アリスイン……
若宮かのん
第1話
アリスは相変わらず元の世界に帰ることはできずにいた。異変は今日もふざけた茶会に参加するため、マッドハッターの家へ行く途中に迷いの森で起こった。まず、アリスが見たのはこの世界の住人ではなかった。彼女は驚き呼び止めた。なぜ彼がいるのか理由を聞けると思ってのことだった。
「ヘンゼル」
前を歩いていたのはヘンゼルとグレーテルのヘンゼルだった。彼とは“お茶会”で会ったことがあるので後ろ姿を見て気づくことができた。ところがヘンゼルはアリスの予想に反して驚いて飛び跳ねた。アリスは彼が振り返ったところで、様子がおかしいことに気がついた。彼は驚いたんじゃない、私が警戒されていたんだと。彼はなにかをとても恐れている。それから、あんなに可愛がっていたあの子がいない、とアリスも彼を警戒した。
「グレーテルは」
「消えた」
「消えた!?」
アリスはヘンゼルの返答を繰り返すことしかできなかった。困惑した表情に、アリスが持っていた彼への警戒心はなくなる。
ヘンゼルはアリスに何かを伝えようと、食うを掴む動作をしながら、途切れ途切れに伝えてくれた。
「暗闇の中から手が、それに、掴まれて」
なにかを警戒するように周囲を確認しながらのことだった。アリスは暗闇から出てくる手のことや、人が消えたこと、なにも消化ができずにいた。こんなヘンテコな世界にいるのに。
「ヘンゼルはどうしてここに」
「わからない……僕たちは君と違って多領地には踏み……」
突然言葉を切ったヘンゼルに、アリスは引っ掴まれて、そのままヘンゼルの向こう側に飛ばされた。尻餅をついたアリスは、ヘンゼルの後方に空間の歪みをみた。アリスは息を飲んだ。つい先程、ヘンゼルが言った言葉を思い出す。
〔暗闇の中から手が、それに、掴まれて〕
「走れアリス! 反対方向に!」
空気を裂くような大声で叫ぶヘンゼル、背後で、空間のねじれから伸びる手。それにヘンゼルが掴まれるのを、アリスが見た。これ以上、見ていたら自分も危ない。そう思って前を向く。
私が声をかけなければ!
私が引き止めなければ!
後悔の念に、足元を取られないよう、アリスは全速力で森を走り抜けた。とにかく遠くへ、ヘンゼルがくれたチャンスを無駄にしないように。見えてきた光に、いつも以上の安堵感を覚えた。
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