俺が想像していた冒険者生活はこれじゃない

如月凪月

第1話 はじまり

 長い眠りから起床した。どうやら気絶していたようで、前後の記憶が曖昧になっている。

 ……突然だが、俺は冒険者だ。

 冒険者とは、街や民に害をなすモンスターを駆除し、報酬を貰って生活をする人間の事である。

「そうだよな? エリス」

「ええ、そうですね。フィン」

 そうやってエリスは俺に天使のような笑みを見せる。潰してやろうか、その端正な顔を。と思ったが寸前で思いとどまっておいた。

「もう一度言うぜ、エリス」

「ええ、何度でも聞きますよ。フィン」

 笑い合う。こんな時でも笑い合える仲間がいてよかった。強引に仲間にされた甲斐があったというものだ。わはは。

「冒険者とは、街や民に害をなすモンスターを駆除し、報酬を貰って生活をする人間の事である」

「ええ、そう言われていますね」

「そしてそんな冒険者に憧れる若者は後を絶たない。そうだよな? エリス」

「ええ、そうですよ。フィン」

 ひらりとその銀の髪を翻し、決められたかのように同じセリフを繰り替えすエリス。

「そして、お前もその若者の一人だったわけだ。そうだよな?」

「ええ、勿論。冒険に憧れない者などこの世界にはいませんから」

「あぁ。俺もそれには概ね同意だ」

「ええ、それは良かったです」

 笑い合う。今この瞬間だけは俺も笑ってやろう。笑って未来を忘れてやろう。無理だ。

「おいエリス」

「なんでしょう、フィン」

 話しかける。この狭い部屋で。


 ――鉄格子付きの、狭い部屋で。


「どぉぉぉーーーーしてこんなことになってんだよ! ああ!? ちゃんと説明しやがれこの顔だけ女!」

「あんたがモンスター討伐に失敗したからでしょうが! 九割はあんたの責任よ! 残りの一割を背負ってあげてる温情に感謝しなさい!」

「うるせえよ! そもそもそのクエストを受注したのはお前だろうが! だから俺はやめとけって言ったんだ!」

「いーや違いますぅ! フィンも(最後の方は)乗り気だったし!」

「最後の方はって小声で言うな! 全部聞こえてんだよ! 狭いからな! 部屋が! 鉄格子ついてるからな! 部屋に!」

 牢獄内に俺達の醜い言い争いが木霊する。

 それは、数日前の事だった。



 家出。

 例えばそれは、過干渉な親から逃れる為の逃避行。

 例えばそれは、些細な社会への反抗。

 例えばそれは、思春期の事故。

 そうだな、多分俺はそのどれもに該当している。

 獣人やエルフが闊歩するこの世界で、人間の俺が一人で街や世界を散策するのは命を捨てるのと同義である。

 しかしそれは、弱きものであったのならば、である。

 この街、いや世界には民を脅かすモンスターを討伐する為に設立されたとある施設がある。所謂ギルドだ。腕に自信のある人間や、モンスターに苦しめられている多種族が結託し完成した要塞。

 その勇気ある者達を、人々は尊敬の念を込めて冒険者と呼ぶ。

「あー……っと。冒険者カード作りたいんですけど」

 とまあそんなことを言ってみたが、今俺がいるアイリスと呼ばれる街の周りにはモンスターは少なく、その為か誰でも簡単に冒険者になれてしまう。働かない冒険者が集まる街のため、腐敗した街とも呼ばれているらしい。まあ、あながち間違いではないかもしれない。

 冒険者が集うギルド内で、俺は受付嬢に話しかけていた。

「新しく入団を希望される方ですね、身分証などはお持ちですか?」

「身分証か……」

 訳があって身分証を提示できないため、言葉が詰まる。

 どうしよう。家出するくらい憧れていた冒険者生活だったが、スタート地点も踏めないまま冒険は終わってしまったらしい。家に帰るという選択肢はとうに消えているので、これからはスラム街で暮らすほかないのかもしれない。絶対に嫌だ。

「どうされました?」

「いや、身分証なくしてしまって……今回だけどうにかならないですか」

「駄目ですね」

「そうっすよねぇ……」

 無機質にそう伝えられ、行き場を失った言葉は空を舞う。

「どうしても冒険に行かれたいのであれば、パーティを組んではいかがですか?」

「パーティ?」

 聞き馴染みのない単語だったのでその意味を問う。

「ええ、そうです。他の冒険者と結託してクエストに挑むのです。大抵はその場限りのチームになってしまうのですが、実力を認められればそのまま正式に……という事もあります。それにクエストについていくだけならば冒険者カードも必要ありません。まあ、冒険を記録できないのでレベルは上がりませんけれど」

「なるほど……」

 思考する。

 冒険者カード。それはただ単に冒険者であることを証明するだけのものではない。

 レベル。

 そう、レベルが上がるのである。

 冒険者としての格が、器が、大きくなるのだ。モンスターを討伐すればするだけ。

 討伐したモンスターを記録し、そのカードに書き込む。ある一定の条件を満たすとカードが発光し、色が変わる。一番下は白、そして最上級が白金。段階を踏むごとに色が変化していき、その分だけ自分の力も上昇する。神の加護だと言われているが、本当かどうかは定かではない。だって神とか信じてないし。いないし。

