第23話 消えた子供達
孤児院での日々は俺に安息を与えた。
ヒメカを憎悪し追いかけた時間は三日の出来事だったが、抜こうと思っても抜くことのできない太い針のような三日間をゆっくりゆっくりと抜き取るような穏やかな時間を過ごせている気がする。
夜明けと共に起き、力仕事をし、皆で食卓を囲み、遊び、仕事をしてから、暗くなり眠る。
ただこれを繰り返すだけの日々が、どうしようもなく狂おしいぐらいに愛おしかった。きっとそれは、少しずつ少しずつ距離が近づいてきているリアヌの影響もあるのだろう。
最初は義務感や縋るような気持ちでリアヌを救おうとしていた俺だったが、そんなことを考えていたことも忘れ、満ち足りた日々を謳歌していた。
おかしな話かもしれない、元の世界に帰っても居場所もないし帰る理由もないなら、この世界でこの孤児院の為に生きてみるのも悪くないのかもしれないと考え始めていた。
ようやくできた大切な居場所で、本気で生きていくのを考えてみても良いかもしれないと思い始めてきた頃――。
※
「子供達が……戻って来ないんです……」
青ざめた顔でメリッサが言ったのは、夕飯の支度を終えた頃だった。
近くで釣りをしていた俺とリアヌが帰ってきてみれば、帰宅を待っていたらしいメリッサがその場では取り繕った笑顔で出迎え、後で俺だけを連れて孤児院の裏まで来れば絞り出すように言ったのだ。
「帰ってきてないのは、どの子だ?」
「カルスとジェイクです……。二人で庭の方で遊んでいたのは見たのですが……」
少ない孤児院だ。名前を聞けば、二人の顔がすぐに浮かぶ。二人は活発で仲良し、いつも一緒に行動していた少年達だ。そして、二人とも魔族の子供だ。
「心当たりはないのか?」
まさか崖の下に落ちたのではとよくない想像もするが、それを口にするには早計過ぎると考えた。何より、子供達だってこの崖の危険性は分かっているはずだった。うっかり落ちるほど幼くはない。
案の定、メリッサは首を横に振る。
「いいえ……。それに二人は自分達だけで孤児院から出たことはないですから……」
聞けば聞くほどに考えたくもない想像が浮かんでしまい、無意識に頭を乱暴に掻く。頭に浮かんだ想像を口にしても、この場を混乱させてみんなを不安にさせてしまうだけだ。
どうしたらいい、どうすればいいんだ。強大な力を手に入れても、結局のところ人を壊す力でしかない持っていないのか。
「メリッサは神父様達とこの辺を探してくれ。俺は町の方まで行ってみるから!」
「わ、私も……!」
「いや、メリッサはここに居てくれ。急に大人達が居なくなれば、孤児院の子供達が心配する。俺なら夜釣りをすることもあるから、そこまで気にしないはずだ。……軽く準備したら、すぐに出発するよ」
早歩きで孤児院の中に戻ろうとすると、「タスクさん!」と大きな声でメリッサに呼び止められた。
「何か思い出したか?」
「すいません、そうではないんです……。タスクさんは、居なくなったりしませんよね?」
切なげな表情でメリッサは胸の辺りで両手の指を絡めて祈るようにこちらを見つめた。
最初は急な事件に不安になっているのだろうと考えたが、どうやらそれだけではなさそうだ。
居なくなったりしませんよね? というメリッサの一言に、俺はここが自分の居場所になったことを実感した。
ガラにもなく不安そうなメリッサに対して、妙に清々しい気分で似合わない親指を立てるポーズをした。
「必ず帰って来るよ、メリッサ。ここが俺の居場所なんだから……誰だって、自分の家には帰るものだろ?」
大きく目を見開いたメリッサの瞳は潤み、次にぎゅぅと目を閉じてこくこくと頷いた。
「はい、ずっとここで帰って来るのをお待ちしております」
「じゃあ、いってきます」
「――いってらっしゃい」
包み込むような優しい微笑みを胸に、俺は駆け足でその場を後にした。
必ず帰ってこよう、そんな当然で真っすぐな気持ちも一緒に抱えながら。
※
町に到着し、まず最初に子供達が興味を持ちそうな場所に行ってみたが見当たらない。それなら、と目に付く人々に手当たり次第に子供達の行方を聞いたが有力な情報は得られなかった。
「くそっ!」
むしゃくしゃた行き場のない感情を路地の壁にぶつける。
拳の激突した壁は直径十センチ程に凹んでいた。拳は無傷で痛みで我を取り戻すことすらできやしない。
空を見上げれば、既に日は沈み、ほぼ夜といっても良いぐらいだった。ここまでくると、二人は何か事件に巻き込まれたのかもしれないと思うようになっていた。
暗くなる路地、小さくなっていく人の声、虫の声もしない空間、全てが焦燥感を駆り立てる。
こんなところで突っ立って何をしている。俺は妹を殺してまで強くなったんじゃないのか。どれだけ強くなっても、この力は人を殺して奪うことしかできない無力な男でしかないのか。
「――だ、大丈夫ですかい……?」
「誰だっ!?」
反射的に拳を向けようとして、振り上げた右の拳の手首を左手で掴んでいた。
「ひいぃぃ!? すいませんすいませんすいません! もう悪さはしてないんで、お許しくだせえ!」
聞き覚えがある声に拳と共に溜飲が下がる。
目の前には、この間の鞄泥棒の男が腰を抜かしていた。
「お前はこの間の……。まさか、またコソ泥でもやるつもりか? 悪いが、今日は手加減はできないぞ」
「いえいえ! ひでぇ誤解です! 今は泥棒はやめて、真っ当に働くようにしているんですってば!」
「……じゃあ、こんな時に何の用だ。遊びに付き合ってやるほど、こっちは暇じゃないんだよ」
「俺のことをなんだと思っているんですか……。いや! 今はそれよりも! 旦那は、子供を探しているんじゃないですか!?」
蹴り飛ばしてでも先を急ごうと思ったが、泥棒男の一言に空気が変わった。
「本当に、子供達の居場所を知っているのか!」
「ええ、町の人間達は報復を恐れて聞かれても答えなかったのしょうが、子供達は王都から来た兵士達に連れて行かれてました」
「信用できる情報なのか」
「はい、あの聖母のようなお嬢ちゃんに誓って嘘はつきません」
この間まで金を盗み命を奪おうとした相手の言葉だ、どこまで信じられるかは不明だ。ここで強く言ってから無理やり情報を引き出すぐらいした方が、有力な情報が手に入るかもしれない――が。
「……分かった、信じる。兵士達の居場所は説明できるか?」
「ダンナァ!」
どうやら俺も焼きが回ったようだ。あの底抜けにお人好しのシスターに触発されたのかもしれない。
半泣きプラス鼻水を流しながら抱擁しようとする男を手で押し止める。
「俺が信じるのはメリッサだ。ここで信用しないとお前を助けたメリッサの顔に泥を塗ることになる。……それに、俺は旦那じゃない。タスクて名前があるんだ」
「おお! これは失礼! 俺の名前は、ザックス。しがねえ元コソ泥ザックスです!」
「短い付き合いになるが、よろしくな。ザックス」
「この拾った命で、聖母様達を手助けしますぜ!」
やたら気合いの入るザックスに肩をすくめ、確かに平気な顔をして嘘はつけなさそうな奴に見える。彼の犯罪歴には、幸いにも詐欺師はなさそうだ。
がむしゃらに探していた俺だったが、弱くとも光明が差し始めているように思えていた。
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