第28話 過去からの復讐者

 アルフレッドは今まで、自分のせいで両親が死んだのだ、と悲観することしかしなかった。

 本当はわかっていた。両親が生かしてくれたのは、二人が本当に自分を愛して幸せになってほしいからなのだと。

 しかし、アルフレッドは怖かった。

 まだ十歳の少年が一人で、どうやって生きて行けばいい?

 ベスキュレー公爵家の当主としての責務を、領民たちへの責任を、王家への忠誠を、すべて背負えるはずがない。

 だから、逃げていた。

 五年間、本物のアルフレッド・ベスキュレーだと証明も主張もせず、偽物だと騒ぐ奴らを放置した。

 領地のため、復讐のため、公爵家の誇りのため、と言いながらも、アルフレッドは中途半端だった。

 自分は不幸だから、呪われているから、幸せになってはいけない……と様々な理由をつけて、他人の眼を避けた。

 包帯公爵であることを隠れ蓑に、すべての責任から逃げていたのだ。

 そのくせ、公爵家は失いたくないし、独りにはなりたくなかった。ザイラックからの庇護に甘え、領地に引きこもりながらも他人の目ばかり気にしていた。

 臆病で弱虫な本当の自分を見られることを恐れていながら、自分を見てくれる存在を欲していたのだ。

 そして、そんなアルフレッドの前にシエラが現れた。

 見えない眼でアルフレッドを見、真っ直ぐな言葉をくれて、にっこりと微笑んでくれる娘。

 透明人間ではなくとも、心の弱さから存在が不確かだっただろうアルフレッドを、シエラだけは見つけてくれた。

 そして、好きだと笑ってくれた。

 シエラの存在があったから、アルフレッドは今まで逃げていた自分自身の責任と向き合うことができた。

 ようやく、ベスキュレー公爵として前に進む決心がついたのだ。


「どうか、無事でいてくれ……!」


 もう、失う訳にはいかない大切なものがある。

 アルフレッドは、焦燥感にかられながら馬を走らせていた。

 冷たい冬の冷気は、しかし、包帯で覆っているアルフレッドの障害にはならない。


『アルフレッド様』


 かわいい声で名を呼んでくれる、存在を証明してくれる、愛しい妻の元へ。

 急げ。急げ。再び誰かに奪われる前に。

 アルフレッドの焦りを感じ、馬が限界以上のスピードで応えてくれた。

 本来ならば最短でもまる一日かかるところを、アルフレッドは半日で戻った。


 夕暮れに染まった、ベスキュレー公爵家。

 見慣れた屋敷、見慣れた風景。

 それなのに、何故こんなにも胸がざわつくのか。


「静かすぎる」


 そう、この見慣れた光景はすべて、シエラが嫁いでくる前までのもの。

 シエラが来て、この屋敷は明るくなった。

 毎日彼女の歌声が、この屋敷の空気を変えていた。

 それが、今は感じられないのだ。

 空虚感に胸が苦しくなる。


「……っシエラ!」


 駆け足で屋敷の扉を開き、玄関ホールで叫ぶ。

 響くのは、アルフレッドの声だけ。

 アルフレッドは急いでシエラの私室に向かった。

 しかし、彼女の姿はない。寝室のベッドは少し乱れていた。

 憤りを感じ、すぐに引き返そうとしたアルフレッドの視界に、小さな箱が目に入る。

 チェストの上にあったその箱には、可愛らしいリボンが結ばれていて、シエラの名でメッセージがあった。


『アルフレッド様へ

  あなたの居場所を見失わないように。

                 シエラ』


 思わず、アルフレッドは彼女の痕跡を探して箱を開けていた。

 そこには、透明感のあるあわい水色をした鈴が入っていた。

 鳴らすと、リィンと優しく響く。

 その鈴は、アルフレッドの手に乗せると、あまりにも小さい。


「私にこんな可愛らしい物を贈るのはあなたぐらいだ」


 アルフレッドは、鈴をポケットに入れて、シエラの名を呼びながら再び屋敷を走る。

 そして、不自然に外から鎖がかけられた扉を見つけた。

 そこは、食堂だった。

 廊下に飾っていた甲冑の槍を使って、アルフレッドは扉をこじ開ける。

