流しゼリー

蜜海ぷりゃは

流しゼリー

しらしらと、水の流れるのが聞こえる。


かなり上の方から流れているようだ。


水の音以外には、時折ささやき声が聞こえる程度で、


そこは森の中の、小川のまわりの、


木の株の上のように、ゆんまりと静まっていた。


それはそれは高くて、それでいて長い機構の上に人が一人いて、


みんなに聞こえるように、何か言った。


流れている水は、余程冷たいのだろうか、


その機構中に水滴がついて、垂れた水が、


無機質な床をじんわりと濡らしている。


そんなことに気をとられているうちに、


機構を囲む人々が、わっと声をあげた。


必死に流れに追いつこうと、みんなの視線の先を探った。


すぐにそれは見つかった。


ぷるんぷると、冷えに冷えた、


冷たくて透明で、少し色のついたそれが、


高いところからふるふると、縦横無尽に揺さぶられながら、


重力のなすがままに、滑らかな斜面を勢いよく流れてくる。


お椀いっぱいぶん程のそれは、


機構に張り付く何人もの前を通り過ぎ、


私こそはいざすくわんと、身構えた。


「おっ、と」


一瞬のことで、まさかうまくいくとは思っていなかったが、


たしかに金属製の穴開きレンゲで、上手にすくい上げられて、


それは手持ちの小椀に収められた。


それは手が痛くなるほど冷えていて、


漆塗りの椀が、いっきに水滴にまみれた。


お先に、と口には出さずに、周りの人に軽く会釈し、


掬えるだけ掬って、ぢゅぶりと口ですすり込んだ。


きんきんに冷えた、透明で色のついたそれを、


口の中で、舌と遊ばせてみる。


一瞬で体中が涼しくなって、汗がひいた。


ひとえに噛んでみると、ぷるぷるの奥に、しゃりっとしたものを感じた。


凍りかけとも解けかけとも言える、そういうやつが、


ジェラチンの生臭さのような、薄甘いぷわぷわの中に、入っていたのだった。


勝手に溶けるほどやわでもなく、かといって


いつまでも噛み続けていられるほどの自我のないそれは、


あっという間に無くなってしまった。


私はもう少し楽しみたかったが、あぶれてしまっている人に、


場所を譲ることにした。


三伏天であるのに、これ以上むやみに腹を冷やすまい。


来年もまた来ることを誓って、会場を去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流しゼリー 蜜海ぷりゃは @spoohnge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