ある本の思うこと
石野二番
第1話
私は、いわゆるところの一冊の本である。今はとある小さな書店の本棚に並んでいる。昨日までは新刊コーナーに平積みされていたが、まぁそれはどうでもいいだろう。
私の中には一つの物語が記されている。小説というやつだ。しかし、そのストーリーはあまり一般受けするものではないようで、なんというか、そう、身もふたもない言い方をすると、私は売れ残ってしまっている。
最初に述べたように、私は本である。そして本というものは須らく人に読まれるために生まれてくる。しかし、私はまだ一度も人に開いてもらったことがない。
私の中の物語の記述によると、人というものは役目というものを持たずに生まれてくるらしい。にわかには信じがたい。役目がないのならいったい何のために存在するのか。物語にはさらにこうも綴られている。生まれた意味は自分で見つけないといけない。もしそれが本当なら、私は人が不憫でならない。
与えられた時間には限りがある。それは本であろうと人であろうと同じである。だからこそ、無駄な時間を過ごしている余裕はない。生まれた時に与えられた役目を果たすこと。それ以外に時間の使い方があるだろうか。なのに、その役目を探すところから始めないといけないとは。そんな遠回りを強いられている人は、憐れだ。
人は本に限らず多種多様な物を作り出してきたし、現在進行形で作っている。彼らの創造物はみなそれぞれの役目を最初から持っている。そこに自分の意思を反映させる余地はなく、その必要性も感じない。ただ使ってもらう。それが我々の一番の存在理由であり、喜びだ。
無駄をできるだけ廃し、役目を果たすことにのみ一直線。それが正しい生き方なのではないのか。少なくとも私はそう考えているし、そうありたいと思っている。と、ここまで考えていたところで一人の少女が私を見ていることに気が付いた。そしてその少女は私を手に取りレジの方に向かっていった。私はやっと役目を果たす時が来たことに興奮を禁じ得なかった。
*
少女は支払いを終えて書店を出てから今しがた買った本の表紙をもう一度見た。そこ書かれていたのは『無駄と分かっていても』というタイトルだった。
ある本の思うこと 石野二番 @ishino2nd
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