「分かりました。今回はやめと――」

 冒険者カードを作成するのを諦めた瞬間だった。

「ぜーんぶ聞かせてもらったわよ! 私に任せなさい!」

 受付嬢と俺の間に割って入ってきたのは銀髪の少女。

 端正な顔立ちをしていて、それはまるで天使のような……。

「身分証も碌に持ち歩けない子供のまま大人になってしまったあんた! 私とパーティを組む許可をあげるわ! 感謝しなさい!」

 訂正。まるでゴミのような人間だ。

「遠慮します」

 丁重にお断りしておいた。こんな悪魔を具現化したような人間と一緒に居れば自分まで悪魔になってしまう。

「なんでよ! いいじゃない! 冒険したいんでしょ!」

 ぐぃっと顔を近づけてくる天使の皮を被った悪魔にたじろぐ。

 しかし、こんなもので決断が鈍るような男ではない。

「冒険はしたいがお前とは組みたくない」

「とはって何よ! 初対面で私の何がわかるっていうわけ!?」

「初対面だからこそだ。普通は初対面の人間にこんな態度はとらない。俺は身分証を忘れたがどうやらお前は常識を忘れたみたいだな」

「むかつく! 普通にむかつく!」

 そんな俺達の言葉の応酬を、半歩下がって見守る受付嬢。おい、止めろ。こいつの口を塞いでくれ。

 女はどーんと俺に向かって人差し指を向けて言葉を放つ。

「そもそもあんた一人じゃ冒険に行けないんでしょ! 救ってやってるのよ。この意味が分かる?」

「わからない」

 本当にわからないので仕方ない。

「感謝こそすれ罵倒される謂れはないってことよ! この馬鹿」

「そうですか。ありがとうございます」

「そ、そうよ分かればいいのよ。じゃ、今からどのクエストに行くか一緒に考」

「ではさようなら。お元気で。ぼくを救おうとしてくれた方」

「違うわよ! 一緒に行こうって言ってんの!」

「一言もそんなの言ってなかったろ」

 こつんと頭を軽く叩く。

 きぃぃと歯を食いしばり、表情に怒りの仮面を張り付けながらこちらを見ている少女。なんでそんなに俺に拘るのかは分からないが、こいつは危険な人間だと俺の本能が告げている。

「あのぉ……横からで申し訳ないのですがエリス様。何故この方に拘るのですか? 腐敗した街と呼ばれているとはいえ中には勤勉な冒険者もいらっしゃいます。そういった方に頼めばよいのでは……?」

 俺達の会話を聞いていた受付嬢がぽつりと溜息と共に提案する。そうだ言ってやれ。そしてこいつからカードを剥奪しろ。

 俺が言いたかったことをそのまま別の口が言ってくれたので、開きかけていた口を閉じ、女――エリスの返答を待つ。

「何言ってるのよ。私は白の冒険者よ。パーティなんか組んだって足を引っ張ることになるじゃない」

「おい、お前さっき俺をそのパーティに誘ってたよな」

「ええ、そうよ! 何故なら冒険者にもなっていないようなひよっこと組めば、もしクエスト失敗しても私のせいにならないもの! 全部の責任を押し付けられるわ!」

「俺を生贄にするつもりだったのかよお前! 最低! 悪魔!」

「なによ。まだしてないじゃない。それに成功したら報酬はしっかり渡すわよ。約束は守る女なの」

「まだってなんだよ! この期に及んでまだ俺を利用する気か!?」

「報酬は九対一でいいわね? そうと決まれば早速クエストを決めるわよ。善は急げっていうでしょ」

「いいわけねえだろ! そうと決まってもねえよ! そして善でもない!」

 受付嬢はどうしたらよいかわからない様子であたふたとしている。どうせならこういう可愛い女の子と冒険に行きたいものだ。

「というかお前装備も整ってないだろ。それでどうやって冒険するんだよ。死ぬぞ。死んでもいいけど」

「私にはちゃんとエリスって名前があるのよ馬鹿」

「馬鹿って言うな。失礼だろ馬鹿」

「そ、そうね。言い過ぎたわごめんな……って馬鹿って言った! 私の事馬鹿って!」

「俺は良いんだよ。あと俺にもフィンっていう名前がある」

「……フィン」

 渋々といった様子で俺の名前を呼ぶ馬鹿、もといエリス。

「で、なんでまともな装備も持ってないようなやつが冒険に行くんだよ。モンスター退治とかは他の冒険者に任せておけばいいだろ。あれか? 街を守っている自分に酔っちゃうようなタイプか?」

 エリスの貧相な服を指さしながら言う。こんな人間でも死ぬのは後味が悪い。いや、心配はしてないけど。本当です。

「……ってないのよ」

 小さく何かを呟くエリス。盗賊の盗聴スキルでも持っていない限り、今の呟きを聞き取れた人間はいないであろう。ちなみに俺は盗賊どころか冒険者ですらないので何も聞こえませんでした。悲しくなんてないんだから。えーん。

「なんて?」

 問う。今の言葉をもう一度ボリュームをあげて言えと顔で伝えた。

「だから! 持ってないのよ! お金を! 私だって冒険なんかしたくないわよ! 危険だし! でももう今晩の宿ですら確保できない状況なのよ!」

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