第34話 魔族達の戦い
魔力の水を摂取し、悶え苦しむタスクを湖に残してジルドルは村へと帰って来てみると、村長の家では村の男達が集まり作戦会議をしているところだった。
「帰ったか、ジルドル。……大丈夫そうだったか?」
元気に声を掛けたのはトマスだった。他には、十数名の男達が村長を中心に集まっていたが、トマスから聞いている兵士達の相手をするには少し心配になる戦力に思えた。
本来なら人間と魔族では、圧倒的に有利なのは魔族側だ。人間達が呪文を詠唱している間に、剣を振るうように魔族達は魔法で攻撃が可能かつ人間の作った盾や鎧程度なら無力化するのも難しくはない。魔族の中でも強い魔力を持つ者なら、人間に百人力と言っても過言ではないかもしれない。
しかし、あっという間にトマス達を蹂躙した謎の魔獣のことを考えると、魔法を使いこなせても戦いには不慣れの村人達には荷が重すぎる可能性がある。そんな、可能性を徹底して排除する為の――タスクだ。
「厄介な状況だ、魔力の暴走を制御する為に大暴れしているよ。下手に近づけば、俺達も巻き込まれなかねないほどにな」
返答しつつ、ジルドルは真っすぐに村長の元へ近づいた。
この村の村長は、四本の腕を持ち、茜色の肌と羊の角を頭から伸ばしたタニアと呼ばれる腰の曲がった老婆だった。
「……本当に、例の来訪者は協力してくれそうなのかい?」
外見の割に、驚くほど通る声でタニアが聞いた。
ジルドルは頷いてから、周囲の仲間達にも伝えるように話を始めた。
「ええ、あの男の兵士に対する憎しみは想像以上です。今度の戦いには、必ず協力してくれるでしょう」
事前にトマスからタスクの実力を知らされていた魔族の男達は、おぉ、と歓声を上げた。皺だらけのタニアも、心なしか顔をほころばせているようにも見える。
周囲の反応とは反対に、ジルドルは言い難そうに、しかし、と言葉を続ける。
「このように、タスクを利用するような真似をしていいのでしょうか。いくら共通の敵とはいえ、これではまるで魔物を操る人間達のように思えてしまうのです……」
タニアは両手を重ねて支えに使っていた杖で、床を強く叩いた。
「馬鹿なことを言うではない、互いの利害が一致した結果じゃ。事実、あの男はただ者ではない……生き残るには、あの男の力を借りるしかない」
改めて村長から事実を突きつけられて、ジルドルは噛みしめるように頷いた。
綺麗事では救われない、現実に周辺の魔族の村々は人間達の手によって蹂躙されているのだ。魔族の村をいとも容易く滅ぼしてしまうほどの力を持っている人間達は、既に大きな脅威なのだ。
重くなった場の空気を変えるように、トマスが挙手をして意見を述べた。
「今はまだタスクは戦えません。タスクが魔力の操作を覚えて帰ってくるまでに、俺達は俺達でこの村を守り切らなければいけませんよね。……村長、ご指示をください」
ある程度の話はまとまっていたのか、タニアはつらつらと話を始める。
「ふむ、こちらから攻勢に出るのは危険じゃろう。まだ奴らは、この村を発見することに時間がかかっているようだしのう。……結界魔法が得意な者は、村の結界の再構築と強化を行え。素早い動きのできる者は、兵士達を偵察に行くのだ。さらに、偵察に行った者が戦闘になる可能性を考慮し、攻撃の得意な者も付近に待機しておけ。よいな? 三つの集団に分かれて、この村を守る為に奔走せよ。ただし、決して命を無駄に散らすな。これはまだ戦いの前の前哨戦に過ぎないのだ」
この作戦に勝利はない、全てはタスクの帰還に掛かっていた。
もしここにタスクという切り札が無ければ、人命を優先して村人全員が逃げ出していた可能性だって低くはなかった。
戦う決意をさせたのは、人望のあるトマスによる働きかけのお陰だろう。
