第8話 ライナスの決意と追手達

 泣きじゃくっていたアメリアが落ち着くのを待ってから、アメリアのお兄さんは話を始める。


 「俺の名前は、ライナス。……聞いての通り、アメリアの兄だ。まさか、こんな場所で妹と再会するとは思わなかったがな……」


 驚きを通り越して呆れたように言うライナスは、嗚咽の止まないアメリアの背中に自然に摩りながら言う。

 驚いたのは俺も同じ気持ちだった。


 希望を信じるアメリアには申し訳ないが、心のどこかで不幸な結末が待っているのではと心構えはしていたつもりだった。だが、結果は不幸は不幸だが限りなく幸運に近いものだった。


 「全部兄さんが悪いんですよ……。いつも勝手に出て行くのですから……」


 「今回の件に関しては、本当に迷惑をかけたな。しかし、俺にも理由があるんだ」


 体を寄せて互いの温もりを確認する二人に、知らず知らずの内に俺は姫叶と自分を重ねていた。

 そういえば、俺と姫叶にもああいう光景が似合う時があったのだ。たった、二、三日しか経過していないというのに、遥か遠くの光景に思える。


 溢れそうになる涙をぐっと飲み込む。下手に喋ってしまえば、零れ落ちてしまいそうな涙だったが、タイミングを窺っていたマハガドさんによって泣かずに済む。


 「理由とは……? ああ! ご紹介が遅れました! 私はマハガド、貴方の取引相手のしがない商人です」


 「よろしく……。アメリアには良くしてくれているようだし、話してやってもいいが商人に簡単に話をする内容では……」


 「大丈夫よ、兄さん。マハガドさんは信用していいわ、困っている私とタスクを助けてくれたんです!」


 「タスク?」と首を傾げたライナスと目が合えば、軽く会釈をする。今は、詳しく自己紹介はしなくてもいいだろう。


 「妹が言ってるのは、本当なのか?」


 ライナスに問われれば、マハガドさんは苦笑しつつ頷く。


 「お嬢ちゃ……アメリアさんが、そう言うのであれば、そうなのでしょうな。本音で話せと言うなら、運んできた物が物だけに、ブツの目的ぐらいは知っておきたい……てところですな。これは私の興味本位なので取引には支障を与えませんので悪しからず」


 しばらく思案するようにして、アメリアから俺、マハガドさんへとライナスが視線を行き来させれば短く息を吐いた。


 「アメリアの信頼を裏切るようなことはするなよ」


 釘を刺すようにライナスが言えば、低い声で語り出した。


 「知っての通り、本来なら人魚族だった俺は人間族と人魚族を繋ぐ外交を担っていた。人間達の悪い部分も、もちろん良い部分も知り、私なりに仕事には誇りを持っていた。人間と人魚の友好の懸け橋を結ぶ為に、俺なりに努力したつもりだった」


 淡々と時折何かを思い出すように語るライナスの発言には真実味が感じ取れた。


 「ある時、密命として人間達の内部調査を言い渡された。王からは外交の為だと言われ、我ながら愚かだが最初の内は、違和感もなく馬鹿正直に武器の量や兵力を調べた。人間達から、それなりに人望もあった俺からすればさほど難しい仕事ではなかったよ。全ての資料を作成し、人魚族に送ってから一週間程した後の話だ……人魚族の長から直々に”準備は完了している、人間達を殺戮せよ”と命令が下った」


 「殺戮!?」


 穏やかじゃない発言に驚愕の声を発したのはマハガドさん、アメリアは言葉にできないぐらい衝撃を受けている様子だった。


 「人間と人魚族は一見するとうまくやっているように見えるが、実際のところは人間と人魚族の間には幾度となく衝突と差別の歴史がある。人間達よりも長命なことも関係して長期化した憎しみの中で人魚族達は、水面下でずっと準備をしていたんだろうな」


 「人魚が……人間を、なんて……。あまりに極端過ぎます……。そんなことをして、何になるっていうのですか!?」


 「人間達と外交する中で、人魚族も海の外には多くの楽しみが広がっていることを知った。今までに無かった必要以上の欲が生まれたんだ。しかし、海の中で手に入れるには限界があるし、求めれば求める程に人間の協力が必要になる。人魚族の人間達に求める要求は強くなり、人間が拒めば、燻ぶられた導火線は次第に大きくなる。……そうやって、戦争に発展しようとしている。……結局、人魚も人間も欲の為に動いているにすぎないのさ」


