理性と闘う夜

 ロナティア王国への新婚旅行で、シエラの幼馴染に会ったり、記憶喪失になったり、王女イザベラの前世の復讐に巻き込まれそうになったり……他にも色々あった気がするが、アルフレッドにとっては今目の前にシエラがいてくれるだけで十分だ。

(じゅ、十分……なのだがっ!)

 自分の腕の中ですやすやと眠るシエラを見て、アルフレッドは泣きたい気持ちになっていた。


 この日、アルフレッドはウィリーナ海岸でシエラに改めてプロポーズした。

 シエラはアルフレッドからのプロポーズと指輪を泣いて喜んでくれた。

 幸せすぎて、愛しさが溢れすぎて、一日中ふわふわした心地だった。

 しかし、その夢見心地から一瞬にして現実に戻ってきたのは、無防備な夜着姿のシエラにぎゅうっと抱きしめられた時だった。

「シ、シエラ!? どうしてここに?」

 記憶喪失騒動の他にも後処理をすることは多く、アルフレッドとシエラは新婚旅行にも関わらず、部屋が別々のままだった。

 シエラと部屋が分かれていたからこそ、こっそり指輪の準備もできたのだ。

 ロナティア王国で過ごす最後の夜も、アルフレッドはもちろんそのつもりでいた。

 プロポーズを受けてもらえた幸せな日に愛しいシエラを目の前にして、手を出さない自信がなかったからである。

「今日はロナティア王国で過ごす最後の夜だから、アルフレッド様と一緒に寝たいんです。駄目ですか?」

 大きな虹色の瞳が上目遣いで問うてくる。

 この可愛さを前にして断れる男などいない。いくら理性がやめておけと脳内で叫んでいても。

「駄目な訳ないだろう。私も、シエラが側にいてくれると嬉しい」

「アルフレッド様、大好きです」

 ふにゃりと幸せを溶かしたような笑みを向けられて、アルフレッドの頬もだらしなく緩む。


(あぁ、シエラが可愛すぎる……っ!)


 可愛いことは分かっていたし、側にいたいというのも本心だ。

 アルフレッドに抱き着くシエラからは、なんだか甘い薔薇の香りがする。

 おそらく、イザベラからの贈り物だろう。

 それがまた、アルフレッドの理性を殺しにかかってくるが、必死に耐える。

「アルフレッド様、そろそろベッドに行きましょう」

 きっとシエラにそのつもりはないのだろうが、シエラの甘い香りに必死で抗おうとしていたアルフレッドにとっては恐ろしい誘惑だった。

「あ、あぁ……」

 シエラに手を引かれ、アルフレッドは自分でも驚くほどに足をもつれさせながらベッドへ向かう。

「アルフレッド様、大丈夫ですか? やはり今回の旅行でお疲れなのですね。わたしがマッサージしてさしあげますわ!」

「え、いや、それは必要ない……っ! シエラも疲れているだろう!」

 ベッドでシエラに身体を触れられて、押し倒さない自信がない。

 今でさえ必死で耐えているのに、これ以上は無理だ。

「わたしが少しでもアルフレッド様を癒してさしあげたいのです!」

 妻が健気で幸せすぎる。

 もうこのまま流れに任せて、シエラを押し倒しても許されるのではないか。

 自分たちはもう夫婦だ。それに、これは新婚旅行。

 誰にも責められることはない。

 シエラに触れたいという欲望が、理性を押さえつけようと囁いてくる。


「……私は、シエラと一緒にいられるだけで十分癒されているから」


 シエラの亜麻色の髪を撫でて、アルフレッドは笑みを浮かべる。

 なんとか理性を呼び戻すことに成功した。

 せっかくここまで我慢してきたのだ。

 シエラとの初めての夜は特別なものにしたい。

 だから、ここで流される訳にはいかない。


「あんまり可愛いことを言わないでくれ。シエラを滅茶苦茶にしてしまいそうだ」


「アルフレッド様は、わたしのことを滅茶苦茶にしてもいいのですよ?」


 妻が可愛すぎて胸が苦しい。

 アルフレッドは耐えられず、壁に頭を打ち付ける。


「アルフレッド様っ!?」

「シエラ……それは絶対に言ってはいけない殺し文句だ。次に言われたら、私の心臓はもたないだろう」

「それは駄目です! アルフレッド様の健康が第一ですもの!」

「ありがとう。それでは、もう寝よう」

 そうして二人はベッドに横たわる。

 シエラは幸せそうにアルフレッドにすり寄ってきて、言葉以上にアルフレッドを殺しにかかってくる。

 数分も経たないうちに、シエラは安心したように眠ってしまった。


(耐えろ、耐えるんだ……添い寝ならば何度もしたことがあるだろう!)


 結婚して、何度か二人で同じベッドで眠ったことがある。

 それはアルフレッドがザイラックに無茶なスケジュールの仕事を詰め込まれて酷く疲れていた時が多く、シエラの顔を見て安心して夢の世界に逃げ込むことができたからだ。

 しかし、今は仕事の疲れもなく、酒も飲んでいない素面の状態だ。

 ギンギンに目が冴えているし、シエラの感触ひとつひとつに心臓がおかしくなりそうなほどに鼓動を刻んでいる。

「アルフレッド様ぁ……」

 どんな夢を見ているのか。シエラは幸せそうに笑っている。

「シエラ、私はここだ」

 ムッとして、思わずアルフレッドは眠るシエラの耳元に囁く。

 夢の中の自分にまで嫉妬してしまうほど、シエラのことに関してはどこまでも心が狭くなる。


「早く結婚式を挙げて、シエラと最高に幸せな家族を作ろう」


 これ以上は我慢できる気がしない。

 アルフレッドの理性が死ぬ前に、シエラを世界一幸せな妻にするために動かなければ。


 結局アルフレッドはまともに眠れないまま、ロナティア王国での夜は明けたのだった。

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