0.バックルーム・ガール


「あっはっはっひゃひゃっーー!! ハーレム野郎絶対殺すマンだって! ウケるー! ウーマンじゃないんだ!」

「反応するとこそこじゃないでしょ」


 ここはプレイヤー達が最初に案内される『狭間の間』とほぼ同じ場所、本当の名前を『アーカーシャ』という。『GexM』のすべてを管理する場所だ。

 内装はその日の気分によって変わってくる。今はリノリウムのような空中庭園だ。

 ただひとつ変わらないのは、ガラス張りのようなドーム状の天井から見えるのが瞬く星が近い宇宙空間なことだ。


 一体何がツボったのかトリフォリロはひたすら笑い転げていた。

 彼女の体勢に合わせて宙に浮いた透明のスライムのようなクッション(?)がぽよんぽよんと形を変える。

 彼女が乗っているクッションは、思うように楽な姿勢を維持し快適な空間を作ってくれる夢のようなものだ。全身風呂に浸かっているような弛いマッサージ効果もあり、これが無いと長時間のシステム作業が辛い。


 その傍らに立つのはミツバだ。

 シロツメとは違いカラメル部分が多いプリン頭をしている。プリン部分は控えめのミルクティーゴールドなので、さながらミルクティープリンである。

 トリフォリロに似た黄昏色の瞳を眇めて、呆れたようにため息をつく。


「そんなことより仕事の続き。アレンジ品の補正値査定と魔法スキル呪文スペルの表現の揺らぎに対する威力調整にデバック。やることはいくらでもあるんだからさっさと働く!」

「うえぇー。もうちまちまちまちま数字見るの飽きたー! 目ぇ疲れた甘いもの食べたい! ジャンク品寄越せー!」

「はい。これ追加」


 ドイヒ過ぎるのでは……? 特にリアクションもせず淡々と仕事を積み重ねていくミツバの所業にトリフォリロは戦慄する。


 周りには兎と猫を足して2で割ったような耳を付けた……要はトリフォリロと同じ耳をした白いマスコット達がてきぱきと仕事をしている。彼女の眷属化しているアダムカドモン達である。

