第47話 甘いひと時
ロナティア王国の観光名所のひとつ――海辺の街ウィリーナ。
「アルフレッド様、見てください! あれが有名なウィリーナ海岸ですわ!」
シエラは興奮気味にアルフレッドの腕を引く。
ずっと、来てみたいと思っていた場所だ。早く早く、と気持ちが逸る。
「シエラ。まずはウィリーナをゆっくり観光してからでも遅くはない」
「でも、アルフレッド様。あんなにたくさんの人が探しているのですもの、このままでは〈幸せの石〉がなくなってしまいます」
シエラの視線の先には、海岸で砂浜を優雅に歩く恋人たち――ではなく、砂浜をひっくり返す勢いでハート形の石を探す恋人たち。
「せっかくの恋人の聖地に行くのに、あれでは落ち着いて石も探せないだろう。まずは、お昼にしないか?」
甘えるような低い声が、鼓膜に届く。
ついでに吐息まで吹きかけるなんて、意地悪な旦那様だ。
おかげでシエラは腰が砕けそうになっている。もちろん、その腰もアルフレッドがしっかりと支えているのだが。
真っ赤な顔になるシエラを愛おしそうに見つめて、アルフレッドは行ってみたい店があるんだ、とエスコートする。
観光地なだけあって、人も物も溢れかえっているのに、アルフレッドのおかげで誰にもぶつかることなくシエラは目的の場所までたどり着けた。
「アルフレッド様、ここは何のお店ですの?」
「エドワード王子お墨付きの、ピッツァ専門店だ」
アルフレッドがにっこりと微笑む。今日は包帯を巻いていないので、彼の表情の変化がいつも以上によく分かる。
(~~~ッ! アルフレッド様に微笑みかけられるだけで心臓がおかしくなりそうっ!)
元々、シエラは声フェチだ。
しかし、最近はアルフレッドフェチになりそうなぐらい、何を見ても何をされても心臓が暴れ出す。
アルフレッドに片思いをしていた時だってこんな風にならなかったのに。
やはり記憶喪失の期間に免疫を落としてしまったのが原因だろうか――そうシエラが本気で悩んでいると。
「シエラ? メニューは何にする?」
目の前に美しい旦那様の顔があった。本気で心臓がとまるかと思った。
何故!? と思ったが、案内された席は美しい海岸が一望できるテラス席で、アルフレッドとは横に並んで座っている。
顔を覗き込める距離だったことを思い出し、シエラは慌てて深呼吸を繰り返す。
「アルフレッド様、急にお顔を近づけないでくださいませ。びっくりしましたわ」
「私はいつでもシエラの可愛い顔を近くで見ていたいと思っている」
「……そ、そういうことではありません!」
思わず、顔を両手で覆ってしまう。どうしたのだろう。
アルフレッドがいつも以上に甘い気がする。
何故!? と思ったが、これは新婚旅行だったと思い出す。
(イザベラ様の間の前でいちゃいちゃしてしまったことが今更ながらに恥ずかしくてたまらないのに……アルフレッド様ったら)
あの時は、アルフレッドを助けたい一心で必死だったのだ。
人前だろうが何だろうが、愛する人を守りたかったから。
アルフレッドへの愛を伝えることが、シエラにとっては何よりも大切だった。
しかし、今は状況が違う。
危機的状況ではないし、特別なテラス席を用意してくれたのだとしても、店内には他にも客はいるし、店員にだって見られてしまう。
というか、シエラ自身がアルフレッドの色香に耐えられそうにないのだ。
まともに愛しい人の顔も見られない。
「シエラ」
顔を隠すシエラを誘い出すように、アルフレッドが低音を耳に吹き込む。
「シエラ、大好きだよ」
ちゅっ……何とも甘すぎる音が、耳に届いた。
「アルフレッド様~っ! そういうことは二人だけの時にしてください!」
「今も二人きりだが?」
悪びれもせず、アルフレッドが言う。
「アルフレッド様の意地悪」
「こんな私は嫌か?」
「…………好き、ですけど! アルフレッド様、なんだか今日は変じゃありませんか?」
いくら新婚旅行とはいえ、いつも冷静なアルフレッドには珍しい。
「変、か。たしかに、私は変なのかもしれない」
真顔で頷いたアルフレッドを見て、シエラはいよいよ心配になる。
「一体何があったのですか? 体調は変わりありませんか?」
シエラはアルフレッドの額に手を当てたり、身体を触ったりして、異常がないか確認する。といっても、医者ではないシエラに分かることなんて多くないのだが。
そんなシエラの手を自身の胸にもっていき、アルフレッドが言葉を発する。
「シエラを取り戻せたことが、私にとってどれだけの喜びだったか……この音を聴けば少しは伝わるだろうか?」
アルフレッドの心臓は大きく激しく鼓動を刻んでいた。
彼の鼓動をここまで動かす存在が自分であると、自惚れてもいいのか。
「いつも大切なものは私の目の前からいなくなって、二度と戻ってはこなかった。けれど、シエラだけは違う。私を愛するために危険に飛び込んできてくれた。守りたいと思っているのに、守られているのはいつも私だ。だから、今日はシエラのためだけに私の時間を使いたい」
アルフレッドの言葉を聞いて、シエラは思わず涙ぐむ。
ちゃんと愛しい人のもとへ戻ってくることができて本当によかった。
アルフレッドは、目の前で失ったものが多すぎた。
自分だけは、彼の心の傷になりたくはない。この先も、ずっと。
「わたしは、アルフレッド様の前から消えたりしません。離れたいと思っても離れてあげませんから、覚悟しておいてくださいね」
「望むところだ」
二人で笑みを交わし、ロナティア王国の特産品をたっぷり使った海鮮ピッツァに舌鼓を打つ。
そうして、お腹を満たした後は行く先行く先で珍しい物を見つけては露店を冷やかし、アルフレッドとお揃いのブレスレットを買ったり、メリーナやゴードンへのお土産を選んだり。
あたたかな気候のロナティア王国ならではのアイスクリームを食べ終わる頃には、夕陽が傾いていた。
「そろそろウィリーナ海岸へ行こうか」
頷いたシエラだが、エスコートするアルフレッドは、昼間見た海岸とは違う方向へと向かう。
「アルフレッド様、こちらは逆方向ではありませんか?」
「いいや、合っている」
「えっ?」
人がたくさんいる海岸とは逆方向の、少し入り組んだ道を抜けると――目の前にはオレンジ色に輝く海が広がっていた。
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