仮装パーティーの夜に―後編

 危なかった。

 アルフレッドはシエラの姿が見えなくなって、ほっと息を吐く。

 シエラの猫耳姿を一目見て、心臓が止まるかと思った。

 あれは駄目だ。絶対に。

 自分も猫耳をつけていることなどすぐに忘れていた。


(なんだ、あの破壊力は……っ!?)


 普通に話しているだけなのに、普段の数倍可愛く見える。

 いつものシエラも可愛すぎてどうしていいか分からないというのに。

 そんな姿で抱き着かれて、もうアルフレッドは仮装パーティーなど忘れてシエラに襲いかかりそうだった。

 視界にちらりとゴードンの姿を確認しなければ、あのまま襲っていたかもしれない。

 生暖かい目でゴードンに見つめられていることに気づいて、アルフレッドは理性を取り戻したのだ。

 半ば本気で仮装パーティーをすっぽかそうかとも思っていたが、シエラは許してくれなかったので、せめて猫耳だけはやめさせることに成功した。


 そうして、アルフレッドは猫耳を外し、別の衣装に着替えている。

 吸血鬼の仮装だ。

 どうせなら、と包帯も巻いてみた。

 ミイラ男の仮装なのか吸血鬼の仮装なのかよく分からなくなった。

 アルフレッドは、自分の仮装のことなど正直どうでもいい。

 気になるのはシエラのことだけだ。

(たしか、魔女の仮装だったか)

 黒いワンピースに、黒い帽子をかぶるのだと言っていた。

 魔女の仮装であれば、猫耳ほどの破壊力はないだろう。


「しかし、魔女か」


 魔女――と聞けば、アルフレッドはグリエラを思い出さずにはいられない。

 もし本当に死者の魂が戻ってくるのなら、アルフレッドは彼女の魂が安らかであることを願わずにはいられない。

 少しだけ意識を過去へ飛ばしていると、ゴードンが呼びに来た。

 仮装パーティーが始まる。


「アルフレッド様! どうでしょうか?」


 黒のワンピース姿のシエラがくるりと回ってみせる。

 色白の彼女に、黒い色はとても映えていた。

「とても可愛い」

 アルフレッドの言葉に顔を赤くするシエラが愛おしくて、アルフレッドは思わず頬にキスをしていた。

「あ、アルフレッド様っ!?」

「林檎のように赤いから、どんな味がするのかと思ってな」

「~~~っ!」

 頬を抑えて、シエラがアルフレッドを睨む。

 といっても、照れているだけなのでその表情も可愛い。

「旦那様、奥様、そろそろご挨拶を。皆さま見ております」

 メリーナの声にハッとして、周囲を見渡す。

 シエラしか見えておらず、すでに会場に足を踏み入れていたことを失念していた。


 そうして、パーティーの参加者にもニヤニヤと見守られつつ、明るい音楽と料理で人々はおおいに盛り上がった。

 魔女姿のシエラとダンスを踊り、彼女の歌声に聞き惚れ、領民たちと語らっているうちに、あっという間にお開きの時間となる。

 参加者は皆、笑顔で帰っていく。

 ベスキュレー公爵夫妻の無自覚ないちゃいちゃを冷やかしながら。


「皆さま、楽しそうでしたわね」

「シエラのおかげだ」

 すべての参加者を見送り、二人は優しい月明かりの下で互いの手を握っていた。

「アルフレッド様が頑張っているからですわ。皆さま、領主としてのアルフレッド様を認め、支えたいと思ってくださっているのです。わたしは、特別なことなんて何もしておりません」

「いや。シエラがいなければ、私は皆とこうして交流する機会など持つことはなかっただろう」

 こんな風に賑やかに明るく過ごす夜を想像すらしていなかった。

 愛しいと思える人が、自分の隣にいてくれる日がくるなんて。

 あんなにも孤独に生きようとしていたのに、今ではシエラがいない未来など想像もつかないのだ。

「私を振り回すことができるのは、シエラだけだ」

 仮装パーティー前に猫耳をつけたことを思い出す。

 一生縁がないと思っていたものも、シエラの手にかかれば簡単にアルフレッドの日常に組み込まれていく。

 そして、不思議とそれが嫌ではないのだ。


(シエラが、笑ってくれるなら)