 アダムカドモンとは……今のところは『GexM』の至る所にいる神様もどきのマスコットと憶えておけば問題ない。

 流れる大量のログを監視している者、内職で『メニュー・クリプテックス』を生産する者、同僚を並べてその体をもぎっては『アバター』に変える者と様々だ。


「あれ千切らないと分裂出来ないのだろうか……。眷属の数足りてる?」

「大丈夫じゃない? やろうと思えば一般プレイヤー分だけだったらアダカド一体につき万単位で分裂出来るし」

「安全マージン取るので千単位くらいに抑えてるじゃない」

「そうだけど。そっちよか『アニマテクト』の数が足りないぞ増やせってクレームのが憂鬱」

「それは大人達が処理することだから。現状約3000基くらいだっけ。これ以上は施設の規模自体の問題。リピート率は低いからオープン需要が落ち着けばマシになるでしょ」

「いやそれこそいつになんのよ……」


 完全没入型VR機として施設で提供しているのが『アニマテクト』である。日本最多の客室数を誇るホテルが約3600室であることを考えると、それなりの規模と言える。


 話しつつも作業の手を止めないことを確認して次の仕事の整理を始める。

 パフェ……などと漏らしているがそんなものは作る暇が無い。

 合間に特別ブレンドのべっ甲飴を口に突っ込みトリフォリロの機嫌を取る。


「むぐぐ(これも悪くないんだけどさー)」

「我慢して。今日の仕事が一旦落ち着いたら、B先輩が玖原財閥の伝でホテルのデザートビッフェ貸し切って打ち上げしようって言ってくれてるから」

「でじま!? よっしゃトリちゃんこれから本気出す!」

「最初から出しなさいよ……」


 トリフォリロはバリバリと口の中の飴を噛み砕きながら処理速度を早める。

 いつの間にかニーハイブーツをキャストオフした素足も手のように動かしている。無茶な挙動は女神様だけに神業だ。


 そう、トリフォリロは本物の女神様だ。

 異世界をVRMMOとしてプロデュースすることになったすべての発端となる。

 プレイヤーからはバーチャルペイチューバーなどと揶揄されつつ『GexM』のイメージキャラクターだと思われているが……。


 元々存在していた異世界に顕現した彼女は、そこと『こちらの世界』とを合体させようとして失敗したのだという。概要のみで詳しいことは聞いていない。

 その際、中途半端に異世界とこちら世界の電脳空間が合体。

 そして元々あった異世界は『電脳異世界』として生まれ変わってしまったのだ。


 中途半端に生まれ変わった『電脳異世界』は混乱したバグった

 物理法則の乱れ、異常気象、災害の頻発。中でも顕著だったのは『魔獣』の大量発生だろう。

 結果として『電脳異世界』は『ガラクシアス・エクス・マキナ』と名づけられ、色んなひと・・の力を借りて安定することになる。

 それでも尚、人手が足りずVRMMOの体で人を呼び込むことで補うに至ったという訳だ。


 ちなみに宇宙空間を含めた世界が『GexM』、惑星自体は『テラリンネ』と名づけられているので、住民は『テラリンネ人』となる。

 が、長いので結局『(現地)住人』で通ってしまっている。


「それ、私以外が居る時はやらないでよ。はしたないから。後、足をこっちに向けないで見苦しい」

「いやん。パンツ見ないでエッチ(はぁと)」

「……」

「……ごめんて! お願いだからそんな『殺してぇー』って顔で無言になるのやめて!? 傷つくから!」


 普段であれば他のGM勢も一緒に仕事をしているはずなのだが、今日はオープニングセレモニーだ。

 アダカド達が内務の殆どを担っているとはいえ、人手をほぼ現場の巡回や運営に回している。そのため、こちらの負担はどうしてもやばくなるのだ。

 いつもよりトリフォリロが大分ウザ……ハイなのは疲労の蓄積が限界に近い表れでもあった。


「アレンジ品クソ面倒くさいんだけど。これアダカドに丸投げでもいいんじゃないの?」

「それだと煩雑になるから後のデフラグが面倒になるけどいいの?」

「そうだった……。魔法スキルの二の舞じゃん。あー! もう。またしばらくしたらデフラグで『書庫アーカイブ』に潜らないといけないのかぁー。欝いー」

「βテスト時だけでも何回か必要になったわけだから……」

「あーあーあー!」

「さすがにこればっかりはアンタにしか出来ないんだから仕方ないでしょ」


 ミツバはちらりと床に視線を向ける。

 継ぎ目の無い床は透明になっており、その下には巨大で透明な天球儀のようなモノがごうん、ごうん、とゆっくり自転している。

 これこそが『GexM』のシステムの中核になる『書庫』である。

 ここにすべての情報が集められ、世界に分配されていく。


「わかってるてば。……あれ? でもほとんど補正値仮打ちされてるけど。ミツバが入れたの? じゃあこれで良くない?」

「折角だから+αをダイスで決めたらと思ったんだけど……。要らないならこのまま決定……」

「ウェイウェイ! kwsk!!」


 食いつくと思っていたので用意していた数枚の結果表とダイスを渡す。

 結果表は使われている素材の特性ごとに割り振った物だ。あべこべの結果になりすぎないための配慮である。


「これまでのアレンジ品との兼ね合いもあるから極端な+αは付けられないけど……」

「そこはほら正直にダイス振りましたって仕様変更の告知して、それ以前のは+α付けたい希望者募ればいいじゃん~。そしたらダイスがまた増える~♪」

「+α付けるために以前のより数値を抑え目に設定してるからそれだと……」

「じゃあ以前の基準に引き上げよ! 私が許す!」

「じゃあそれで」


 ミツバちゃん気が利く天才~♪と歌うトリフォリロは現物にちゅっちゅっと頬ずりを交えつつダイスを振っていく。

 ミツバはその様子を指でフレームを作り記録スクショする。

 それを女神様の『Chun-Chun』(SNS)アカウントに告知と共に投稿する。

 瞬く間に通知が鳴り響き始めたのを確認し、そっと画面を閉じた。


 ダイスの女神になりたい~♪ ファンブル見つめて抱腹絶倒~♪ と歌い続けるトリフォリロをBGMに、これでしばらく大丈夫と別の仕事を始めた。


 しばらくすると『ビー!ビー!』とけたたましい警告音が響いた。

 もくもくと仕事をこなしていたミツバはともかく、ダイスに興じていたトリフォリロも真面目な顔つきになってモニターを展開する。

 

