第24話 救うための戦いを

 「ここですぜ、タスクの旦那」


 ザックスに案内されて行き着いた先は、町外れの開けた土地だった。

 元々そこには幾つか木が立っていたのか、乱暴に歪んだ大木の根っこが点々と散らかっており、中心に行くほど舗装された場所で兵士達は陣地を設けていた。恐らく、人為的に作られた広場だろう。元通りの自然を取り戻すには、長い時間がかかりそうだった。


 太い枝で作られた壁が陣地をぐるりと囲み、遠巻きからは簡易的な建物が並び立つのが窺える。何日もこちらに滞在する予定ではなさそうだ。


 「本当にここに子供達が来たのか。そんな雰囲気には見えないが……」


 「本当ですぜ、あの聖母様に誓って――」


 「――もうそれはいい、分かったから……直接聞いてくることにする」


 「あ、ちょっと! 旦那っ!」


 身を潜めていた林の中から飛び出してザックスの制止も振り切り、俺は陣地の入り口に立っていた兵士に声を掛けた。


 「お忙しいところ、すいません。少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 「……何だ。興味本位で立ち入って良い場所ではないぞ」


 じろりと目線で圧を掛けてくる兵士は、こちらが下手に出ていないなら口も交わさなかったような気がする。

 慣れない愛想笑いで、こちらに敵対心がないように見せる。


 「お仕事のご迷惑をおかけして申し訳ございません、一つお聞きしたいことが……子供を探しているのですが、ご存知ありませんか?」


 その時、メットで覆われた兵士の目つきが変わった。


 「子供などいない! ここをどこだと思っている!」


 たった一言で、兵士は豹変し今にも斬り殺してしまいそうな剣幕で剣の柄に手を置いた。


 「ちょっと待ってください、別に口論をしに来たわけでは……」


 「――いいや! 紛れもなくお前は我らを侮辱している! そうでもなければ、子供の居場所を問いかけることなんてないだろう!?」


 「子供が迷い込んでいるんじゃないかと思って聞いただけですよ! たったそれだけのことで、ムキになるのはおかしくないですか!」


 言ってしまってから後悔した。孤児院にやってきてからの俺は感情的になりやすいようだ。


 「言いがかりをつけるつもりか! 小僧! 国の為に命を賭けて戦う我らに人さらいの嫌疑をかけることがどういうことなのか、その命をもって教えてやろう!」


 まずい。

 激昂する兵士の声に他の兵士達も興味を示し始めた。このままでは、子供を探すどころか孤児院に帰ることもままならなくなる。 

 じりじりと足を引いて後退しようとするが、兵士も今にも剣を抜きそうな殺気で距離を詰めようとしている。


 勢いで強行突破しようかとも考えたが、兵士を敵に回すということは、その場限りの軽率な行動で孤児院に迷惑をかけるかもしれないのだ。何せ、この町の人間はみんな俺が孤児院で生活していることは周知の事実だ。聞いて回れば、すぐにでも居場所は特定できるだろう。


 兵士が実際に剣で襲い掛かって来たと仮定して、下手に魔法で防ぐものなら火に油を注ぎかねない。攻撃しても防御しても逃亡しても孤児院を巻き込んでしまう。

 ただ、ここに子供達が居ることは間違いなさそうだ。兵士の取り乱しようも物々しい雰囲気もそうだが、何より強く念じれば魔力の流れ集まっている場所がこの陣地の中にある。


 孤児院で生活するようになってから感じ取れるようになった魔族の子供が放つ特有の魔力の強い香りのようなものだ。子供達を前にして残念だが、孤児院を巻き込まない為には一度撤退する必要がありそうだった。

 その時、助け舟とも呼べるタイミングでザックスが俺達の間に飛び込んできた。


 「おおおぉぉぉぉぉぉい! こんなところでなぁにやってんだ! おめえぇはよぉ!」


 登場と同時に俺の後頭部にザックスはげんこつを一発。

 あまりに予想外の展開にまともにげんこつを受けた俺の視界はがくんと地面を向く。


 「すいません! スイマセン! すーいませーん! ウチの若いもんが兵士様にご迷惑をおかけしたでしょう! 本当にすいませんでした!」


 仰天したのは俺だけではなく兵士も同じだったようで、憎たらしい兵士の顔を何秒も眺めない内にザックスのひ弱な手が俺の後頭部を押して頭を下げるような形にさせる。


 「ええい! いきなり横から出てきて、お前はなんだ! 俺達に子供さらいの疑いをかけるこの男の肩を持つなら、お前も同罪と見なすぞ!」


 「じじじ、実はですねぇ……私達は玩具売りの行商人でして旅をしながら休んでいる兵士様方や旅の方達に、お子様はいませんか? とお聞きして、もしお子様ががいらっしゃれば商売の一つでもと思いまして……」


 男の猫撫で声とはこれほど気色悪いのかと思い知らされるほどの媚びるような声でザックスは兵士に話をする。

 ただ、この時点でザックスが俺を助けようとしていることだけははっきりと理解できた。仕方なく、便乗することにする。


 「……すいません、親分。俺が口下手で……」


 この一言でザックスも意図を汲んでくれたらしく、俺の頭を太鼓のようにバチバチと大げさに叩いてみせた。


 「これだから、お前はいつまでたっても半人前なんだ! お前の口下手で、今まで俺が何度頭を下げたのか忘れたのか! 今なんて首だって落としかねないんだぞ!? だったら、ここで土産物の一つでも売るまでは帰ってくんな!」