 信じがたいのであろう事実にアメリアは脱力し地面に尻を付いた。


 「人魚は魚介類を人間達に与えて報酬として地上の食糧や嗜好品を頂いていると聞いてきましたが……まさか……そんなことに……」


 ショックを受けるアメリアの姿にライナスは顔をしかめて、言葉を続ける。


 「すぐに集めた資料を処分した俺は人間達に使う予定だった魔導兵器を誰の目にも届かない場所に隠した。しかし、それだけでは時間稼ぎにしかならない。そう考え、人間達の殺害を企てた者達を抹殺することに決めたのだ」


 「その為の……ブツてことか……」


 今まで黙っていた俺だったが、マハガドさんの一言をきっかけに話に割り込む。


 「ブツて、なんですか? 物騒な物だということは、間違いなさそうですが……」


 答えることを渋るマハガドさんの代わりを務めるようにライナスが告げる。


 「……爆弾だ。爆薬を使い、反人間派の人魚族達を始末する」


 「兄さん……! 本当にそんなことを……! 実行してしまえば、もっと多くの涙が流れます……。血で手を汚す前に……私も協力しますから、一緒に帰りましょう!」


 甘い考え方のアメリアの一言に、突き放すこともなくライナスは首を横に振る。

 アメリアの発想に簡単に助言するのもおかしい気がして、俺はライナスに直接問いかけた。


 「ライナス、それで本当にうまくいくのか? 下手をしたら、その襲撃がきっかけで開戦する可能性だってある。ライナスのしようとしていることを人間のせいにすれば、人間に不満を持っていなかった人魚族の者達まで駆り立てるぞ」


 「それも考えてある。爆発に成功した後は、俺達の集落に俺が事件の犯人だということを知らせる。そうすれば、憎しみの矛先は俺に向かい人間と人魚の争いは避けられるだろう」


 「手紙でも使うのか? そんなの、人魚族の偉い人に握り潰されてねじ曲がった情報だけ伝えられるぞ」


 腰に下げた袋の中から、ピンポン玉ぐらいのサイズの空色の球体を三個程取り出せば、ライナスは手の上に乗せて見せた。


 「これは、スフィアラと呼ばれる魔導具。スフィアラに魔力を込めれば起動し、スフィアラに映った光景を記録することができる。そして、記録した映像は立体的に再現することが可能になるんだ」


 淡くスフィアラの一つが光れば、今喋った内容と全く同じことを語るライナスが宙に出現する。一通り喋り終えれば、ライナスの映像は消えていった。

 こちらの世界のビデオカメラのような物なのだろうが、鮮明に浮かんだ立体映像は元の世界の技術を超越しているようにも思えた。


 「つまり……そのスフィアラで、爆発させた証拠となる映像を撮影して、それを人魚達の集落に送り付けるてことか?」


 表に出していたスフィアラを再び袋の中に戻しながら答える。


 「そうだ、スフィアラの一つに記録しておけば、また次のスフィアラに複写できる。複数用意したスフィアラを人魚族の里で無差別に発動させる。すると、憎しみの矛先は全て俺に向かうはずだ。下手をすれば、人間に向けていた欲望の矛先すら最終的には俺に向けることもできるかもしれない。より分かりやすくする為に、爆発という派手な攻撃を選んだんだ」


 「仮に、その作戦がうまく行った後……ライナスはどうするつもりだ」


 「人魚達の交流の場は、自分達の集落か付近の人間の町や国が中心だ。であれば、他の人魚族の集落に逃げてしまえば、姿を隠すこともさほど困難ではないだろう。新たな火種にならない程度の人間の情報を手土産に、他の人魚族の集落に亡命するつもりだ」


 感嘆の息すら漏れる。

 孤立無援の状況で、彼は使用できる全てのスキルを使用して作戦を組み立て、なおかつ自分の逃げ道を用意した。即ち、勝算があるからこそ全てが終わった後の着地点を用意するのだろう。

