真夏の惨劇はインスタ映えから
秋雨千尋
【誰も彼もが居なくなる】前編
高速道路を走っていたら、海が見えてきた。
大学受験は来年。本当なら遊んでる場合じゃないんだけど、 せっかくの夏休みに見るのが問題集ばかりじゃ気が滅入る。
「気晴らしに海行こうぜ」
従兄のヤス兄ちゃんが電話してきた。
叔父さんと叔母さんが離婚してから疎遠だったけど、子供の頃はよく遊んでくれた優しい兄ちゃんだ。
遊びでやった競馬で大当たりし、ネットで海近くのちょうどいい別荘を見つけたから、購入する事にしたらしい。
てっきり二人でだと思ったのに、兄ちゃんの運転する車の中は、大学の仲間だというメンバーでいっぱいだ。
「ヤスっち最高、この間のナイトプールもマジ楽しかったし」
「タダで別荘泊まれるとか超ラッキー!」
二列目に並んで座るギャル二人。肩までの金髪が輪ゴムみたいな質感の
「三連単とか奇跡じゃん。ビギナーズラックってマジ怖えー」
三列目、僕の隣の席のヘビースモーカー
「たしかに奇跡かも。隣にいた常連ぽいおじさんすごい睨んできたし」
「ふふ、成功者のつらいところね」
助手席に座る黒髪ロングの
だが僕はその本性を知っている。女子トイレの会話が聞こえてきたからだ。
「あのクソダサ
一瞬誰が喋ってるのかと耳を疑った。
でもギャル二人が「サギ清楚の腹黒クイーン」と笑い飛ばしている事から、黒川さんで間違いない。
兄ちゃんの友達ロクなの居ないな。
気晴らしどころかウンザリして疲れた。こんな事なら涼しい部屋で勉強しておけば良かった。
到着した別荘は、想像以上に大きかった。
立派なガレージがあり、3階建て。屋上にプールまである。
二階のリビングには壁全部がそうかと思うほどに巨大なテレビ。ゴージャスなテレビ台にはDVDが何本も並んでいる。
革張りのソファーは大人二人が寝られるぐらい大きい。
「兄ちゃん、これいくらしたの」
「テレビもソファーも最初から付いてたんだよ」
トランクから運んできた食料を冷蔵庫にしまいながら、兄ちゃんは応える。今夜はバーベキューらしい。ウキウキと廊下を歩くと寒気がして、僕はトイレに逃げ込んだ。
意外と綺麗になっている。部屋がゴミだらけの兄ちゃんが頑張って掃除したらしい。
トイレットペーパーストックのあたりに、一枚の紙が見えた。なんだろう、興味を抑えきれなかった。
「家族写真?」
この家をバックに撮られた、四人家族。両親と高校生ぐらいの兄と小さい妹。みんな幸せそうに笑っている。僕は元の場所にそっと戻した。
リビングに戻る途中、また寒気がした。
空調の不調かな、後で兄ちゃんに言っておこう。
女性陣が水着に着替え、男性陣が一服する事になり、兄ちゃんに勧められるまま一人で海に向かった。
沈みゆく夕日が世界をオレンジ色に染めていく。ビーチサンダルで波打ち際を歩きながら深呼吸をする。
やっぱり来て良かったかも。
メンバーは不満だけど、気晴らしにはなってるかもしれない。
波の音が、ざざん…ざざん…。
《おかえり》
風に乗って、誰かの声がする。振り向いても誰もいない。なんだろう今の。寒気がして戻る事にした。
坂道を登るのがやたらと辛い。おかしいな、それほど急斜面でもないのに足が重い。
屋上ではしゃいでいる音がする。
そこに混じる勇気は無いので、DVDレコーダーを起動した。有名作品と並んで、ラベルの無いやつがある。エッチなやつかな、と興味本位で起動すると、ホームビデオだった。
トイレで見た家族が映ってる。二つしばりの可愛い女の子が、ブランコに乗ったり、誕生日ケーキを食べたりしている。
プレートに書かれた名前はユキ。9歳。
女の子が、カメラのこっち側に手を伸ばした。
《おにいちゃん》
その声にノイズがかかり、画面も歪む。
僕は怖くなって、停止ボタンを押した。真っ暗になる画面。映る僕の姿。
隣に二つしばりの女の子が座っている。
「ひいっ!」
咄嗟に身を引いた。だがソファーには誰もいない。再度見たテレビにも僕以外写っていない。
この別荘、おかしくないか?
「ちょうどいい別荘を見つけた」って言っていたけど、それって安いって事じゃないか。事故物件なんじゃないか?
異常事態を知らせるために、ベランダから繋がる屋上への階段を駆け上がる。焦っていた為、やたら静かな事に気がつかなかった。
屋上では、倒れた女性を囲んで、皆が固まっていた。頭からシマウマ柄のビキニまで血に染まっている。長い茶髪のギャル、栗山さんだった。
「どうしたの」
「プールサイドで滑って、頭を打ったみたいだ。動かないんだよ」
「はやく病院に電話しないと!」
「オレが行く」
紫煙さんが走って階段を駆け下りて、足を滑らせた。ベランダの手すりに突っ込み、そこが壊れて落下した。
追いかけて恐る恐る見おろすと、アスファルトに叩きつけられ、動かない体が横たわっていた。
「ねえ、なんなのこれ!ドッキリなの!?」
「タチ悪いわよ!」
女性二人が肩を震わせて抱き合っている。
警察を呼ぼうにも固定電話は断線。スマホは圏外。ご近所さんは二キロ先。さらにガレージのシャッターが故障で開かない。
「もう無理!」
サギ清楚の黒川さんが、車のキーを持って走り出す。足をもつれさせながら金髪ギャルの金田さんも後に続く。
「あたしだけでも帰る!」
「けど黒川、シャッター開かないんだよ?」
「馬鹿、ぶつけて壊すんだよ。あーあ、クソダサ白井なんかにコビ売るんじゃなかった。二度と電話とかすんなよ」
追いかけようとした僕を、兄ちゃんが強く引き止める。エンジン音が響く・・・はずが、聞こえたのは爆発音だった。
ガレージの中で、黒コゲの遺体が二人分。
この時、僕は気付いてしまった。
プールを滑りやすくして、ベランダを壊れやすくして、電話を断線させ、車を爆発するように細工する事が可能なのは誰なのか。
「兄ちゃんが、犯人なの?」
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