ロズウェル☆ユニオン

青星明良

FILE01 UFOが落ちた町

『乗客の皆様。ようこそ、ロズウェル国際空港へ』


 機内に、飛行機が空港に着陸したことを知らせるアナウンスが流れる。


 うたた寝をしていたわたしは、寝ぼけまなこをこすりながら、座席のシートベルトを外そうとした。でも、『安全のため、シートベルトの着用サインが消えるまではシートベルトを外さないでください』という案内が英語で流れたため、慌ててシートベルトから手をはなした。


 ……いけない、いけない。

 わたしだけシートベルトを外していたら、キャビンアテンダントさんに怒られて悪目立ちするところだったよ。


 これから新生活が始まるアメリカでは、ひっそりと、だれにも注目されないように、生きていかなくちゃ。


「まちがっても、新聞にのっちゃうようなは絶対に起こしちゃダメ。暗黒だった小学生時代を繰り返すのもダメ。いるのかいないのか微妙なくらい存在感を消して、アメリカの中学校生活を平和にすごすのがわたしの目標なんだから。透明人間になるのよ、すばる七美ななみ13歳!」


 わたしは自分にそう言い聞かせた。でも――。


 日本にいたころの嫌な思い出が、わたしの頭からなかなか消えない。


 鈴木さんたち小学校の友達は以来、わたしのことを「化け物」と呼ぶようになった。


 そうののしられるのも、仕方ないことなのだろう。鈴木さんたちにはずいぶんと恐い思いをさせてしまったし……みんなが言うように、たしかにわたしはじゃない。


 わたしは、今日からニューメキシコ州ロズウェルで暮らす。


 エイリアンが乗るUFOが落ちたというウワサがある、アメリカ南西部の田舎町。

 学校の友達からモンスター化け物呼ばわりされ、逃げるように日本を出て来たわたしには、ちょうどいい場所かも知れない。


「もしかして、エイリアンだったら、化け物のわたしと友達になってくれたりして?」


 フフッと、わたしは自嘲じちょうぎみに笑った。


 ふと顔を上げて窓を見ると、今にも泣きだしそうな女の子の顔が映っている。


 それは、わたしの顔だった。







 午後4時50分。

 飛行機から降りたわたしたち家族は、空港のロビーで一休みしていた。


 ロズウェル国際空港は、空から見下ろしたら、可愛いくらいに小さな空港だった。

 名前に「国際インターナショナル」ってついているけど、実際は国際線がない。もちろん日本の空港からの直行便もゼロ。わたしたちは最初、テキサス州の国際空港におりたち、その州で暮らしているお父さんの恩師と会った。そして、その人のお家で一晩歓迎してもらった後、国内線の飛行機でここまで来たのだ。


 だから、空の旅がとっても長くて大変だった。わたしはもうくたくた……。


 でも、長旅もこれでおしまい。あと10分くらいしたら、ひいおじいちゃんが車で迎えに来てくれる予定なのだ。


 わたしのひいおじいちゃんの名前は、ジョン・タケオ・スバル。

 100年以上前に日本からアメリカに移住した、日系アメリカ人の二世。ずーっと昔からロズウェルの町に住んでいるんだって。


 つまり、わたしのルーツは、ここロズウェルにあるらしいの。


 昴家が日本に戻って日本人として暮らすようになったのは、おじいちゃん(つまり、ひいおじいちゃんの息子)の代から。

 おじいちゃんは若いころに日本の大学に入学して、そのまま日本で就職・結婚……わたしのお父さんが生まれたってわけ。

 だから、わたしはごく普通の日本家庭で生まれ育った。わたしのご先祖さまが暮らしていたロズウェルという町のことも、あんまりよく知らない。


 ただ、来てみてすぐにわかったことはある。


 ここって、ものすごく……ものすごーく……。


「ものすごく、あ つ い ‼ とけちゃう……。わたし、とけちゃうよぉ……」


 わたしは、ロビーのソファーにぐでぇ~ともたれかかっていた。


 引っ越しする前に、「ニューメキシコ州は気温がかなり高い」ということはネットとかで調べて知っていたけれど、まさかここまでとは……。


「さすがに暑いねぇ、ニューメキシコは。たぶん、温度は104度ぐらいあるね」


「お父さん、104度は言いすぎだよ。そんなにあったら、みんな死んじゃうって」


 暑さのせいでお父さんの頭がおかしくなったのではと心配して、わたしはそう言った。すると、お母さんがクスクスと笑う。


「ナナミ。日本とアメリカでは、温度の単位がちがうのよ。アメリカの華氏かし104度は、日本ではだいたい摂氏せっし40度くらいだったと思うわ」


「へぇ~……。国がちがうと、温度の数え方までちがうんだ。ちゃんと慣れるかなぁ」


 わたしは、これから始まる新生活に少し不安を覚えて、暗い顔になった。


 アメリカと日本では、何もかもがちがう。

 服や靴のサイズも基準がちがうから、買う時は気をつけないといけないとネットに書いてあった。


 わたしは、とってもドジが多い女の子だ。ただでさえ外国の学校でちゃんとやっていけるか心配なのに、日常生活すらおぼつかないような気がしてきて……。


 う、う、う。お腹がいたぁ~い‼


 わたしってば、メンタルが豆腐みたいにもろいから、ちょっと不安なことがあると腹痛が……あいたたた!


「だ、大丈夫さ! ナナミなら、アメリカでちゃんとやっていけるよ! 英会話はお父さんよりも発音うまいし、アメリカ人たちともちゃんとコミュニケーションがとれるさ! なあ、お母さん?」


「ええ、そうよ。人前でさえ使わないように気をつけたら、学校でもたくさん友達ができるわよ。元気を出しなさい、ナナミ」


 お父さんとお母さんが、落ちこみモードに入ろうとしていたわたしを慌てぎみになぐさめる。


 ……あっ、しまった。またやっちゃった。


 日本にいたころは、学校でいじめにあって、二人には心配ばかりかけちゃった。アメリカでは、両親に余計な心配をかけさせない普通の子になれるようにがんばらなきゃ。


 落ちこみモードはもう終わり! もっとしっかりしなさい、わたし!


 あと、お母さんが言っていたように、は完全に封印! もう絶対に人前では使わない! アメリカで平和に生きていくためにも!


「ほら、ナナミ。喉が渇いているだろうから、ジュースを買って来てあげたよ。ナナミは炭酸入りは飲めないから、こっちの赤色の缶ジュースを飲みなさい」


 お父さんがジュースを買って来て、わたしに赤色の缶ジュースを手渡してくれた。


 別に炭酸入りのジュースが嫌いなわけではない。でも、飲んじゃうと、大変なことになるんだよね……。


 わたしは喉がからからだったので、いきおいよくごくごく~っとジュースを飲んだ。


 ん~! このシュワシュワ~とした喉ごしがたまりませんなぁ~!



 って、これ、コーラやんけーーーっ‼



「は……はにゃにゃにゃ! ひにゃにゃにゃ! ふにゃにゃにゃ~ん!」


「あっ! しまった! 赤色じゃなくて、ボクが飲んでいるオレンジジュースが、炭酸が入っていないんだった!」


「お父さん、うっかりしすぎ! ナナミが壊れた洗濯機みたいにガタガタ震えているわよ⁉」


 お父さんとお母さんが慌てて何か言っているけれど、わたしはそれどころではない。頭の中で、パチパチ! パチパチ! と何かが弾けて、体の震えが止まらない。


(だ……ダメ! あの力が発動しちゃう!)


 心の中でそう叫んだ直後――わたしは、空港のロビーからこつぜんと姿を消していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る