第19話 夫婦の試練

「……あの、申し訳ありませんでした。わたし、浮かれていたようですわ」

 そっと、シエラはアルフレッドの胸から離れる。


(アルフレッド様はわたしのこと、どう思っているのかしら……)


 好きになってみませんか? とアルフレッドに言ったものの、シエラには自分の魅力が分からない。

 アルフレッドの好きなところならばいくらでも挙げられるのに。

 ちょっと距離が縮んだからといって、浮かれているシエラのことをアルフレッドは子どもっぽいと呆れているだろうか。


「あなたが謝ることはない。私も、浮かれていたのかもしれない……」

「え?」

「いや、なんでもない。そうだな、護衛のことを勝手に決めた詫びに、あなたからも何か私に要求したいことはあるか?」

 アルフレッドは、何かを誤魔化すように早口で言った。シエラはその言葉に、ぱっと表情を明るくする。

「あの、このお屋敷で音楽会を開いてもいいですか?」

 ちょうど、アルフレッドの許可が必要だと思っていたのだ。

 護衛を受け入れる代わりに、音楽会を開く許可を得る。

 それなら、音楽会準備の人手不足も解消できて、アルフレッドのためにもなる。一石二鳥だ。

「……音楽会は、駄目だ」

 硬い声で言われ、シエラは笑顔をひっこめる。

「何故ですか?」

「……私のせいで、あなたが狙われているからだ。この状況で大勢の人間を招き入れることなどできない。絶対にだ」

 有無を言わさぬ迫力で、アルフレッドは脅すように言った。

 しかし、シエラは納得できない。

「…………わかりましたわ」

 シエラが長い沈黙の後頷けば、アルフレッドはふっと緊張を解いた。

 しかし、次のシエラの言葉で再び彼は衝撃を受けることになる。


「わたしを狙っている方を捕まえれば、音楽会を開いてもいいんですよね? それなら、わたしを囮にしてさっさと犯人を捕まえてしまいましょう!」


 シエラは、どこまでも前向きだった。

 それもこれも、アルフレッドに救われてから、シエラはいつも笑顔で明るくいようと心に決めたからだ。

 その日から、後ろ向きで泣き虫な少女は前向きで笑顔あふれる少女に変わった。

 シエラは、自分の身が狙われているなら好都合だとさえ思った。

 盲目の娘相手ならば油断するだろうし、シエラには自慢の耳がある。一度犯人の声を聞いておけば、すぐに見つけ出せる。

 それに、アルフレッドがいてくれれば何も怖いものはない。


「アルフレッド様、必ず犯人を見つけて楽しい音楽会を開きましょうね!」


 シエラは、自信満々の笑顔で胸を張って言った。


「そんな危険な真似はさせられない」

 当然、護衛までつけようとしていたアルフレッドが認めるはずがない。

「まあ。アルフレッド様はお一人で犯人捜しをするつもりなのでしょう? わたしはもうアルフレッド様の妻。一緒に戦わせてくださいませ」

 近くに感じるアルフレッドの体温を探して、シエラは手を伸ばす。

 シエラの手を迎えにきてくれた彼の大きな手は、少し震えていた。

 だからこそ、シエラはぎゅっと握りしめる。


「わたしは大丈夫ですわ。だって、アルフレッド様がきっと守ってくださるのでしょう?」


 アルフレッドがシエラを認めてくれた、ということは、少しは大切に思われていると思ってもいいだろう。

 そこに、シエラは希望をかけた。

 アルフレッドの優しさにつけ込むようなずるい言い方だが、シエラも引けない。


(もう、アルフレッド様一人で戦わせたりしない)

 シエラが狙われている理由は、アルフレッドの妻だということ以外に考えられない。

 つまり、シエラはアルフレッドを脅すための道具として使われようとしている。

 それを分かっていたから、昨日アルフレッドは極端な選択肢を迫ってきたのだろう。

 しかし、シエラはこの先もずっとアルフレッドの妻でいるつもりだ。敵が現れる度に屋敷に閉じ籠り、犯人捜しはアルフレッドに任せきり、なんてできない。守られるだけのか弱いヒロインなんかより、自分の力で立ちあがってヒーローと手を取り合うヒロインの方がかっこいいに決まっている。

 シエラは、そんな強い女性に憧れる。


「これからも、わたしはアルフレッド様のお側を離れるつもりはございません。これはきっと試練なのですわ。夫婦として協力し合えるか、という……ねぇ、アルフレッド様。わたしにもあなたの隣を歩かせてください」

 見えない目を開いて、シエラはアルフレッドを見上げる。

 何も見えなくても、アルフレッドが息を呑むのが気配で分かる。

 握った手が強く握り返されて、彼の鼓動まで伝わってくる。


(わたしと同じ……)


 どくどくと脈打つ鼓動が、速度を上げる。

 いつも冷静なアルフレッドも、シエラ相手にどきどきしてくれているのだろうか。


「……あなたを巻き込むぐらいなら、私一人で背負い込む方がいい。と言っても、きっとあなたは一人で動いてしまうんだろうな……」


 心からのアルフレッドの嘆息に、シエラの胸は罪悪感でちくりと痛む。

 しかしそれ以上に、アルフレッドに大切に思われているのだということが嬉しかった。


「絶対に無茶はしないと約束してくれ」


「はい、アルフレッド様。ありがとうございます」


 にっこりと微笑み、シエラは甘えるようにアルフレッドの胸に頬を寄せた。

  

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