第8話 探偵の結末

「自殺に見せかけた殺人ではなく、殺人に見せかけた自殺だったとは……。

 でも、彼女の復讐は、君のおかげで達成できなかったわけだ」


 アートリア嬢の言葉に、ルーナ嬢は左手でくせっ毛をイジりながら、


「そんな事はないと思います。

 Signoreスィニョーレ(ミスター)・ジョンソンの経歴はこれで傷がついたわけです。いくら婚約者が若気の至りで子供を産んでいた、という理由だけで別れ話をしたのですから、何らかの制裁はあってしかるべきです」


「なかなか、英国うちの国ではそういう事には……いや、新聞が騒ぎ立てるか。だとしたら、彼女の復讐とやらはある意味成功したってわけだ。ミス・アンダーソンを脅していた、リチャードソンの事も、そのうち嗅ぎつけられるだろう」


 その言葉に、ルーナ嬢はうなずいて見せた。


「さて、ルーナ。仕事先に送っていこう」


 アートリア嬢はそういいながら、愛車の助手席のドアを開ける。


「……」


 珍しく文句もいわずに、ルーナ嬢は黙ったまま助手席に座った。


「何かあったかい?」

「――辞めさせられた……」


 ボソリと彼女は呟いた。


「えっ、何だって?」

「――辞めさせられたんです。図書館……」

「そんな……ひょっとして、ボクの所為かい?」

Tuトゥ(あなた)……あなたではないです。態度が悪いって……外国人だからって……」


 そうルーナ嬢は口にした。やはり、植民地出身のイギリス人かもしれないが、外国イタリア訛りの職員がいる事に、抗議した者がいるのかもしれない。

 この国はそういった差別は敏感だ。

 口では平等と唱えてはいるが、実際はこんな事ばかりだ。


「ひとつ提案していいか?」

「スターリング、何ですか?」

「ボク等で探偵社をやらないか? 君の頭脳とボクの行動力を合わせれば、上手くやっていけると思う」


 アートリア嬢はそんな事を考えていたようだ。

 急な申し出であったが、ルーナ嬢は黙ったまま左手でくせっ毛をイジっている。


「――まっ、考えてもいいかしら……」

「よし、そうと決まればお茶をしながら、打ち合わせをしよう!」

 と、アートリア嬢は愛車を走らせはじめた。


Non troppo veloceノン トロッポ ヴェローチェ(速すぎない!)!」

「何だって?」

「――できれば、Cappuccinoカップチーノがあるところの方がいいです」

「――この国イングランドには、コーヒーぐらいしかないよ!」



〈了〉

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シェアハウスの殺人/スターリングとロマーノの事件簿 大月クマ @smurakam1978

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