 なんでもできる。

 成人男性が猫耳を付けるなど、とてつもなく恥ずかしいとは思ったけれど。


「シエラは、私にとって特別なんだ。それに、包帯公爵に猫耳をつけようとするのは、シエラ以外にいないだろうな」

「猫耳に関しては、本当に反省していますわ」

「シエラの猫耳が可愛かったから許す。ただし、付けるなら二人だけの時だけだ」

 ゴードンには見られてしまったが、彼が言いふらすことはないだろう。

 ザイラックの耳に入ることだけは絶対に避けたい。

「えっ!? また、付けてくださるのですか?」

「まあ……シエラが望むのなら、付けないこともない」

「是非また見たいですわっ!」

「その時はシエラも付けてくれ」

「もちろんですわ!」

 シエラの笑顔につられて、アルフレッドも自然と笑みを浮かべた。


「アルフレッド様」


 改まって、シエラがアルフレッドに向き直る。


「どうした?」

「ハロウィンは使者の魂が戻ってくると聞いて、わたしは真っ先にお母様のことを思い浮かべました。仮装パーティーを開きたいと思ったのは、お母様にわたしが今どれだけ幸せなのかを見せたかったからなんです。それに、アルフレッド様のご家族にも、わたしをベスキュレー家の一員として認めていただきたいと思って」

 シエラの言葉に、アルフレッドは胸が熱くなった。

 シエラはずっと、母の死が自分のせいだと責め続け、呪いをその身に宿していた。

 呪いが解けた今、シエラはシエラなりに母親の死と向き合っているのだ。

 それだけでなく、シエラはアルフレッドの家族に認められたいと言ってくれた。

 ベスキュレー家の一員として、認められたいのだと。

 今は亡き、父や母を思う。

 きっと、シエラを一目で気に入り、大切にしてくれるだろう。

 ベスキュレー家のことを思うのは、もう自分だけではないのだ。

 これからは、シエラが一緒に支えてくれる。

 それだけで、アルフレッドの心は軽くなる。

「心配しなくても、父上と母上はシエラを大歓迎しているだろう。きっと今頃、素敵な花嫁をもらったと大はしゃぎしていると思うぞ」

「そうだと嬉しいです!」

「あぁ。だから、私も早くシエラのご家族に挨拶に行かなければならないな」

 そう言って、シエラの肩に手を回すと、そっと体を寄せてきた。

 甘えるようなその仕草がたまらなくて、アルフレッドはシエラをぎゅっと抱き寄せる。


「たまにはこういうイベントも悪くないな」

「はい。また来年も、やりましょうね」

「そうだな」

「来年は、うさ耳とかどうですか?」

「…………」

「じょ、冗談ですよ?」

「それにしては落ち込んでいないか?」

「……少し」

「言っただろう? シエラが望むのなら、私は覚悟を決める」

 ぽん、とシエラの頭に手を置くと、シエラが笑いだす。

「ふふふ、アルフレッド様」

「なんだ?」

「大好きですわ」

「あぁ、私も。愛している、シエラ」

 そうしていつも通り、二人は甘い会話を繰り広げながら、屋敷へと戻っていった。



『うちの娘がいつもお世話になっております』

『いえいえ、こちらこそ。包帯公爵で人嫌いだなんて言われていた時は心配ばかりでしたけれど、シエラさんが来てくれて本当によかったわ。ねぇ、あなた』

『えぇ。これからも息子の側にいてくれとこちらから頼みたいくらいですよ』

『ありがとうございます。シエラも本当に幸せそうで。よかったですわ』


 いちゃいちゃする二人の姿を、見守る魂の光があったとか、なかったとか。


『あなたたち二人が幸せであることが、最後の魔女の願いだわ』

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