第4話 国王の密命


 ロナティア王国の王家には現在、王子と王女が一人ずついる。

 豊かな資源で栄えたこの国と、ヴァンゼール王国の交流の歴史は長い。

 互いの国の王女が降嫁し、血も交わっている。

 揺るぎない友好と繋がりが、この二国にはあった――はずだった。

 現在、二国の間には不穏な空気が流れている。

 ロナティア王国第一王女イザベラ・ロナティアとヴァンゼール王国第一王子のクリストフの結婚が白紙になりかけているのだ。

 それというのも、ヴァンゼール王国の王子との結婚が迫るにつれ、王女の周囲で不吉なことや不幸が頻繁にあるのだという。

 ヴァンゼール王国はかつて“魔女殺しの国”と呼ばれていた。忘れられていた昔の呼び名が再び人々の口にのぼったのは、王女イザベラの周囲で起きた不幸のせいである。

 魔女殺しの呪いだ、と王女を擁護する声が強いらしい。

 しかし、そんな事実無根の噂話で一方的に婚約をなかったことにして欲しい、と言われてザイラックがすんなり承諾などできるはずもなく。

 そうしてアルフレッドは、婚約破棄の本当の理由を突き止めてこい、とザイラックに命じられた。


「……という訳なんだが」

「なるほど、それで宮廷舞踏会に。イザベラ王女様も出席なさるのですよね?」

「あぁ。だが、私が包帯姿で参加すれば、ますます呪いの印象を強めてしまうだろう」

 アルフレッドは嘆息する。

 まだ、社交界のように大勢の人の前で素顔を晒すことは精神的に難しい。

 シエラ以外の人間と接するために努力はしたいと思っているが、どうしても怖い。

 表情は、言葉以上に感情を伝えてしまう。

 〈ベスキュレー家の悲劇〉は、他人からの嫉妬と妬みが原因だった。

 私利私欲に満ちた社交界では、いつ人に裏切られるか分からない。

 自分の心をどれだけ偽り、隠し、本音を悟らせないか。

 そういう意味では、透明人間だった時は誰にも自分を見せることがなくて、気持ちが楽な部分もあった。

 しかし、呪いが解け、シエラを幸せにしたいと願うのならば、このままではいけないことも分かっている。


「……だから、包帯を手放して、宮廷舞踏会に参加しようと思う」


 アルフレッドの発言に、シエラが目を見開いた。

 心配そうなその表情に、アルフレッドの胸は熱くなる。

 きれいな虹色の瞳に吸い寄せられるようにして、アルフレッドは口づけた。

 包帯越しというのがもどかしいが、そのあたたかな感触に震えていた心は落ち着きを取り戻す。

 白い肌が一瞬でピンクに染まる様は見ていて飽きない。

 そして、愛しい妻だから言える本音がぽろりとこぼれた。

「情けない話だが、素顔でいるのにはまだ慣れない。シエラがいてくれるからこそ、私は大丈夫だと思えるんだ」

「はい。わたしがアルフレッド様のお側にずっといますわ。絶対、離れたりしません」

 ぎゅっと握ってくれた妻の手は、アルフレッドのものよりも小さいのに、とても心強く、頼もしかった。

「シエラは本当にすごいな」

「ふふ、アルフレッド様が大好きだからですわ」

 にっこりと微笑むシエラがかわいすぎる。

 心臓がドンドンと乱暴に胸を叩く。

 自分でも思っていた以上に、シエラが不足していたらしい。真っすぐな愛情表現に冷静さを欠くほどに。

 だから、思わず抱きしめてしまったのも仕方ない。

 シエラから緩く返される抱擁もたまらなくて、口元がにやけるのを止められない。

「シエラ、愛している。いくら密命があるといっても、これは私たちの新婚旅行だ。〈愛の石〉だけでなく、楽しい思い出をたくさん作ろう」

 ここ最近シエラに触れられなかった分も、絶対に取り戻したい。

「はい! とっても楽しみですわ」

 アルフレッドのために強くあろうとしてくれる、優しいこのぬくもりを傷つけることは決してあってはならない。

 この密命をアルフレッドに下したのには、きっと何か意味がある。

 しかし、シエラがもし傷つくようなことになれば国王だろうが何だろうが許さない。


(まぁ、そんなことになる前にシエラを危険から遠ざけるつもりだが……)


 友好国であるとはいえ、他国だ。味方はいない。

 それ故に、何が起こるか分からない。

 守りたいものは、ただひとつ。愛しい妻シエラだけ。

 彼女のために、アルフレッドは生きているのだ。


 しかし、この時のアルフレッドは知る由もなかった。

 密命以上に頭を悩ませる存在が現れ、波乱の新婚旅行となろうとは。


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