番外編

真夜中の工房

 コンコンコン、カンカンカン………――


 それは、ベスキュレー公爵家に花嫁が来た日の真夜中。

 屋敷のとある場所で金属音が鳴り響いていた。


 包帯公爵の恐ろしい噂を知る者ならば、怪しい実験をしているのでは、と怯えただろうが、幸い外に音は漏れていなかった。

 それもそのはず、音の出所は地上ではなく屋敷の地下。

 ベスキュレー公爵家の秘密の工房で”それ”は行われていたのである。



 ベスキュレー公爵家の屋敷の地下工房はかなりの面積を有し、作業部屋、材料倉庫、道具部屋、作品の保管庫等、様々な用途の部屋が存在する。

 そんな地下工房の作業部屋で、ベスキュレー公爵家当主アルフレッドは真剣な表情で作業台に向かっていた。


「……彼女の頭の位置が179センチの私の胸のこの辺り……ということは、身長は150センチ程か。手の長さはだいたいこれぐらいで、膝を曲げた時はこう……」


 ブツブツと呟きながらアルフレッドはさらさらと設計図にメモしながら、微調整を重ねていく。

 脳内では、愛らしいシエラがアルフレッドに笑いかけている。

 思わずうっとりしかけて、アルフレッドは頭を振り、脳内からシエラの姿をかき消す。


「ち、違う。これは断じてあの娘を気にかけているからではなく……ただ、そう……私の屋敷で勝手に出歩かれて怪我でもされたら公爵家の悪い噂が立つからだな……」


 【包帯公爵】以上の悪い噂などないだろう、とザイラックに聞かれでもしたら笑われる言い訳をアルフレッドは自分に言い聞かせる。


 作っているのは、盲目の彼女のための杖。

 彼女の目となり、彼女を導き、守るための杖。


「私の代わりに、彼女を守ってやってくれ」


 【包帯公爵】と呼ばれ、透明人間である自分には彼女を幸せにはできない。

 彼女を側に置いておくことはできない。

 だからせめて、少しでも彼女の笑顔を守れるように。



 ――と、控えめに願っていたものだ。最初は。



 いつの間にか、作業部屋には彼女のためにと製作したもので溢れていた。



「な、何故こうなった!!!!」



 アルフレッドが贈った杖を大切に、そして幸せそうに使ってくれているのを見て、自分の中にあった創作意欲が抑えきれなくなった。

 あの杖は、アルフレッドが手ずから作ったもの――いわば分身だ。

 まるで、自分が大切にされているようで、アルフレッドはあの杖を握るシエラを見る度にむず痒い心地になる。

 それを誤魔化すためにも、アルフレッドは何かに没頭したかった。

 その結果、作業部屋には屋敷に取り付けるための手すりや、段差を知らせるための目印として取り付けるための道具が大量にあった。

 さらに、あの杖の予備としてデザイン違いの杖がいくつも。

 すべて、シエラのために、とアルフレッドが一人で作ったものだ。

 〈ベスキュレー家の悲劇〉以来、物作りからは手を引いていたというのに。


 夜中にこっそり手すり等を取り付けていると、ゴードンに微笑ましく見守られ、最初は冷たい視線をもらっていたシエラの侍女メリーナにも執務室へ差し入れが届く始末。

 アルフレッドがシエラのために動いていることは、バレバレだった。

 シエラのことを避けているのに、屋敷内はどんどんシエラ仕様に変わっていった。



 * * *




「アルフレッド様」


 小鳥のさえずりのように可愛らしく、愛しい声がアルフレッド名を呼んだ。

 それだけで、アルフレッドの頬はゆるむ。

 今では日課となっている物作りの手を止め、アルフレッドは顔を上げた。

 腰まで伸びた亜麻色の髪を軽く結い上げ、春らしいピンクのドレスを着たシエラが目に入る。

 宝石のように美しい虹色の大きな瞳が、アルフレッドを映して輝く。


 互いに想いが通じ合い、魔女の呪いも解け、何のしがらみもなくシエラと夫婦でいられることがいまだに信じられない。

 だが、この幸せがずっと変わらずに在るように、絶対に守ってみせる。今度こそ。

 シエラの笑顔のためならば、アルフレッドは何だってできる自信があった。


「シエラか。どうした?」


 つとめて冷静に、しかし優しく問うと、シエラは頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。

 積極的に甘えてくるシエラももちろん可愛いが、恥じらう姿もまた可愛い。

 どんなシエラでも可愛くて仕方ないのだ。

 そうして、いとも簡単に、シエラはアルフレッドの理性を崩壊させる。

 シエラの前では冷静ではいられない。シエラの家族に挨拶をして、結婚式を挙げて正式な夫婦として認められるまでは……と必死で抑えているというのに。

 アルフレッドは、透明人間でなくなった今も包帯姿でいる。

 長年の慣れとは恐ろしいもので、包帯を巻いていない状態で人から見られるということにアルフレッドはまだ慣れない。

 基本的に人見知りなのである。

 しかし、シエラの前では別の意味で包帯が必要だ。

 毎日毎日シエラの可愛さに悶絶し、何度も崩壊しそうになる理性を保つために、この包帯は手放せそうにない。

 もう戸籍上は夫婦なのだから、彼女のすべてをもらってもいいだろう。という悪魔の囁きが聞こえてきたが、アルフレッドは必死に理性で抑えつける。

 シエラとの結婚は王命で始まった。だから、互いに愛し合い、夫婦となる意思は固いが、けじめはつけたいと思ったのだ。

 ザイラックには「自分の首を自分で締めるとは生真面目な奴だ」と笑われたが、アルフレッドは本気でシエラを愛しているからこそ、ちゃんとしたいと思っている。