 「そ、それは……困ります……」


 「困るにしても、やり方ってもんがあんだろ! さあ、謝れ! 兵士様に謝罪した後に、これからたっぷりと仕事のいろはを叩き込んでやるからな! この場でな!」


 ザックスのよく回る舌のお陰で、一触即発の空気が緩んでいくように感じられた。

 後一押しだと言わんばかりに、ザックスも共に頭を下げる。


 「兵士様! これは将来、我が国に多大な利益を与える商人になるはずです! どうか! どうか! お許しください! ここで命を奪ってしまえば、大きな損失になるはずです! 下げられる頭は二つしかありませんが、どうか……無礼をお許しくだせええ!」


 「も、申し訳ございませんでした……これからは、心を入れ替えます……」


 子供を誘拐したかもしれない奴に頭を下げるという行為に腸が煮え返りそうになるが、危険を冒してまで助太刀をしてくれたザックスに迷惑はかけられない。

 兵士は大きく鼻から息を出すと、剣の柄から手を離す代わりにザックスの肩を突き飛ばすと続いて俺の肩も突き飛ばした。


 「つまらんことで声をかけるな! ここには子供は居なければ、家族に土産を持ち帰るような半端者は居ない! 例え居たとしても、お前らのような無礼な商売人に払う金などないわ! さあ、さっさとねぐらにでも帰るんだな!」


 「へ、へい……大変失礼しやした……」


 いそいそと顔を隠すように腰を大きく曲げたザックスは俺の背中を押した。悪態の一つでもつきたい気持ちを我慢して促されるがままその場を離れた。

 本当にこの世界の兵士達は根っこから腐っているようだ。ザックスに感謝しつつも、そんな感情が沸き上がっていた。


             ※


 一旦、町の方まで戻ってきた俺達はザックスの行きつけだという酒場の隅で相談をしていた。

 この世界で酒場に来たのは二度目だが、マハガドさんの案内した場所に比べればじめっとしてずっと暗い雰囲気だった。

 互いに喋ることもなく所々黒ずんだ椅子に座り、ヒビが入ったり角が折れたりしているテーブルに肘を置けばザックスは待ちきれないとばかりに顔を寄せた。


 「肝が冷えましたよ、タスクの旦那……」


 「すまない、俺の軽率な行動で巻き込んでしまった。アイツにド突かれたが大丈夫だったか?」


 「ええ、これぐらい慣れっこでさあ! 心配していただき、ありがとうごぜえやす!」


 お前誰だよというぐらいに良い奴なザックスを前に、つくづく因果なものだと思ってしまう。

 あの時、ザックスを兵士に突き出してしまえば、今この間も時間を無駄にして俺はがむしゃらに探し回っていたことだろう。そのはずが、本当の意味で人助けをしたメリッサのお陰で問題が解決はできないものの進展はしていっている。


 「……子供達が心配なんですねえ」


 物思いに耽っていた俺にザックスが声を掛けてきた。

 まあな、と相槌を打つ。


 「だけど、やるべきことは決まった。準備してから、夜にでももう一度向かう」


 「ええ!? 兵士達と一戦交えようていうんですかい!?」


 大声で物騒なことを言ったことに気付いたザックスは、慌てて口をつぐんだ。


 「そうだ」


 「いくら旦那が強いといっても、兵士達が何人居るかも分からないのに……」


 「極力は戦闘も避けるし、無謀かもしれないが勝算が無いわけじゃない。ただ一つ問題がある。もしもの為に……顔がバレないように仮面か何か用意できないか?」


 「そ、それは構いませんが……本気でやるつもりですかい……?」


 冗談でないことを分からせる為に、真顔でザックスを見て頷いた。

 何か言いたそうなザックスだったが、言葉が出てこないのか眉を垂らしてうなだれる。


 「……あの聖母のお嬢ちゃんはいいんですかい?」


 「死ぬつもりはない、必ず帰って来るつもりだ」


 重たい沈黙が流れる。

 いつかメリッサが、ザックスのことを本当は悪い人ではないと言っていた。それは、真実なのかもしれない。そして、そんな本来はいい人であるザックスが悪事に手を染める環境を忌々しく思う。


 「……分かりました。タスクの旦那の頼み、お聞きします! もうすぐ日が暮れるので、急いで用意してきやすね。こちらでお待ちくだせえ!」


 重々しく口を開いたザックスが椅子から立ち上がる。彼なら信じられるかもしれないと考えた俺は、ザックスにもう一つの頼み事をする。


 「待ってくれ、ザックス! 後一つ頼んでもいいか?」


 「ええ、何でも言ってくだせえ」


 「孤児院の場所は分かるよな。メリッサに……孤児院の聖母さんに、俺の帰りが遅くなることを伝えてくれ」


 「伝えることは……それだけでいいんですかい?」


 「……ああ、十分だ」


 下手な笑顔を浮かべると、ザックスも俺より下手くそな笑顔を見せた。

 互いに苦笑をして、俺は遠ざかるザックスの背中を見送った。

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