第3話 危険と漢

 一晩、浜辺で過ごした後に俺達は共に行方知れずとなった身内を探すことに決めた。

 この世界での常識に疎い俺には願ってもみないことであり、こちらの世界の良いところも悪いところも下手な知識がある分、心細かったアメリアも共に旅をすることを快く思っているようだった。

 かくして、求めたものは違うものの俺達の肉親を共に探す旅が始まる。


         ※ 


 次の目的地について相談していると、俺だけではなくアメリアも知識が疎いことに気付かされる。

 人魚族は海にずっと生活しているので陸での生活というのは、ある意味異世界のようなものだ。ちょっと外国に行くのとは訳が違うらしい。

 陸で使える銀貨や銅貨が数枚あるが、物の相場も分からないので、この懐事情で一体いつまで生活できるのか不明であり、地図も情報も持たず飛び出してきたアメリアは行き当たりばったりで旅をしていくしかないのが現状である。


 さて、どうしたものかとあてもなく歩き出した俺達だったが、海沿いに道を沿って進んでいくことにした。

 ――すると、大きな町が見えてきた。

 港があるらしく、大型の船が帆をたなびかせて町の方に向かっていくのが遠くからでも視認できる。


 「港町か……。ここなら、いろいろ情報が手に入りそうだな」


 「そうですね、船の出入りも多そうですし、こういう活気のあるところなら期待できますね」


 朗らかな陽気と近づけば近づくほどに大きくなる賑やかな町の声に、互いに口にはしていなかったが、アメリアも幸先の良いスタートだと思ったはずだ。

 意気揚々とつい早くなりそうな足を抑えつつ、十数メートルの壁に囲まれた町の門を抜けようとしていた――が。


 「――そこの二人! 止まれ!」


 門を潜ろうとした俺達を三人の男……着込んだ甲冑を見てみると兵士のようだが、その内の一人が呼び止める。

 兵士達の頭部にはいずれも顔を守るナイトヘルムを装備をしており隙間からおおよその年齢が伺える。一番年長者の兵士が一歩前に出れば、大声を出して制止した隊長格の兵士のようだ。


 「えーと……私達何かしましたか?」


 急な声で驚いたところもあるのだろうが、おどおどとした様子で応答するアメリアに兵士を調子づかせてしまう。


 「ふん! どこから来たかは知らぬが、今の情勢を知らぬのか!? 町を行き来するには、王から許可を受けた商人や旅人に配布される通行証が必要になる決まりになっているだろう!?」


 「で、でも、私達……持っていません……」


 「なにい!? 持ってないだと! 本来なら数名の兵士だけだが、これだけ大勢の兵士が居るのだ! 不用心とは思わぬか!?」


 無知な為、余計なことを喋らないようにしていたが、兵士の言う通りやけに物々しい。何故なら、門の周辺の兵士達に目を向けると、ざっと十数人の人影は目に入る。上の方から足音が聞こえるので、門の上にも何名かは居るようだ。

 兵士達からしてみれば、これだけ仰々しくしているのに平然と入って来る俺達は不思議でしょうがないのだろう。どう言われようが俺もアメリアもこの世界の情勢とやらは分からないので仕方がない。

 雰囲気だけ見るなら、こちらはかなりのアウェイだ。よほど逆転するきっかけでもない限りは、この状況が覆りそうもない。つまり、旗色が悪いというやつだ。


 「あ、あの……どうすれば通行証は手に入るのでしょうか……」


 「通行証が必要だというなら、正式に書類を申請するか商隊に入るしかないだろう。だが、お前らのような得体の知れない者達に商隊が入れてくれるはずもなかろう。 ……それに、よく見れば後ろの男はおかしな格好をしているな。女の方だって旅をするには身軽すぎる格好だが……むむむ……怪しい! 怪しいぞ! ――こちらで取り調べが必要になるな、男はお前達が行え! 俺が女は担当する!」


 放課後からそのままこっちの世界に来た学ランの俺に村娘のような恰好のアメリアと意外に鋭い部分まで見ているなと感心していると、強引にアメリアの手首を掴んだ年長の兵士はどこかへ連れて行こうとする。