「アルフレッド様のお仕事を邪魔してはいけないと思っていたのですけど、朝からずっとこもっていたので心配で……少し、休憩しませんか?」


 アルフレッドのことを心配して様子を見に来てくれたらしい。そういえば、と壁掛け時計を見ると18時がきていた。

 集中して作業をしていると、時を忘れてしまう。

 昼食を抜き、空腹である自覚が今頃出てきた。

 愛しい妻に心配そうに見つめられ、アルフレッドは深呼吸をしてなんとか落ち着こうと試みる。

 零れ落ちそうな大きな瞳が、不安気に揺れている。

 一体、いつまで自分はシエラの誘惑に耐えられるだろうか。


「シエラ、おいで」


 いつまでもシエラを立たせておく訳にもいかない。アルフレッドはシエラに向かって両手を広げる。アルフレッドも、シエラの顔を半日見ていなかったのだと思うと、そろそろ限界だった。

 シエラは素直にアルフレッドの方へ歩いてきて、すっぽりと腕の中に収まった。それを確認して、アルフレッドはシエラをぎゅっと抱きしめる。半日ぶりに触れる愛しい妻の身体は柔らかく、とても甘い香りがした。

 愛しい香りに誘われるようにシエラを抱き上げ、膝に乗せるとシエラが小さな悲鳴をあげた。


「ん? どうした?」


「ダメです、アルフレッド様は疲れてるのに……わたし、その、きっと重いです」


 後半尻窄みになりながら、シエラが可愛らしいことを言う。

 可愛いなぁと微笑みながら、アルフレッドはフォローしようと口を開く。


「そんなことないだろう。シエラは軽い。体重はだいたい四十…っ」


 しかし、すかさずシエラがアルフレッドの口を塞いだため、最後まで言うことが出来なかった。


「きゃーっ! な、な、なんで知ってるんです……?!」


「そりゃ何度か抱き上げたことがあるからな」


「え、アルフレッド様……もしかして一度持っただけで重さがわかったりなんて、まさかそんなことはないですよね?」


「いや、だいたいの重さは分かるだろう? 物の大きさもある程度は目測で分かるしな」


 アルフレッドにとっての常識を淡々と口にすると、シエラが腕の中から抜け出してしまった。


「もうっ、アルフレッド様の馬鹿! そういうデリケートなことは乙女には禁句ですわ! た、ただでさえアルフレッド様と一緒にいるのが幸せ過ぎて、幸せ太りしないかと心配していますのに……」


「っふはは……何を気にしているかと思えば、そんなことか」


「わ、わたしにとっては重要な問題です! ……アルフレッド様に、ずっと可愛いと思われたいもの」


「シエラは可愛いよ。私にとっては、シエラが笑っていてくれるだけでいい。これからどんなに太ろうと、私は気にしない。それに、幸せ太りしないかと思っているということは、今幸せだということだろう? とても嬉しいよ。ありがとう」


「……はぅぅ、ずるいです。わたしの大好きな低音で、囁くなんて……」


 シエラがアルフレッドの声に弱いということがわかってから、ここぞという時には耳元で囁くようにしている。

 逃げてしまったシエラを優しくまた抱きしめて、アルフレッドは幸せを噛みしめた。


「シエラ、愛しているよ。あなたがどんな姿になっても、私が愛するのはあなただけだ。だから、安心して幸せ太りするといい」


「アルフレッド様、そういう問題ではありません!」


 ぷう、と膨らんだシエラの両頬をアルフレッドはむにむにとつまみ、にっこり笑う。


「怒った顔も可愛いな」


「うぅ、アルフレッド様ばかりずるいですわ! 私にもお顔を見せてください!」


「ん、そうだな。包帯をしていてはシエラに口づけが出来ない」


「えっ、そういう意味では」


「キスをおねだりしてくれたんだろう? 幸せだ」


 しゅるっと早業で頭部から包帯を解き、アルフレッドは可愛らしい声で抗議しているシエラの口を塞いだ。

 柔らかく、甘い感触に酔い、夢中でシエラを求めてしまう。

 角度を変え、何度も何度も甘い花弁のような唇をはむ。

 まだ慣れないキスに、息をするタイミングが分からず、苦しそうな表情にもそそられる。

 そろそろやめてあげないと、と思い手加減すると、すぐさまシエラは逃げてしまった。


「んん、ぁ……アルフ、レッドさ、まっ……! もう! 夕食の準備ができていますから!!」


「夕食よりも、シエラを味わいたい」


「今はまだダメです。アルフレッド様、お腹空いているでしょう? それに、みんな無理してないかって心配しているんですから。大人しく言うことを聞いてください。それに……」


「それに?」


「わたしはもうアルフレッド様の妻ですもの。いつでも、味わっていただいてかまいませんわ……な、なんて」


 うぅ、と自分で言っておきながら顔を真っ赤にして悶えるシエラに、アルフレッドは溜息を吐く。

 こんな可愛い生き物がいていいのか。

 とんでもない爆弾を落としてアルフレッドの理性と自制心を粉々にしておきながら、当の本人は「早く食堂に行きましょう」と作業部屋から出て行こうとしている。


「じゃあ、夕食のあとにじっくり味わいたいものだな」


 仕返しだ、とシエラの耳元で甘く囁き、アルフレッドは愛しい妻の手をとった。




 作業台には、小さな木箱のオルゴール。

 アルフレッドがシエラのために、と密かに作っているもの。

 最近は仕事の依頼て製作しているものが多いが、真夜中にこっそり作るのは決まって愛する妻への贈り物。

 

 これからも、シエラが幸せでありますように。

 そう、願いを込めて。

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