私とキミと、終末と。
各務ありす
第1話
「あなたは今日からこの世界の住人です」
まるで絵文字が見えるような口調でそいつは言った。
…遡ること10分前。
延滞していた図書室の本を返却するために、夏休みのこの暑い暑い中、高校を訪れた。
高校では夏期講習の真っ盛りで、受験生たちが授業を聞いているのを傍目に俺は3階にある図書室へ向かった。
高校2年生、相原颯斗。
青春などない。
夏休みはぐーたら。
借りた本は延滞。
課題は一文字も進まず白紙。
ああ、つまらないな。って、思わず口に出して図書室の扉を開けた。
司書さんがこちらを一瞥し、また仕事に戻る。
図書室の机では3年生たちが勉強をしている。中には2年生もいて、知った顔がいくつかあったが知らないふりをして返却コーナーに向かった。
図書室特有のこの沈黙が俺は嫌いだ。
だから本はそこでは読まずに借りて家で読む…のだが、活字を読むのが少し苦手で時間がかかってしまう。
司書さんに事情を話し、特別に長く借りることが許されている。
今日は読み終えた本を返しに来ただけだ。
返却コーナーの1年生は気だるげな顔で俺の差し出した本をバーコードで読み取り、「ありがとうございました」と機械的な声で言った。
そして彼は本を棚に戻すために立ち上がり、俺の方を見た。
「4階に屋上へのドアがあるじゃないですか、いま、あそこが開いてるらしいって噂なんですよ」
彼は俺の耳元で囁いた。
きっと周りには聞こえない声で。
4階の階段の突き当たりに例のドアはあるが、いつも鎖が絡めてあり、屋上への出入りは禁止されている。
なぜこの1年生がそんなことを知っていて、なぜ俺に教えたのか。
彼に聞き返そうとしたが、もう目の前から姿を消していた。
追いかけて聞こうと振り返ったが、
そこに彼の姿はなかった。
変だな、と思いながらも図書室を去ることにした。
ドアを開けて、廊下へ出ようとしたその時、女子生徒とぶつかった。
「わっすみません!」
「俺の方こそごめん!」
2人でほぼ同時に謝って、笑った。
彼女の腕には図書委員の腕章が付けられている。
「それじゃ、仕事があるので」
とだけ告げると彼女は図書室へ入っていった。
…夏休みの当番は一人のはずだ。
彼女の背中を追い、少しだけドアを開けながら、返却コーナーのその席に着く彼女の様子を捉えた。
さっきの1年生は誰だ?
いま視線で捉えた彼女の方が正規の当番なのだろう。
だって、さっきの1年生は…
腕章をしていなかった、から。
再び図書室に入って彼を探すことも考えたが、背筋がぞっとして動くことができなかった。
彼はいったい誰だ。
数分そこに立ち尽くし、後ろから声をかけられるまで、俺は固まっていたらしい。
困惑した頭をリセットするように振り、さっき彼が言っていた言葉を反芻した。
…4階の屋上へのドアが開いている。
もしかしたらそこにさっきの彼がいたりして、なんて思い、屋上に出てみようと階段を上がった。
階段の突き当たりにあるそのドアはいつも通り鎖で絡められ、どう見ても開いているようには見えない。
指先でトン、と押してみた。
ぎいい…と音を立てて、ドアが段々と開いた。
鎖はじゃらりと音を立て床に落ちた。
どうなっているんだ、この鎖は。
少しずつ開き始めたドアの隙間から身を乗り出し、俺は屋上へ、足を踏みいれようとした。が、
「何にもねえじゃ…ああああぁあぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」
真っ逆さまに、落ちていった。
そこに屋上の床など存在しなかった。
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