 「え? え? え?」


 ぼんやりとしたアメリアがずるずると引っ張られれば、手を掴んだ兵士の目付きはいやらしく、すけべそのものであり、身柄の分からない女性に大義名分を掲げてろくでもないことをするのは明白だった。


 「ちっ、兵士長だけお楽しみかよ……。おい、お前はこっちに――ぐぇ!」


 兵士の一人の手を振り払い、舌打ちをした兵士の体を突き飛ばせばアメリアの元まで一直線に駆け寄る。


 「タスクさん!」


 「なっ――ガキがいてててぇ!」


 甲冑の隙間の手首の間の肌が露出した部分にアメリアが噛みつき、兵士長の手の力が緩んだ隙にアメリアが腕をすり抜けて逃げ出せば合流を果たす。


 「よし、逃げるぞ!」


 「……簡単に逃げられると思うなよ」


 ゆらりと立ち上がる兵士長の声を耳に、次に舌打ちするのは、こちらの番だった。腐っても兵士らしく、俺達を取り囲むように間隔を空けて立ち塞がる三人はじわりじわりと距離を詰める。


 アメリアの手を握り後ずさりをすれば、気付けば背後には壁しかない。

 薄暗い壁に囲まれた空間で三人の兵士の剣が鞘から抜かれる。 


 「いきなり剣を抜くなんて、大人げなさすぎないか?」


 「大人げなくて結構。今は子供だって明日には剣を振り、魔法を他者に放つかもしれない時代になるかもしれないのだ。今のように綱渡りのような時代では、お前らのようなよそ者にいちいち構っていられるか」


 「それなら、もうここには来ない。だから、俺達を解放してくれよ。お前らだって死体を二つも処理しなければならない余計な仕事もしなくていいだろ」


 懇願にも似た問いかけに、兵士長ではない若い兵士の一人が口の端を歪めながら話す。


 「俺達はな、趣味と実益を兼ねてお仕事をしてんの。それにさ、死体は二つじゃない。一つだよ。……まあ、その内に二つになるかもしんねえけどさ!」


 「腐っているとは思ったが、ここまで下種とは想像もしてなかったよ」


 タスクさん、とアメリアがこっそりと囁く。


 「すいません、魔法を使います。外の世界で人魚族だと分かれば問題になるかもしれませんでしたので、極力は使うつもりはありませんでしたが……ここで使います」


 「馬鹿、もしかしたら旅が続けられなくなるかもしれないんだろ。だったら、ギリギリまで取っておいてから魔法を使え」


 「嫌です、きっとタスクさんは自分を犠牲にして私を逃がすつもりです。タスクさんは、ずっと……自分の命なんでどうでもいいような目をしていました……分かるんです……分かってしまうんです」


 閉口するしかなかった。

 あの惨劇の先に何があるのか、俺の未来にはもう絶望しかないんじゃないか、この世界に来た時からずっと考えていた。いいや、絶望の中に居る俺はいつだってチャンスさえあれば命を投げ出す場所を求めているんだ。

 短い時間で、そこまで見抜かれていたのかと状況がまだ平時なら自嘲の一つでもしていたことだろう。

 離れまいと俺の左手を握るアメリアの右手が強くなる。


 「最後の別れは済んだか、ガキ共。ガキはあの世で待っておけよ、娘はこれから大人の時間さあ」


 「兵士長てば、本当にクズですねぇ! あははっ!」


 ゲラゲラと笑う兵士達。次の瞬間には、彼らの表情は崩れることになるだろう。だが、アメリアの願いを俺は受け入れたいと思った。

 アメリアと目配せをする。


 「ぶちかませ、アメリ――」


 「――おう! お前ら何やってんだ!」


 勇ましく、それでいてどこかやんちゃ坊主を連想させる野太い男の声が響き渡った。

 町の入り口からやってきた男が俺達に声をかけたのだ。


 「いやなに、不法侵入しようとしていた者達を捕えようとしていたんだ。迷惑かけるねぇ」


 いけしゃあしゃあと兵士長がそんなことを言えば、ここしかないとばかりにアメリアが前に出た。


 「助けてください! 私達、この人達に殺されそうになっているんです! 本当に何も悪いことなんてしていないのに!」


 「あぁ……そりゃ本当かい、お嬢ちゃん」


 顎を撫でながら近づいてくる男は、身長百九十はあるじゃないかと思うほど長身だった。長身かつ海賊のような長いジャケットの下のシャツは筋肉でパンパンに膨れ上がっていた。

