第4話 王女様とのお茶会


「わぁ……っ!」


 色鮮やかなマカロンに、宝石箱のようなフルーツタルト。

 ショートケーキの上に乗った苺は、薔薇の花を模している。

 バター香るクッキーにはレース模様が刻まれた上に粉砂糖がまぶされていて、上品で美しい。

 シエラの目の前には、王城からのもてなしとして、きらきらと輝くばかりのお菓子が並んでいた。


「食べてしまうのがもったいないですね……!」


 王城に勤める菓子職人は、女神の加護を得ていると聞く。

 菓子の味だけではなく、その見た目も芸術となる。

 盲目だった時にはメリーナに説明されても、使っている果物やクリームの種類などが匂いや舌で感じられるだけで、芸術的なデザインの想像なんてできなかった。

 もちろん、その味が素晴らしいものだということは盲目でも感じられた。

 しかし今は五感すべてで芸術的なお菓子を楽しむことができる。


(本当に、何度見てもお菓子とは思えないわ……!)


 精工に作られたお菓子は、美術館や博物館に展示されている芸術品のようで、手で触れることすらためらわれる。


「シエラさん、見た目を楽しんだ後はちゃんと味も楽しまないと、お菓子の存在意義が失われてしまうわ」


 じっとお菓子を見つめて動かないシエラに、くすりと笑いながらイザベラが言った。


「あっ、そうですよね……!」


 王城でお菓子を振舞われると、いつもシエラは見惚れてしまう。

 そんなシエラのために、時々アルフレッドが菓子職人に頼んでお菓子を持ち帰ってくれるのだ。

 お菓子も嬉しいが、アルフレッドがシエラのことを想って行動してくれるのがとても嬉しい。


「ふふ。またアルフレッド様のことを考えているの?」

「えっ!? どうして分かったのですか?」

「シエラさんが頬を染めて思い浮かべる人なんて一人しかいないもの」


 そんなにも自分は分かりやすかったのか。

 少し恥ずかしい。

 シエラは羞恥をごまかすようにショートケーキを一口でぱくりと食べる。


「んん~っ! おいしいです!」


 苺の甘酸っぱさとクリームの甘み、そしてしっとりした生地が絶妙にマッチしている。

 つい先程までは食べることがもったいないと思っていたのに、あまりの美味しさにいくらでも食べられそう。


(はぁ、幸せーーって、お菓子に気を取られている場合じゃなかったわ!)


 途中でハッと気づき、シエラはもう一つの用件について切り出す。


「あの、イザベラ様。アルフレッド様から預かっているものがあるのですが、もう少しお時間よろしいでしょうか?」

「えぇ。もちろん」


 訳知り顔で、イザベラは紅茶を飲んで頷いた。

 今日、シエラが訪ねてきた時から、この話になることは予想していたのだろう。


「慰霊碑の図案が完成しました。いかがでしょうか?」


 シエラは、アルフレッドが作成した図案の写しをイザベラに渡す。


「ありがとう。拝見させていただくわね」


 図案を受け取り、イザベラは真剣な目で図案を見つめる。

 その様子をドキドキしながらシエラは見守っていた。

 そして、イザベラは顔を上げて柔らかく微笑んだ。


「本当にありがとう。かつての同胞たちのために、こんなにも素晴らしい慰霊碑をつくってもらえるなんて、とても嬉しいわ」

「本当ですか!? 気に入っていただけてよかったです!」


 アルフレッドが寝る間も惜しんで考えた図案だ。

 イザベラにも受け入れてもらえて、シエラは自分のことのように嬉しかった。


(あぁ、早くアルフレッド様にお伝えしたいっ!)


