仮装パーティーの夜に―中編
仮装パーティー当日。
シエラはそわそわしていた。
リーベルトの領民たちに仮装パーティーの招待状を出し、会場の準備も、料理の準備も、すべて問題ない。
自分の仮装衣装も、メリーナに整えてもらって完璧だとお墨付きをもらっている。
問題は、愛しの旦那様アルフレッドだ。
(あぁぁ、わたしったらどうしてあの時、欲望に負けて“あんなもの”を買ってしまったのかしら……)
仮装パーティーができるということにはしゃぎすぎて、自分が見たいアルフレッドの姿を想像して興奮して、勢いのままに買ってしまったモノ。
当日のお楽しみにしておいた方がいい、と旅芸人に言われて、衣装については内緒にしていたのだ。
そして今、シエラはものすごく後悔していた。
普段、冷静沈着なアルフレッドが、“アレ”を身に着けてくれるだろうか。
いくらなんでも、無茶ぶりをしてしまったという自覚はあった。
怒ってはいないだろうか。
あの衣装に腹を立てて、仮装パーティーに参加しないとも言い切れない。
「メリーナ! どうしたらいいかしら!?」
「どうするも何も、もう衣装は旦那様に渡してしまったのですし、あとは旦那様次第ではありませんか」
「わたしが変な趣味を持っていると思われたりしないかしら?」
「今更ですか?」
気心知れた侍女に冷静に問い返され、シエラはきょとんとする。
「え? わたし、変な趣味なんてないわよ?」
「そうですね……重度の声フェチな上、包帯公爵に嫁いで、一緒に包帯巻いて楽しんでいた奥様がそれを言いますか」
曖昧に頷いて、メリーナはシエラに聞こえないようにつぶやくが、もちろんシエラが聞き逃すはずもなく。
「もう! それは変な趣味ではないでしょう? 愛情表現だと言って欲しいわ」
「目の前で不思議ないちゃいちゃを見せつけられるこちらの身にもなっていただきたいですわ」
「い、いちゃいちゃ!? そ、そんな風に見える?」
「えぇ、お二人が揃うと周囲はピンク色に染まっておりますもの」
「そ、そんなに?」
「はい。ですから、大丈夫ですよ。奥様にメロメロな旦那様が仮装ごときで怒るはずがありません」
きっぱりと言い切ったメリーナの言葉に勇気をもらい、シエラはアルフレッドのもとへ向かう。
彼の仮装を想像して、思わずにやける口元をむぎゅっと両手で押さえながら。
コンコン、と控えめにノックをするが、返事がない。
「……アルフレッド様?」
声をかけると、ゴードンが扉を開いて現れた。
「奥様、アルフレッド様は少々ご自分の姿に戸惑っておられるようです」
「……えっと、アルフレッド様、怒っていますか?」
「いいえ。奥様が一言声をかけてくだされば、復活すると思われます」
にこにことゴードンは微笑み、シエラを部屋の奥まで案内する。
そして。
シエラの目に、愛しの旦那様の後ろ姿が映る。
それも、仮装して、シエラが選び抜いたアレを身に着けた、アルフレッドが。
「……っ!」
あまりのことに抑えきれない興奮のままに、口から心臓が飛び出しそうになって、思わずシエラは両手で口を覆う。
「せっかくシエラが用意してくれた衣装だが、やはり私には似合わないだろう?」
そう言いながら、アルフレッドが振り返る。
駄目だ。正面から見てしまったら、もう声を抑えきれない。
「アルフレッド様、可愛すぎですわっ!!!!!!」
普段から包帯を巻いて仮装しているようなアルフレッドに、一体どんなものが似合うだろうか。
かっこいいアルフレッドはいくらでも想像できる。
しかし、可愛いアルフレッドも見てみたい。
旅芸人が見せてくれた仮装グッズでそれを選んだのは、純粋な好奇心だった。
そして今、シエラの目の前には、猫耳をつけたアルフレッドが立っている。
ちゃんと猫ヒゲとしっぽまで付けて。
ゴードンに頼んだかいがあった。完璧だ。
自信なさげに、猫耳を触るアルフレッドがたまらなくて、シエラは声にならない叫びを上げる。
今すぐ抱きしめて撫でまわしたい。
しかしその身体はしっかりと鍛えられていると分かるもので、きれいすぎる顔に猫耳という可愛いアイテムが加わって、最高としか言えない。
「うぅ、アルフレッド様が可愛くて、かっこよくて、もう、わたし……おかしくなりそうですわ!」
胸の高鳴りが止まらない。
普段なら絶対にこんなことをしないアルフレッドが、シエラの頼みだからと猫耳をつけてくれたことも嬉しい。
「アルフレッド様、大好きです!!!!」
シエラはいっきに距離を詰めて、アルフレッドに抱き着いた。
「シエラも、可愛すぎる……本物の天使かと思った」
「わたしも、猫なのですけれど?」
アルフレッドに猫耳をつけるのなら、夫婦なのだから
そう思い、シエラも猫耳としっぽをつけている。
包帯夫婦の次は、猫夫婦だ。
「……だが、悪霊を追い払うための仮装なのに、猫というのはどういうことだ?」
少しばかり冷静さを取り戻したアルフレッドが、シエラに問う。
ぎくり、と肩を揺らして、シエラは目をそらす。
(アルフレッド様の可愛い姿が見たかったから、ハロウィンの仮装に便乗しただなんて言えないわ……!)
なんと言い訳をしようか、と考えていると、ふいにアルフレッドがシエラの猫耳に手を伸ばす。
「ふわふわで手触りの良い毛並みだな」
大好きな低音が至近距離で響く。
そのせいか、触られているのは作り物の猫耳なのに、何故か顔が熱くなる。
「こんな可愛い子猫を、他の人間には見られたくない。ずっと、私とここにいようか」
甘い台詞に頭がぼうっとしてしまう。
心地よい声音に、すべてを委ねてしまいそうになる……が。
「……だ、だめですわ! もう皆さん会場に集まっていますのに!」
危うくアルフレッドに流されるとことだった。
「どうしても、駄目か?」
アルフレッドが首を傾げて問うてくる。
猫耳効果か、その破壊力は抜群だ。
「シエラのこんな可愛い姿を他の奴に見せたくないんだ」
じっと見つめられ、シエラもうっと言葉に詰まる。
たしかに、こんな破壊力抜群のアルフレッドを大勢の人間の前に出すのは危険かもしれない。
ただでさえ、愛しい夫の素顔は美しいのだ。
「それに、他にも衣装を買っているのだろう?」
この言葉が駄目押しになった。
(アルフレッド様の可愛いお姿は私だけが知っていればいいものね!)
シエラは急いでゴードンとメリーナに仕度をやり直すようにお願いし、仮装パーティー会場へと向かった。
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