「レイド級魔獣発生を確認。ワールドアナウンスに載せるけどいいよね」

「場所は……OK。自治区に結構近いから一般ユーザーが参加しやすいよう調整。到着したプロ勢には場のコントロール優先で通達。レイド対応結界持ちの人数がわかり次第、参加上限数込みでワールドに載せて」

「了解」

「大人数に出来そうなら空撮飛ばすかな。後、発生位置にタグつけといて。魔禍マガの流れ後で確認するから」

「後ででいいの?」

「自治区が上手く機能出来てるってことだし……。うん、確認だけで大丈夫」

「ん。近場の結界持ちはGM込みで8人か……。上限48人で流します」


 手馴れた手順で情報を流していく。

 申請したGM達到着の点灯がすべて揃うのを確認。

 無事参加人数のカウントが上がり始めたので、ほっと息をつく。


「セレモニーの余韻で集まりづらいかと思ったけど大丈夫そう」

「でも催し物中にレイド戦出してくるなんてってまた燃えそう。ま、いっか。いつものことだし」


 トリフォリロはリザルト用のドロップ調整を行っている。

 ミツバはその真面目な様子を記録し、先ほどと同じようにSNSに投稿する。


「えーなになに? ミツバちゃんってば私の仕事中の顔好きなの~?」

「違うわよ。新規勢にもちゃんと仕事してることアピールしないと、ふざけたイメージしか広まらないでしょ」

「ええ~。そっか~。好きなのか~~」


 にやにやにじり寄ってくるトリフォリロにイラっとしつつも我慢する。

 ため息をつきながら「仮に好きって言ったら、ずっと真面目な顔で仕事してくれるのかね……」と漏らせば「すみません」と返ってきた。

 どれだけ真面目になりたくないのお前は。


「好きって言えばさ。『ハーレム野郎絶対殺すマン』は初めて聞いたでしょ。心当たりある?」

「あるわけ無いでしょ。誰よ、またそんな適当なこと広めてるのは」

「えー? ハーレム野郎の息子、再起不能にしたって噂流れてたのに?」


 はぁ? と呆れたものの、『息子』『再起不能』の単語が記憶の端に引っ掛かる。


「そういえば……。『私に告白したら自分を好きっていうが別に現れる』って噂が立って、クソみたいな呼び出しが増えた時期があって」

「ミツバにホの字じゃない奴もってこと?」

「そう。で、キレて。断り文句を『息子を1ヶ月不能にされて尚、告白するなら考える』て、してた。たぶんそれ」

「草」


 呼吸困難になりそうなほど笑い転げるトリフォリロ。

 あんな下らない出来事が巡って、自身の称号として帰ってくるなどと誰が思うのか。


「これだから恋愛に巻き込まれるのは嫌なのよ」

「そりゃそんな対応してたらまともな奴は近づかないでしょうよ」

「まあね。だからこそ、私に恋愛感情で近づいてくる奴はロクでもないってわかるでしょ」


 ま、真顔……。と、トリフォリロはドン引いているが知ったことではない。

 学生の時分に恋愛なんて必要ない。

 ミツバは大人になって見合いで結婚するくらいが丁度良いのだ、と本気で思っていた。


「もしやまだ恋愛中毒者は犯罪者予備軍とか思ってるんじゃ……」

「……もうそこまでは思ってないわよ」

「……そっか。まあ近いうちに恋愛出来ると良いね」

「………………」

「あ、あれ? そんな嫌だった? 何でそんなに殺気だった目を」

「今の『1日24時間労働』状態で出来るわけないだろが、ハッ倒すぞ」

「あっしまった。叩いてはいけない扉だった。労基に駆け込まないで! 技を掛けるだけにして!」


 あ゛あぁーー!?


 ご要望通り技を掛けてやった。


 これからもクソ運営と言われつつ、この『GexM』をVRMMOとして廻して行くわけだが、ここまで来れて本当によかった。

 ここまで来るのは本当に大変だったのだ。


 これからしばらく語られるのは、からくも愉快なその道程である。

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