第41話 最期に君を愛することができたから

 意識を回復して最初に目にしたのは、俺を膝枕するヒメカの姿だった。


 「あーもう……やんなっちゃう……」


 「ヒメカ……?」


 「起きた? 起きたなら、さっさと体起こしてよ。足、疲れちゃった」


 上半身を起こせば、顔にヒリヒリと痛みが走る。酷い顔をしているかもしれないが、心配するほどの怪我ではなさそうだ。

 頬を赤くしたヒメカがそっぽを向き立ち上がる。


 「もうすぐ先生達が来ると思う。それまでに、お兄ちゃんには逃げてよ」


 唇を尖らせて言う予想外のヒメカの発言に反応してしまう。


 「は!? どういうつもりで言ってるんだ!」


 「どういうつもりもないよ、お兄ちゃんは生きていてほしいと思っただけ」


 「自分勝手過ぎるだろ……」


 「そうだよ、私は自分勝手に両親を殺してお兄ちゃんも殺そうとした。それに、この世界に生きる大勢の人達もたくさん殺してきたよ。ぜーんぶ、私の身勝手でね。……だから、生かす人を決めるのも私の勝手」


 「……だけど、このままにしていたら、ヒメカはもっと多くの人を殺し続けるんだろ」


 「うん、それが私だから。……でも、前よりかは殺す人を選んでから殺すようにするよ」


 「いや、そういうことじゃなくて――」


 ――その時、周囲の結晶が危険信号を発するように強いクリムゾンレッドの色に発光した。

 近くに奴が来ているのだ、隠している奴の魔力を感じ取りマナジストが警戒しているのだ。


 「――ぐずぐずしているから、来ちゃったじゃない」


 「センセイか……。奴は、お前の何だったんだ」


 「あの人は、どうしていいのか分からずに袋小路に陥っていた私に手を貸してくれた人。苦しみ悶える私に、異世界への行き方を教えてくれて、世界を変える力を与えてくれたのよ」


 「異世界からやってきてヒメカにルキフィアロードを教えて……。どっちにしても、普通に戦って勝てる相手じゃなさそうだな……」


 「そうだよ、あの人は世界を渡るほどの魔法を持っている。たぶん、この世界で最強」


 ヒメカは前に比べて心を開いてくれるようにはなったようだが、センセイとやらを信仰しているのは今も変わっていないようだ。

 沈む気持ちを隠して、ヒメカに提案する。


 「もしも、俺がセンセイを殺したら、俺の言うことを聞いてくれるか?」


 しばらく悩んだように自分の顎に人差し指を当てて考えたヒメカは、こくりと頷いた。


 「けど、それで私を束縛できると考えているなら別の話。後は、お兄ちゃん次第」


 「いいや、そこまで言ってくれるなら良かったよ」


 そう、これで俺のやるべきことが決まった。

 センセイを倒すことができたら、少なくともヒメカの暴挙を減らすことができる。

 前に戦った時に比べてヒメカの感情は、かなり理性的な面が出てきているように思える。かなり良い傾向だ。


 考えればおかしなものだ。


 ヒメカをずっと憎悪してきたが、自分が彼女と同じ立場に立った時に、ようやく過去を思い出して僅かでも気持ちが理解できるようになっていた。何より、彼女をああしたのは俺が一因なのだ。

 結果として人を殺したのだとずっと言い訳を続けてきたが、ヒメカだって思春期の少女の心に逃げ場が無くなり、センセイが作り出した逃げ場所が殺人による解放というものだった。

 ヒメカを許すことはできないが、虐殺に至る過程には俺の存在があったのだ。俺は、彼女の犯してきた罪の共犯者と言っても相違ない。

 そこまで思い至って、ようやくヒメカへの考え方が変わった。

 人差し指で出口を指した。


 「なに……?」


 不審そうなヒメカを前になおも俺は同じポーズを崩さない。


 「ヒメカ、お前は逃げろ」


 「どの口が言ってんのよ、そもそも私を殺そうとしているんでしょ」


 「お前との話次第では、そうするつもりだったし今でも悩んでいる。けど、いつでも俺を殺せるはずのお前は殺さなかった。それだけじゃない、お前は俺を生かすとまで言ってくれた」


 「だから、心変わりしたって言うの!? 私が嘘をついたかもしれないのに!」


 「この世界に来て、お前は一度だって嘘らしい嘘をついてねえよ。……それに、ヒメカを殺さなかった場合、センセイとやらを殺すつもりだったからな」


 俺の意図が分かったのか、ヒメカは両目を吊り上げた。


 「センセイをここにおびき出す為に、私を話をしていたっていうの!?」


 「そうだ、ヒメカを囮にしたんだ。お前は殺さないから、早く行け。ヒメカ一人なら、俺を殺して放置してきたとか言えば逃げられるだろ」


 「何言ってんのよ、こんなの囮て言わない! 私が一番安全な場所に居るじゃない!」


 ここ数年間で一番、兄妹らしい会話のような気がする。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だというのにヒメカは俺を助けようとし、俺はヒメカを助けようとしている。

 憎しみ合い、殺し合った俺達がここまできたんだ。もう充分だろ。


 「いいんだよ! 例え、この世界がどうなってもいいから、お前だけは助けたいと思ったんだ!」


 そして、洞窟に俺の声だけが反響した。目が痛いぐらいのクリムゾンレッドの光は俺達を照らし続けた。

 問答の末、忌々しそうにヒメカは顔を逸らした。


 「やっぱり、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけあって……身勝手な人だ」


 そのまま背を向けたヒメカは、こちらを一度も振り返ることなく足早に遠ざかっていった。


                  ※


 ヒメカの気配が洞窟の外に出て行ったのを確認し、外していた仮面を再度装着する。

 一人、静かになった洞窟の奥で魔力を内側に溜め込む。自分の肉体そのものでダイナマイトを作るように魔力という名の火薬を編みこんでいく。

 気付けばセンセイがすぐ近くまで来ている、あの偉ぶった足音は簡単に耳から離れそうにもない。


 紛れもなく俺はここで終わるだろう。

 脳裏に浮かぶのは、不思議と元の世界の記憶よりもこの世界で出会った優しい人達の記憶だった。

 きっと、この世界に来たことは俺にとってそう悪いことじゃなかったのだろう。今は、少しだけそんな風に考えることができる。

 らしくもなく泣きそうになっている自分に、笑みが零れる。

 ここまでだ、後はヒメカ次第。おかしな話、今ならヒメカも自由にさせて大丈夫な気がする。


 「……幸せになってくれよ」


 妹へ、リアヌへ、メリッサへ、トマスへ、タニアへ……この世界で関わってくれたみんなへの感謝を述べた。


 ――そして、ゆっくりと体内に溜め込んだ魔力を解放した。

 

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