 橙色の長髪後ろで一つに結べば、浅黒く焼けた肌に精悍な顔つきをした三十前半程度の外見年齢の男が現れた。目の前の兵士達よりも、きっとその男の方が鎧姿が似合うことだろう。


 「もし部外者だというなら、ここから立ち去れ。俺達に歯向かうというなら、容赦はしない。兵士を敵に回すという意味を、お前は思い知ることになるぞ」


 警戒の対象は目の前に現れた長身長髪の男に変わったようで、三人の兵士の剣先は男に向けられていた。


 「馬鹿を言っちゃいけねえぞ、俺はれっきとした商人だぞ。ほら、コレを見てみろ」


 男の掲げた右手にはB5サイズ程度の少し集めの紙が握られていた。書いてある文字は理解できなかったが、兵士達はその瞬間剣を鞘に納めた。


 「し、失礼しました! 通行証をお持ちの商人の方ですね!」


 「おう、しかも一番上の階級の通行証だよ」


 「では、お通りください!」


 兵士長の家族ではないかと思うような流れるスピード三人共壁に一列に並ぶ。だが、そこから動こうとしない男に兵士達は首を傾げる。


 「あ、あの、お通りしても良いのですが……」


 「悪ぃが、俺はそちらのお嬢ちゃんと坊主に用があんだよ」


 「こ、こちらの者達にですか……」


 さっきまでの威勢はどこへいったのか、すっかり萎縮した兵士達がへこへこと男の一言一言に敏感になっている。


 「そいつらは、俺が預かってるガキ達なんだ。どうやら、先走り過ぎたらしい。ただの迷子てやつなんだ、許してやっちゃくれないか?」


 兵士長は最初は訝し気に俺達を見ていたが、その視線に応じるように二人で何度も頷けば、何か言いたそうな顔をしたままで道を開けた。


 「先程は……失礼しました……」


 長身の男がやってくれば、俺達の両肩を掴んで押し出すように歩き出す。男の力強さに流されるがままに前進するが、ぴたりとその場で男は足を止めた。


 「ああ、兵士諸君! 一つ言い忘れたことがあるんだが!」


 意気消沈していた兵士長が尻を叩かれたように、慌てて背筋を伸ばす。


 「この二人がここを通るなら、余計なちょっかいはかけるんじゃねえぞ。絶対にだ。それとな……もし俺の前で女子供をいたぶるような真似すんなら――タダじゃおかねえぞ」


 蛇に睨まれたカエルの如く、長身の男に威圧された兵士達は「は、はい……」と短く返事をしてしなしなとその場に尻を付くしかできなかった。

 どう考えても、あの兵士達よりこの男の方がよっぽど兵士に似合っている。


 「さて、とりあえず町に行くか! 話はそっからだな!」


 豪快に笑い声を上げると男に、俺とアリシアは肩を組まれたままでどんどん進んでいく。


 「ああ、言い忘れてたな。俺の名前は、マハガド・モーリティ。商人をしながら、色んな所を旅して回っているんだ! 気軽にマハガドと呼んでくれ!」


 「……マハガド、さんは……どうして俺達を助けてくれたんですか?」 


 身長は百七十はあるはずの俺も思わず見上げてしまうガンドさんに二人して気にかかっていたことを代表して聞いた。


 「――仕事を手伝って貰う為だ! なに、通行証を貰うよりも百倍楽な仕事の手伝いだから安心しな!」


 ガハハハッ! と豪快に笑うマハガドさんの脇の所で苦笑するアメリアに苦笑も浮かばない俺、大男に流されるままに俺達は港町に入っていく。


 ――その簡単な仕事の先に待つ、俺達の運命も知らずに。

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