くらしってムツカシイ!

昼間あくび

第1話

テレビアニメに出てくる子供部屋。

オモチャが散乱する部屋の中で母親の声が部屋の外から響く。

「片付けが終わるまで遊びに行っちゃダメだからね〜」

そうやって、子供たちはいやいや片付けを始めるわけだ。そうしてすったもんだがあって、主人公は片付けの重要性を理解していく、というのがこの手のアニメーションが求められている役割だろう。

が、僕は問いたい。

そんな根本的なことを理解したとして、一体それにどれだけの意味があるのだろうか、と。

根本を理解するのが一等大切なことなのは重々承知しているつもりだ。

けれども、けれども。

片付けをすることは大切であると理解したところで、その片付けの方法を具体的かつ丁寧に教えてくれないとは、一体何事か。

それに関しましては尺の都合でご家庭にお任せします、ってか。

ふざけるんじゃあない。

そもそも、片付けをするというのはほとんどの場合、掃除とセットだ、という単純明快な真実さえ彼らは子供だった僕に教えてはくれなかった。

よくよく思えばアニメーションで描かれる子供部屋は、おもちゃは散乱しているが、埃が溜まっているとかいう描写はないのである。例え散らかっていようと、母親が器用に掃除をしているとでも言うのだろうか。そんなわけないだろう。

つまりは、散らかった部屋では掃除もできないという単純明快な事実でさえ、教育番組のやつは黙秘を続けるのである。

何のための教育番組か!!そうやって本題を先延ばしにしたツケが、この国を悪化させる元凶であると知るがいいわ!

「先延ばしにしたツケは、アンタの悪でしょ?」

心の中から聞こえてくる、底冷えするような女性の言葉に、じんわりと涙が滲んできた。

あぁそうさ。僕のツケさ。

責任転嫁も甚だしい。

あんまりの生活力の無さに、彼女が愛想を尽かしたのだって、だから僕のツケであって誰の責任でもない。ましてやそんなことが、教育番組のせいであって良いはずがないのである。

僕はマンションの2階角部屋前で尻ポッケに手を突っ込む。

それでもこうやって、あのホコリと本で埋もれた汚い我が家に帰るしかないというのは、情けないことにどうやっても変えることのできない大人になった僕の真実だ。

ガチャッ。

「この汚い部屋があなたのツケなら、あなたがはらうしかないよ!我が家に帰るのが真実なら、我が家を変えるのが堅実だよ。ね、お兄さん」

扉を大きく開けて二つくくりのえらく可愛らしい少女が、満面の笑みでそう言った。

僕の家から出てきた、僕の知らない女の子。

チャーン。

金属が地面に叩きつけられる音が、えらく遠くに聞こえた。


僕は自宅の床で正座をしていた。

正しくは、正座を強要されていた。

床の上に積もった本や服、配線とよくわからないゴミなんかをブルドーザーみた

く脇に追いやった子供達は、どこからか発掘してきた丸いちゃぶ台を広げて、僕を取り囲むように陣取っている。そういえば冬頃に、寒くて炬燵を買ったんだったか。台上のものの上には衣服やその他荷物が積み重なっていくものだから、すっかりと忘れ去っていた。

いや、そんなことよりも。

子供達。3人の少年少女。

日常から逸脱し過ぎている現状に、僕は声も出せないまま。されるがままを貫いている。円卓会議ならぬ円卓尋問のような構図だ。

「円卓尋問」

メガネのおっとりしていそうな少年がふふっと笑った。

「それにしても、バッチイ部屋だよな」

鼻の頭に絆創膏をくっつけた小柄な少年が吐き捨てた。いやまぁバッチイけども。

「ダメだよ、ともるくん。そんな本当のこと言っちゃあ」

ぷんぷんといういかにもな効果音が目に見えそうな様子で、ふわふわした髪を二つに結わえた少女が絆創膏くんを優しく諌めてくれる。この少女こそ、僕の部屋から長台詞と共に僕を出迎えてくれた張本人である。

諌めてくれてはいるが僕へのフォローはされていない辺り、子供ながらの残酷さを感じずにはいられない。

「あ、あのさ、ところで」

僕が口を開こうとすると、3人の大きな瞳がグルンとこちらを向いた。

喉奥でヒィっという情けない息が漏れそうになるが、寸前で飲み込む。大人の矜持という奴だ。

いや、こんな汚部屋を見られておいて、今更保てる矜持が残っているかはわからないが。

というか、子供の視線って集まると存外怖いものなんだな。大きくて無遠慮な分、突き刺さるというか。お?今メガネくんが視線を下げてくれた。有難い。

それでも僕は少年少女からスッと視線を逸らしつつ、改めて口を開いた。

「君たちは、どこの誰なんだろうか」

というか、これは所謂不法侵入という奴なのではないか?

相手があどけない小学生くらいの少年少女だから警戒心が湧き辛くもあるのだけれど、この空間の異様さったらない。お巡りさんに見られたら、というかお巡りさんじゃなくったって良識のある大人が見れば、彼らよりも僕の教育を疑われる事態だろう。

「おれたちは、ふしぎの国からやってきた魔法学校の3年生だぞ!」

「ほまれたちは学校の先生からの宿題をやりにきました!」

「ふつつかものですが、よろしくお願いします?」

絆創膏くん、ふわふわちゃん、メガネくんが三者三様な挨拶を繰り出すが、待て待て待て。

「ふしぎの国?魔法学校?学校の宿題?ふつつかもの?」

あ、ふつつかものって、不束者か。

これに関してはノータッチの方が良いのかもしれなかった。

「いや本当に、話が全然見えて来ないんだけど。君たち、大人をからかって遊んじゃあダメだよ」

ガチャ。

慌てながらも珍しくまともなことを言っている僕を余所に、玄関の扉が開かれた音が響く。

あれ、僕、鍵閉め忘れていたっけ。

「あら、家主さん帰っていたのね」

「・・・」

涼しげな目元とオレンジのような色の髪の少女と、ヒョロっと背丈の伸びた少年。

玄関から至って自然に入室してきた2人の姿を認めて、僕は両手で顔を覆い、盛大に息を吐いた。

「・・・なんか増えた・・・」

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