 今日、シエラは出仕するアルフレッドと共に王城に来た。

 帰りも何事もなければ一緒に帰れるということだったけれど、すぐに会えるだろうか。

 本当はアルフレッド自身もイザベラと話をしたいと言っていたが、側近としての仕事が溜まっているという。

 その上、これからは領地リーベルトで慰霊碑制作に取り掛かるため、アルフレッドはしばらく王都を離れることになる。

 アルフレッド不在でも仕事が回るように準備しておかなければならない。

 ということもあり、イザベラとの連絡役はシエラに任せてもらった。

 最近は、アルフレッドの方から相談されることも増えてきた。

 本人はかっこいいところしか見せたくないと言っていたが、弱ったアルフレッドのこともシエラは愛しいとしか思えない。

 シエラはどんなアルフレッドでも大好きだし、全力で支えたいのだ。

 そして、シエラのこともまた、アルフレッドが支えてくれる。

 2人一緒ならきっと、どんなことでもできる。

 アルフレッドが女神の加護を得て、再び呪いに打ち勝ったように。

 "呪われし森"の呪いにも、負けたりしない。

 きっと、アルフレッドがこれからつくる慰霊碑が、シエラの歌が、魔女の魂を救うことができる。

 ーーそう信じて。

 シエラはぐっと拳を握り、イザベラを見つめた。


「王都での用事が終わり次第、わたしはアルフレッド様と一緒にベスキュレー公爵領へ戻る予定にしています。もしよければ、イザベラ様もいらっしゃいませんか? 作業の進捗も近くで確認することもできますし!」


 王都に流れるクリストフとイザベラの婚約解消にまつわる噂話は、あまり良い気分のするものではない。

 王城に滞在していれば、嫌でも聞いてしまうことがあるだろう。

 それなら、ベスキュレー公爵領で滞在してもらった方が良いのではないか。

 きっと、アルフレッドも賛成してくれるはずだ。

 そう思っての提案だったのだが。


「お誘いありがとう。でもね、他にも確かめたいことがあるから、もうしばらくは王城ここでお世話になろうと思うの」

「でも、大丈夫なのですか?」

「ふふ。わたくしを誰だと思っているの? ロナティア王国の第一王女よ? それに、前世は魔女だもの。居心地が悪い方がちょうどいいわ」


 そう言って不敵に笑ってみせたイザベラはとても美しかった。


「でも、何かあったら、必ず相談してくださいね?」

「分かったわ」

「約束ですからね!」

「えぇ、約束ね」


 シエラとイザベラは小指を絡ませ、約束を交わす。

 一瞬、イザベラの手首に赤い線が入っていたような気がしたが、次の瞬間には見えなくなっていた。


(……見間違いかしら?)


 少し不思議に思いながらも、シエラはアルフレッドから聞いた作業工程をイザベラに説明する。


「慰霊碑の制作期間は約二カ月を予定しています。イザベラ様には魔女の名前をお教えいただきたいのですが、いかがでしょうか」

「私が提案したのだもの。もちろんすぐに――と言いたいところだけれど、こればっかりはすぐにはいどうぞ、という訳にはいかないの。ごめんなさいね。それと、魔女の名はわたくしが刻むとアルフレッド様に伝えてもらえるかしら?」

「えっ? それって……」

「魔女の魂を感じられる“呪われし森”で、わたくしが彼女たちの名を刻みたいの」


 つまりは、最後の仕上げはイザベラ次第。

 イザベラの赤い瞳には強い意志が宿っていた。

 きっと、何を言おうとイザベラは譲らないのだろう。

 それに、魔女たちのことについて誰よりも知っているのはイザベラだ。

 アルフレッドは反対するかもしれない。

 それでも――。


(イザベラ様を信じよう)


 シエラはそう心に決めて、頷いた。


「分かりました」

「ありがとう」


 イザベラはほっとしたような笑みを浮かべる。

 その様子を見て、シエラは慌てて言葉を付け足す。


「あっ、でも、わたしが伝えたとしても、アルフレッド様やクリストフ殿下には反対されるかも……」

「そうね。だったら、今すぐ認めてもらいましょうか」

「……えっ?」


 シエラがポカンとしている間にイザベラは立ち上がり、「行きましょう」と晴れやかに笑った。

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