞いてしまう私は多分……彼からの『大丈夫だよ』という言葉を期待して……ううん。そう言って欲しくて、安心したくて……
――けれど、彼は黙秘する。それがますます不安を誘った。
「……きゃあ!」
「ミズホ!」
地面に亀裂が入り、私と彼を引き離す。必死に手を伸ばすが、二人の手が触れ合う事はない。
「ソウくん!」
夜宴の島が、崩壊する……?
「ミズホ! 元来た道を戻れ!」
私は振り返り、道を確認する。
「駄目! 崩れちゃってる!」
「……くそ、どうすれば!」
「――下がれ」
その時、私達の前に突然姿を現した二人。まるで最初からそこにいたかのように、兎面で素顔を隠した双子は、私達の目の前に立っていた。
私の前には、白兎。彼の前には、黒兎。
身体が透き通っている。……実体ではないの?
双子は私達に手をかざすと、何やらよくわからない言葉を唱え始めた。――私達の身体が光り輝く。
「クロ!」
「シロくん!」
『夜明けず。十日目、終わる』
『夜明けない。十一日目、……始まらない』
『宴は残り七夜。もう二度と、夜宴の島で宴は行われない』
双子のその声が聞こえたと同時に……私は意識を失った。
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