 道中にアメリアからお腹いっぱいになるぐらいライナスの自慢話を聞かされていたが、誇れる兄というのは身内の贔屓目で見ても偽りは無さそうだ。


 「兄さん」


 アメリアが一歩前に出る。


 「作戦が成功した後は、私も兄さんと一緒に亡命します」


 「しかし、アメリア……。俺はお前を巻き込みたくはない……」


 予想できた提案だったのか、驚きもなくライナスは顔を顰めつつ答える。


 「いいえ、いずれにしても私は人の姿になるという禁忌を犯しています。人魚族は掟破りには昔から厳しいのは兄さんもご存じでしょう? なら、私を連れて亡命というのも理に叶った話だと言えるのではないのでしょうか?」


 しばらく悩んだ末、苦渋の表情でライナスは頷く。


 「……辛い決断になる。それでも構わないか?」


 「ええ、無論です。だって、私達は……兄妹なのですから」


 ――兄妹。

 ごーんごーんと除夜の鐘を耳にするような静謐さで深く染み込むように言葉を耳にしていた。

 彼らに期待し、彼らに求めた結末を、俺は長編映画のクライマックスを眺めるような感動とも呼べる気持ちで見つめていた。

 信じ続けたアメリアが手に入れたものがこの結末なら、俺は信じていいのかもしれない、そう考えてしまう程に。


 「――さあさあ! 話もまとまったところで、取引と行こうじゃないか! 作戦の話は忘れます、はい今、忘れましたから、さっさと取引を終わらせましょう! それで、私の仕事は終わりです!」


 大きな手をパンパンと鳴らしたマハガドさんは馬車に向かって反転した――が、振り返ったマハガドさんの足は次の一歩を踏み出すことはない。


 「マハガドさん?」


 おかしく思い声を掛けようとすれば、俺達の背後にはずらりと藍色のローブを着込んだ一団が取り囲んでいた。

 

 「な、何だこいつら……」


 「おい! 俺の馬車から離れろっ!」


 叫んだマハガドさんの視線の先には、いつの間にか接近したのか馬車の周りには三名のローブを着た者達。


 「人魚族の追手……藍色のローブはセルデバンテ議員の手の者達だな……いや、正確には人魚族のタカ派の奴らだ。一か所に長居しすぎた」


 舌打ちしつつライナスが言えば、アメリアを庇うようにして一歩前に出る。


 「アメリアは、無関係だ! 妹はただ巻き込まれただけなんだ! 妹だけは、アメリアだけは……助けてくれ!」


 馬車の前に立っていた藍色のローブの男性が口を開く。


 「人間のような劣等種族に肩入れをする者達とは、取引はできない」


 ライナスの必死の懇願に、無情にもローブの男は突き放した。そして、それだけ語れば十分だとばかりに、藍色のローブの集団は俺達へ向かって手の平を向ける。

 体を強張らせているだけの俺と違いマハガドさんは、ずっと打開策を考えていたようで、ローブのエルフ達に聞こえないような声の大きさでライナスに囁く。


 「数秒だけでいいから、奴らを動けないようにできるか?」


 アメリアとライナスは視線を合わせれば頷いた。


 「できる、俺とアメリアの二人なら。ただし、奴らを倒すことはできないぞ」


 「構わん。……ここまで来たら、アンタは俺の客でもあるが対等な存在にもなった。なら、砕けた感じで話させてもらうぜ。奴らが行動出来なくなった後、俺は馬車まで走る。ライナス、爆薬以外にもアンタが欲しがっていた……もう一つの切り札も用意してあるんだ」


 「なに!? アレがあの中にあるのか!」


 「しっ、静かにしろ。おい、坊主もよく聞いていてくれ」


 驚愕するライナスだったが、追い詰められているだけだった先程までとは違い表情に活力が表れているようにも伺える。つまりは、表情を一変させるほどの切り札が本当に馬車の中にあるようだ。

 無論、こんなところで死ぬわけにはいかない俺は黙って首を上下する。


 「よし、いい子だ。奴らが行動できなくなった後、俺と坊主は馬車まで走る。それから、俺は中央に居る奴を突き飛ばし、そのまま馬車に乗り込む。坊主は、馬車の近くの二人の足止めを頼む。体当たりだって股間を蹴り上げたっていい、何が何でも食い止めてくれ」


 深く頷く頃には、既に藍色のローブの集団は手の先から魔法陣を作り出し、今まさに魔法を放つ準備段階に入っていた。

 もう一刻の猶予もない、マハガドさんの号令と共に駆け出す。


 「――行くぞ! ここを突破する!」

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