第4話 港町と仕事の話

 アメリアと共にやってきたのは、テスラウォートと呼ばれる町だった。

 クリューウン王国にある港町で、漁業で生計を立てている者が多く、テスラウォートで水揚げされる魚介類の種類の豊富さに加えて魔法を使った保存技術により国内でも名の知れた名産品になっているそうだ。

 歩きながら全く聞き覚えのない土地の情報をマハガドさんから聞きながら、青空を地上に描いたようなコバルトブルーの海を前に随分と遠くに来たような途方に暮れてしまいそうな気分になった。だが、俺にはそんな当たり前の感情を浮かべるような権利はないのだと頭を振る。


 「ここが市場だ。もう昼過ぎだから人もまばらだが、朝はすげえ賑わいだぞ。美味い物が山のようにあるから、一度は行っておいて損はねえぞ!」


 「へえぇ~。た、確かに……あの辺から漂ってくる香りは食欲を誘いますね……」


 お上りさんのようなアメリアの反応を見ておかしそうに笑うマハガドさん。気さくなマハガドさんに素直なアメリアのやりとりに、もう二度戻れない日常をそこに見ているような気がした。

 自分も同じくアメリアの横顔を見ている内にある疑問が沸き上がる。

 アメリアと俺の違いは何なのだろうか。


 惨劇の真相を知る為に姫叶のことを追いかけたが、一秒、一分、一時間、一日と時間が経過していく内に状況の変化と同じく心境も変わっていっているような気がする。

 種族の人間達から何と言われようとも兄を信じて前進を続けるアメリア、逆に俺は一歩進むごとに信じる心は消え、殺意の矛先を定めようとしている。結局のところ、俺にはアメリアのような高尚さはなく、己の人生を壊した姫叶に対して酷く感情的になっている。


 「どうした、小僧。浮かない顔してるな。これだけお嬢ちゃんも明るくしてんだ、お前だって笑顔の一つぐらい見せねえと失礼てもんだろ」


 肩を叩くマハガドさんに内心苛立ちを覚えるが、助けてもらった手前失礼なことはできない。とりあえず、相槌を打つ。


 「いえ……少し疲れているだけです。それに、失礼なことはしているつもりありませんよ……」


 「俺に失礼って思わないのか! 空腹の野ネズミみたいな暗そうな顔しやがって!」


 ガハハハッと大きく笑うマハガドさんの姿にアメリアも初めて見せるような素直な笑みを浮かべる。

 何となくこの場の雰囲気に耐えきれなくなり、目線を逸らせば逃がすまいとマハガドさんが丸太のような腕で俺の頭を捕まえた。


 「何よりも、俺じゃなくてお嬢ちゃんに失礼だ。共に旅をしている以上は、お前達は仲間だし、疲れているのはお前もお嬢ちゃんも一緒だろ? だったら、楽しむ時ぐらい共有しろ。それが、金も力もねえお前が仲間にやってあげられる唯一の手助けだよ」


 「マ、マハガドさん!? タスクさんはいろいろ大変だったんですから! そういうことを言わなくて大丈夫なんですからっ!」


 「いいや、そればっかりはお嬢ちゃんの頼みでも聞けねえな。俺と共に歩いている時点で、お嬢ちゃんも小僧も仲間なんだよ。俺が楽しいと思う時間は一緒に楽しんでもらわなきゃ困るのさ」


 「えぇ~そんな無茶苦茶なぁ~」


 気遣ってくれるアメリアを見つつ、マハガドの意見に一理ある、とは思いたくはなかったが、最初から今まで助けてくれたアメリアの表情を曇らせることだけはしたくなかった。

 アメリア、と声をかければ、小さな背中が反応する。


 「は、はいっ」


 「俺もアメリアと同じで、この町には詳しくない。良かったら……詳しくない同士で後で町を散策してみないか? ……迷惑じゃないなら」


 「め、迷惑なんて滅相もないですよ! もちろんです! 喜んでお散歩も探検もいたしましょう!」


 今にも抱き着いてきそうなぐらい喜ぶアメリアから再度目を逸らせば、横にはにやついたマハガドさんが居た。


 「がははっ! 満点じゃないが、及第点の楽しみ方だな! 許してやろう!」


 「……大きなお世話だよ」


 マハガドさんがとりあえず悪人じゃないということだけ判明しながら、少しだけ楽になった気持ちに気付かないふりをしながら、俺達はマハガドの案内する宿屋と食堂が一緒になった建物へと案内されるまま入っていった。

          

 入店するとマハガドさんは常連客らしく、顔を見た給仕の女性に視線で合図をするとすぐに奥のテーブルに案内をする。

 酒場を兼ねていると最初に言われていたので、西部劇に出てくるような店をイメージしていた。だが、木材で組み立てられたを広々とした店内には子連れで来ている客もおり、思っていたよりも清潔感のある作りをしていた。

 丸テーブルを四人分の椅子が囲み、その内の一席にどっかりと腰かけたマハガドさん。俺とアメリアも遅れて、向かい合うようにして座る。


 「ここは昔から通い続けている店なんだ。言っておくが、俺はかなり有名人なんだぞ。そんな俺が連れてくる店に間違いがあるはずないだろ? なあ、店主!」


 カウンターに立つ店主に言うには大きすぎるぐらいの声を聞いた店主は、人の良さそうな笑みを浮かべた。


 「は、はじめまして。不束者ですが、マハガドさんにお世話になっておりますぅ……」


 「いや、アメリアは挨拶しなくていいから……」


 「がはははっ! 本当に愉快なお嬢ちゃんだ!」


 最初はやかましいとすら感じていたマハガドさんの笑い声も耳に慣れてくる。沈黙を掻き消すようなマハガドさんの笑い声が落ち着く頃には、湯気を立てた料理と飲み物の入ったコップが三つが運ばれてくる。


 「さあ、腹も膨らまないと仕事の話も進まねえだろ! じゃんじゃん、飲んで食べてくれよ!」


 大人との駆け引きに慣れていない俺達が狼狽するのを、マハガドさんがすぐに察知する。


 「仕事の話を聞いて断ろうが受けようが、どっちでも構わねえよ。俺が好きでここに招待したんだ! 今さら、無かったことにするつもりは小指の先程もないからな! 何より、腹を空かしたガキ共は見捨てておけねえのさ。まだ疑うつもりなら、ここで俺が全裸になっててめぇらにナイフを一本ずつ握らせて質問攻めされても何一つとして問題はねぇ!」


 「いいですから! そこまで言われたら、疑うことすら申し訳ないよ! アメリア! ぼぉとしてないで、さっさと食べるぞ」


 「は、はひぃ」


 豪胆なマハガドさんにびくびくしなスープを口に運ぶアメリアも一口飲み込めば、次に瞬きをする頃には夢中になってスプーンを進めていた。

 ふとアメリアが食事をする姿に安堵を覚えつつ、俺もスプーンを口にすれば、どうしてだか涙が出そうになった。

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