 食堂には、ゴードンやメリーナ、護衛騎士たちが倒れていた。

 ここにも、シエラの姿はない。


「これは……」

 空気がおかしい。窓が締め切られ、風の通り道が塞がれている。

 そして、暖炉に燃える火は青かった。

 鼻をつく匂いに、アルフレッドは顔をしかめた。暖炉の薪に有毒な何かが含まれているのは間違いない。

 アルフレッドはすぐに窓を開き、暖炉の火を消す。

 倒れている一人一人の状態を確かめ、ほっと息を吐く。

 顔色は悪いが、皆、息はある。

 しかし、アルフレッドの帰りが遅ければ、死んでいたかもしれない。


「一体、何があったんだ……」


 シエラはどこにいるのか。

 無事なのか。

 焦りで、心臓がおかしくなりそうだ。

 しかし、彼らをこのまま食堂に寝かせておく訳にもいかず、アルフレッドは全員を近くの空き部屋に運び込んだ。


「……公爵様、申し訳ありませんでした。シエラ様をお守りすることができず……」

 身体を動かしたことで、コールディが意識を取り戻した。

 真っ先に謝罪を口にした真面目な騎士は、自分の至らなさに死にそうな顔をしていた。

「何があった? シエラは?」

「……昨夜、賊に襲われた、と助けを求める男が来て……話を聞こうとしたところで、何やら薬をかがされ……」

 悔しげな顔をするコールディを見て、シエラがどうなったのかを見る前に気を失ったのだと分かった。

 歯噛みしながらも、アルフレッドは情報を頭に入れる。

「どういう男だ?」

「黒髪で、痩せた男でした……」

 脳裏に浮かんだのは、存在するはずのない男。

 亡霊が、アルフレッドに脳内で笑いかけてくる。

「そうか。わかった。お前は休んでいろ」

「……もう、動けます。役に立たない護衛ですが、公爵様をお守りすることが、私の仕事です。あなたの盾にはなれましょう」

 コールディは真剣な顔で、まだ震えている身体を無理矢理立たせる。

「やめろ。そんな状態のお前を無理矢理連れて行けば、シエラに私が怒られるだろう」

 本気で死に向かっていきそうな思いつめた表情のコールディに、アルフレッドは笑ってみせる。

 包帯を巻いているために表情の変化などは分からなかっただろうが。

 心優しいシエラのことだ。

 たった数日だとしても、共にいた護衛騎士が自分のせいで何かあったとなれば、きっと傷つく。

 結局、彼女を守るために呼んだはずの護衛騎士まで、アルフレッドは自分の内側に入れてしまっている。

「これ以上、この屋敷で好き勝手されては困る。コールディはここで皆を守っていてくれ」

「……はい。今度こそ」

 コールディは深々と頭を下げた。

 まだ本調子ではない身体は震えているが、アルフレッドを見据える瞳には強い意志が感じられた。

「頼む」

 部屋を出ようとした時、ふと、シエラの侍女であるメリーナの手に握られた一通の封書が目に止まった。

 そこに何らかの意図を感じ、急いで中を確かめた。

 直後、アルフレッドは怒りに任せてそれを破り捨てた。

 そして、男が待っているであろう場所に向かってアルフレッドは駆け出した。


『君の可愛い歌姫は、【包帯公爵】最後の夜会で歌うだろう』


 忘れられるはずもない、マーディアルの字だった。

 歌うだろう、ということは、おそらくシエラはまだ無事だ。

 もし、マーディアルが復讐目的ならば、シエラを無事に返してくれるとは思えない。


「シエラは、お前には渡さない」


 十年前、船が爆発する様子をにっこりと嫌な笑みを浮かべていた男。

 五年前、ようやく追い詰めたと思えば、あっさり自分から命を手放した男。

 しかし、どういう訳か生きていた。

 あの崖から飛び降りて、どうやって生き延びたのかは分からないが、生きていた。

 今度こそ、その息の根を止める。復讐を遂げてやる。

 シエラの笑顔を再び取り戻すためなら、どんな悪に染まってもかまわない。

 それによって、彼女が離れてしまうとしても。


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