そこに居る各々が一人一人違った表情を浮かべていると、トマスがおもむろに挙手をした。
「なんだい、トマス」
タニアは片方の眉を少し上げた。
「提案があります、村長。……我ら魔族の村の住人は、基本的には村同士では協力することも交流することもありませんが、今回ばかりはそうも言ってられないんじゃないでしょうか?」
「ふむふむ……。つまり、他の魔族の村と協力して人間達に立ち向かうと?」
その通りです、とトマスが言えば周囲にどよめきが広がる。
本来は、魔族の村同士の交流は行っていない。むしろ、村長の許可があったとしてもかなり厳しい条件下での交流となる。
魔族というのは、純粋な種族であるべきというのが魔族間での思想なのだ。魔力は地域によって特色があり同じ性質の魔力は存在しない。それ故に、他の地域の魔力を宿した魔族が村に深く居座り続ければ、その村が守ってきた魔力の純粋性が失われてしまうからだ。
噂では、様々な村を転々と旅してきたある魔族が、最終的にはいくつものの村の性質に汚染されて魔獣になったのだという話もある。結局のところ、それも伝説のような扱いで真実かは不明だが、幼い頃から禁忌とされていた交流を行おうとトマスは提案したのだ。
だんまりを決め込んでいたタニアが、深く溜め息を吐いた。
「良かろう、今回ばかりは村だけなく魔族の危機。事実、兵士達を放置すればこの村だけなく周辺の村全てが滅ぼされることは間違いなかろう。それに、掟を……いや、村を焼き女子供を殺めてヒトとしての常識を最初に壊したのは人間達だ……掟破りには掟破りで挑むのが筋というものだろう……」
タニアは杖の柄の部分を握るとくるりと反転させて、杖の先をトマスに向けた。
「トマス、自分で提案したからには、責任を全うしてもらうぞ。……お主に他の村との橋渡し役の使命を任命する」
「分かりました、必ず使命を果たしてみせます」
トマスは即答した。その反応に、遅れてジルドルが声を荒げた。
「待ってください! タニア様! そんな危険な使命をトマスさん一人に任せるというのですか!? せめて、私も連れて行ってください!」
後方で聞いていたジルドルはタニアの元まで向かおうとするが、歩みを止めたのはトマスだった。
「どいてください、トマスさん」
「嫌だね。この使命は俺に任された大切な仕事なんだ。ジルドルに横取りされたくはないさ」
「貴方はいつもそうやって! 家族を泣かせたいのですか!?」
感情の昂ぶりを隠せなくなったジルドルがトマスの胸倉に手を掛けた――。
「――そこまでにするのだ、ジルドル」
喧騒を切り裂くようなタニアの鋭い声に、トマスは口を閉ざしたが、ジルドルは我慢ならない様子でタニアに食って掛かる。
「しかし!」
「――ならぬ。お主がトマスと親しくしているのは、よく知っておるつもりだ。だが、お主はこの村の貴重な戦士だ。ただでさえ足りぬ状況で、これ以上に戦士を失う訳にはいかない」
「くっ……!」
リアヌの指示は絶対だ。いつだって彼女が選択を間違えたこともなければ、間違ったことを言ったこともない。そして、今回も正論だということはジルドルも言われなくても理解していたつもりだった。
握りしめた拳を震わせるジルドルの右肩にトマスが手を置いた。
「ま、ここは俺に任せてくれよ。必ずたくさんの仲間を連れて帰ってくるからさ。……だから、タスクと家族のことを頼むよ」
いつもはお調子者のトマスが複雑そうに言った。
そうだ、本当なら家族の元に居たいはずなのだ。近くで守っていたい、一番村を離れたくはないはずのトマスに、そこまで言われてしまえばジルドルは頷くしかなかった。
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