第26話 夜の侵入者
アルフレッドがヴァンゼール宮殿に出向いて、二日が経った。
夕暮れ時、シエラは自室のソファで一人沈んでいた。
たった二日会えないだけで、寂しさでこんなにも胸が苦しくなる。
「アルフレッド様、大丈夫かしら」
貴族たちが、公爵位の剥奪を迫っているという。
ザイラックの言っていた通り、アルフレッドには敵が多い。
その敵がいっきに彼を追い詰めるために王城にまで押し寄せたのだ。
今回の囮作戦で敵を躍らせていたのはこちらだし、国王ザイラックは彼の味方だ。
きっと、うまくやってくれる。
それに、アルフレッドは強い。
一緒にいて、シエラはアルフレッドを守るどころか守られてばかりだ。
だから、きっと大丈夫。
そうだとしても、やはり心配だった。
無事に帰ってきて、愛しい声を聴いて、たくましい体に触れるまでは安心できない。
「アルフレッド様のことなら、心配いりませんよ。シエラ様は、笑って旦那様を迎えてあげてください」
ことり、と目の前で物音がして、あたたかな湯気を感じる。
その湯気は、おいしそうなかぼちゃの香りがした。アルフレッドのことが心配で食が細くなってしまったシエラのために、ゴードンがかぼちゃのスープを作ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
アルフレッドがいない間も、護衛騎士たちが側でシエラを護ってくれている。
本当は、自分ではなくアルフレッドの側にいてほしい。
騎士たちも、数名はアルフレッドについて行く予定にしていたのだが、護衛は必要ないと断られてしまったらしい。
剣の腕も馬術も優れているアルフレッドをますます素敵だと惚れ直したが、やはり一人で王城に出向いているのは心配だ。
「シエラお嬢様、音楽会の準備ももうできましたし、曲を考えてはどうですか? シエラ様の歌で、きっとアルフレッド様も元気になりますわ」
メリーナに、かなり心配をかけてしまっている。
そう分かっているのに、アルフレッドのことを思えば自分だけ楽しいことを考えていることはできなかった。
本当は、ついて行きたかった。それでも、足手まといになるのは分かり切っていたから、叫びたい気持ちを抑えて見送ったのだ。
「明日には、アルフレッド様は戻られるかしら?」
二人は、きっと戻りますよ、と笑ってくれた。
そうであってほしい、という希望を胸にシエラも微笑んだ。
「早く、戻って来てくださいね」
シエラは、愛しい旦那様に贈られた杖を優しく撫でて、微笑んだ。
――しかし、その夜。
寝室にやって来たのは、待ち焦がれた人物ではなかった。
「ようやく会えましたねぇ。【包帯公爵】の花嫁さん」
ねっとりとした男の声が聞こえ、シエラの身体に緊張が走る。
咄嗟に身体を起こし、その声の主を探る。
聞き覚えのない声だ。
聞いているだけで気持ち悪くなる、最低の音。
アルフレッドとは大違いだ。
「あなたは、誰?」
シエラは恐怖を押し殺し、冷たく問うた。そして、考える。これはどういう状況なのか。
この屋敷には護衛騎士が十人いたはずだ。
夜中だとしても、交代制で騎士はいたはずである。
それなのに、シエラの寝室に男は侵入した。
【包帯公爵】の花嫁、と呼ばれたからには、この男の目的はシエラを使ってアルフレッドをどうにかすることだ。
囮作戦で捕まえた男たちは、アルフレッドに有益な情報をもたらさない下っ端だった。
つまりは、アルフレッドの敵にとっても、使い捨てにできる駒だったということ。
王城での騒ぎがアルフレッドをおびき出すための陽動だったとすれば、本来の目的は別にあるということになる。
(みんなは、無事なの?)
男の侵入を許したということは、無事ではないかもしれない。
シエラは焦る気持ちを抑え、目の前の男に意識を集中する。
アルフレッドのためにも、シエラは逃げなければならない。
彼の足枷にはなりたくない。
じりじりと、シエラは男から離れようと後ずさる。
しかし。
「おや、御存知ないのですか? 私は【包帯公爵】とは只ならぬ関係なのですがねぇ」
男はシエラの動きを封じるように腕を掴み、もったいぶったように笑った。
シエラは強く握られた腕に痛みを感じ、顔を歪める。
ベッドの上で、シエラはあまりに無防備だった。
(アルフレッド様……っ!)
心の中で、シエラはアルフレッドの名を呼ぶ。
男に襲われる恐怖よりも、アルフレッドを悲しませてしまう方が怖かった。
シエラは、アルフレッドを支えなければならないのに。
シエラは悔しくて、唇を噛む。
その様子を見て、男はシエラが脅えていると思ったのか、面白がるように笑う。
そして、その名を口にした。
「マーディアル・ベアメス。【包帯公爵】を消し、そのすべてを奪う男の名ですよ」
その言葉を最後に、シエラは何かの薬を嗅がされて、意識を失った。
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