19の春と、28の春。
凪 景子
さあ、どうしよう。
19の春だった。失恋をした。約8ヶ月付き合っていた人にふられた。たかが失恋、子供の恋愛。散々言われた。
でも私には彼が全てだった。生き甲斐だった。夢だった。それが彼にとっては重かったのだろう。そう思えたのも最近で。でも納得なんかする気はない。
彼にふられて目の前にあったのは就職活動だった。若かったからだろう。私はそれに手をつけた。本当はそれどころじゃないのに。
就活は散々だった。途中で放り投げたこともあった。本当は、失恋をずっと考えていたいのに。泣いていたいのに。
学校では面接の練習。笑顔笑顔笑顔笑顔と、毎日呪文のようだった。女は顔だということを知った。美人なら誰でもいい。自分を、親を恨む。
よかれと思ってしていた就活。体と心と頭がごちゃごちゃになり、気づけば感情を失っていた。それまで泣き虫だった私が失恋をしてから泣いていない。心の底から楽しいと思うこともなくなっていた。涙も笑顔も失くしていた。後の祭りだった。
卒業が迫っても、就職先は決まっていなかった。次の会社の面接を受けて、だめだったら大人しくフリーターをしようと思っていた。その会社に受かった。
運が良かったのか悪かったのか。今でもわからない。入った会社はクソだった。クソまみれではない、クソだった。そして同じセクションにはクソな人間しかいなかった。恵まれなかった。
アミューズメント施設を備えた車のショールーム。配属されたのはインフォメーション。仕事内容はアルバイトの教育、管理。そんなノウハウ、私にはない。私には全く向いていないし、興味もなかった。やり甲斐も感じない。心が苦しいだけ。でも仕事とはこういうものなのかと、新卒の私は思っていた。
でもそのクソの中に宝石をいくつか見つけた。いい先輩だった。一緒に帰ったり、仕事帰りにスタバへ行ったり、バーベキュー、ディズニーランドは3回、一緒に連れていってくれた。私の愚痴も、言えば必ず聞いてくれてただろう。必ず。言えば何か変わってたかもしれない。自分が。周りが。セクションが。何かが、もしかしたら変わってたかもしれない。でも愚痴の一言も言わなかった。なぜなら「これは自分の問題、結局解決するのは自分だ」と思っていたからだ。
ちょうど1年経った。勤務は早番と遅番があり、その日の私は早番だった。社員は私ひとり。アルバイトだけではレジを開けられないし、とにかく仕事が始められない。その日も私はいつも通り朝起きて準備をし、アパートを出ようとした。しかしその後、大きいバッグに何枚かの服と下着を入れ空港に向かい、飛んだ。沢山の留守電が入っていた。そしてその会社を辞めた。
社内恋愛禁止な会社。しかし社内結婚しかなかった。同じセクションの上司と先輩は同棲をしていて結婚し、その先輩は辞めた。後輩は出世した。自分の力、才能の無さを知った。
その後、私はフリーターをする。自分のやりたいこととできることの差が広がる。そういったことを全て捨て、未経験可という事務の会社を受けてみた。採用され、仕事はしっくりきた。毎日同じことを淡々と繰り返す。それが私には合っていたのだ。中学生の頃から「OLにだけはなりたくない。毎日同じことをして何が楽しいの?」と、絶対したくないと思っていた仕事が自分には向いていた。
19の失恋から、恋はしなかった。できなかった。出会った男の隣にはみんな女がいた。それって出会いって言える?
彼に未練があるなら、まだそのほうがよかった。新しく好きな人を見つければいいだけ。私は違った。彼との失恋から抜け出せなかった。あの頃、私の痛み、苦しみ、悲しみ、絶望。それらを理解できる人がひとりでもいたら、きっと救われてた。でもいなかったから今がある。
それから8年。8年の壁をぶち壊してくれる人と出会った。その人もどうやら私のことをよく思ってくれているらしい。しかしその人の拠点は関東ではない。たまたま関東にある地元に帰ってきた時に出会ってしまったのだ。私は負けた。その人に、距離に、時間に。初めから存在しなかったかのよう、何も残さず消えた。3ヶ月の恋だった。
小さな会社。している仕事内容も簡単なことしかしていない。都心や大きな会社では通用しないレベルのキャリア。もう少し遠くていい、仕事が大変でもいい、そして給料はもう少し多く欲しい。失恋もしたし、少し休んで、また就活しよう。そう思い、4年いた会社を退職した。
退職してすぐ、体の異変に気づく。何もしていないのに疲労が溜まる。毎日続く頭痛。朝起きることができない。夜型人間になった。元々頭痛持ちだったし、仕事を辞めて生活リズムが狂っているだけだと思っていた。
そのうち体が悲鳴をあげてきた。全身の芯が痛い。いてもたってもいられない。ネットで調べたら、どのサイトも「今すぐ病院へ」との結果が出た。自分でも薄々感ずいていたから調べたのだろう。近くの心療内科へ行った。新患を受け付けており、取れた1ヶ月後の予約まで我慢した。
処方してもらった薬を飲んだら、頭痛と体の痛みは消えた。やはり脳の病気なのだと痛感した。
そしてもうひとつ気づいたこと。しばらく生理用品を使っていない。生理がいつ来たかさえ、何も管理などしていなかった。必要ないと思っていた8年間。妊娠検査薬を買う。結果は陽性。
さあ、どうしよう。
女。無職。貯金100万。鬱病。妊娠。
19の頃とは違う、28の春。
何を選ぼうか。
19の春と、28の春。 凪 景子 @keiko012504
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