第5話 理性との闘い
ロナティア王国の宮殿の建設には、ベスキュレー公爵家が携わっていたという。
宮殿の入り口には、人々を出迎える女神ミュゼリアの彫刻像。
ロナティア王国でも、女神ミュゼリアが信仰されている。
「まぁ、素晴らしい彫刻ですわね。さすが、アルフレッド様のご先祖様ですわ」
美しい女神像に、シエラが目を輝かせる。
自身の先祖の功績を誇りに思うが、妻が自分以外にそんな表情を見せているのが気に入らない。
(……私だって、これぐらいの彫刻三日もあれば十分だ)
心の内で、子どもっぽい嫉妬を吐露しつつ、王城の使用人についていく。
「こちらが、ベスキュレー公爵夫妻のためにご用意したお部屋になります。二間続きとなっておりまして、奥が寝室です。お付きの方のお部屋は別にご用意しております」
最初、使用人は包帯姿のアルフレッドを見て一瞬顔を歪めたが、特に何を言うでもなく、淡々と客間を紹介した。
同行しているメリーナが、城内の案内を受けるために使用人と出て行くと、シエラがぷうと頬を膨らませた。
「王城の使用人の方って、みんなあんな風に冷たいのでしょうか? アルフレッド様から聞いた今の状況も関係しているのでしょうけれど、アルフレッド様はこの宮殿の建設に関わったベスキュレー公爵家の人間ですのに! もしアルフレッド様を傷つけるようなことを言ったら絶対許さないわ」
シエラがアルフレッドのために怒ってくれている。
その様子がいじらしくて可愛くて、思わずアルフレッドは笑っていた。
「もう! アルフレッド様、何を笑っているのですか」
「いや、私のために怒ってくれているのだと思うと嬉しくてな。だが、気にすることはない。私はああいう反応には慣れっこだし、この包帯姿を不気味に思うのは仕方がない。自業自得だ」
「アルフレッド様が気にしなくても、わたしが気にします。大切な旦那様を貶めるようなことは許せません……それがたとえ、アルフレッド様自身でも。不気味だなんて、言わないでください。この包帯は、アルフレッド様の心を守っている大切なものです」
シエラには敵わない。
いつもアルフレッドが欲しい言葉をまっすぐにくれる。
「ありがとう、シエラ」
愛しさがこみあげてきて、アルフレッドはシエラを抱き寄せた。
そして、腕の中にシエラを閉じ込めたまま、顔の包帯を素早くとる。
「愛しい妻にキスをすることを許してくれ」
耳元で優しく囁くと、シエラは耳まで赤くなった。かわいい。
「そんな、許可を求めないでくださっ……んん」
抗議の声は唇でふさいでしまう。
やはり包帯越しよりも、直に触れるシエラの唇は柔らかく、アルフレッドの理性を溶かしてしまいそうなほど甘い。
「ん、アルフレッド様……も、駄目です」
アルフレッドからの愛情たっぷりの口づけに、シエラの身体の力がふっと抜けた。
腰に回した手に力を入れて、アルフレッドはシエラを抱き上げる。
「すまない、あまりにシエラが可愛すぎて……」
客間のソファにシエラを抱えたまま座る。
口では謝りながらも再び口づけようとしたアルフレッドをじっと見つめて、シエラが溜息を吐いた。
(……理性を飛ばし過ぎてシエラに呆れられてしまっただろうか!?)
シエラと二人でゆっくりできる時間が嬉し過ぎて、かなり浮かれていたようだ。
年上の余裕も見せられず、本能のままにシエラを求めてしまったことに今更ながら反省する。
「……なんだか心配になってきましたわ。宮廷舞踏会、アルフレッド様は素顔で出られるのですよね? アルフレッド様は見目麗しいから、きっと女性が放っておきませんわ!」
「は?」
「だって。アルフレッド様! 今だって包帯を取った瞬間にこんな色気を出して、そんな眼差しで見つめられて微笑まれたら、どんな女性も心を奪われてしまいますわ……あぁもう、どうしてアルフレッド様はこんなにも魅力的なのかしら……」
「それを言うなら、私もシエラが心配だ。愛らしい大きな瞳に、触れたくなるような美しい白い肌、破壊力抜群の可愛い笑顔など、誰にも見せたくない。こんなにもシエラしか見えていないのに、他の女性にどう思われようとどうでもいいんだ。私が欲しいのはシエラだけだ」
「まあ、アルフレッド様……っ!」
「だから、密命のこともあるが、シエラが私のものだと分かるように、舞踏会の間は絶対に私から離れないでくれ」
「もちろんですわ。アルフレッド様を守るのはわたしの役目ですもの」
一目で心を奪われた、天使の笑顔が目の前にある。
大切で、愛しいアルフレッドだけの宝物。
(……これは、理性を保ち続けるのは難しいかもしれないな)
シエラを愛しているからこそ、ちゃんとしたい。
そう思っていたのだが、そろそろ我慢の限界が近づいている。
父レガートとは短い言葉しか交わせていないが、会ったことがある。
だが、結婚を反対していたというシエラの姉にはまだ会えていない。
シエラが愛する家族皆に認めてもらってこそ、自信を持って彼女の夫だと言える気がしている。
しかし、シエラの家族にはまだ正式に挨拶ができていないままだ。
それというのも、ザイラックから押し付けられる仕事のせいだけではなく、シエラの父レガートが主宰するクルフェルト音楽楽団が各地のコンサートに引っ張りだこでなかなか会う機会が作れなかったということもある。
(この新婚旅行から帰ったら、もう一度クルフェルト家に手紙を送ろう)
自分が幸せになる資格はない、と暗く塞いでいた心は、今やシエラへの愛でいっぱいだった。
その裏では、男としての欲望と煩悩がぐらぐらと理性を揺らしていたが。
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