失恋集 (短編集)
@buchi_fu
第1話 共学高校(男)
もう2年生になった。
俺は結局あの1年、何もできなかった。
大した友達もできず、終始女子の前では緊張していた。
楽しいことといえば…部活の軽音楽。
バンドメンバーとの仲はそれほど良くなかったが、ギターとして、先輩に色々教わった。
「中野くん、ギターはやったことあるの?」
「いえ、高校で初めてやろうと思ってます…」
「そうなんだ。私も一緒だったよ!これから頑張ってね、私がしっかり教えてあげるから。」
「あ、ありがとうございます…。よろしくお願いします、華元先輩。」
「まずね、コードを弾けるようにならないと。まずCから!ええとね…、指をこうして…こう。
そうそう!そんな感じ、指がほかの弦とぶつからないように、6弦は────」
「中野くん、まだ3ヶ月経ったくらいだけどギターの上達早くない?私に追いついちゃうんじゃないのぉ?」
「そ、そんなことないですよ、全部先輩の……おかげです。」
「中野くん、演奏会でのギターかっこよかったよ!君上手いんだから、Motto前の方でてって主張してもいいのにー。」
「いえ、恥ずかしいですから…」
その先輩、華元先輩に俺は恋している。
彼女は今3年生の部長として軽音楽部にいる。誰とも仲良く接するような心優しい人。
俺だってその中のほんのちょっとに過ぎない…。だが、1年生の時にあれだけ丁寧に話しかけてくれた、練習を手伝ってくれた先輩に対しての特別な思いはどんどん大きくなった。
いつだって膨れあがっている心臓の鼓動はうるさい。
2年A組で自己紹介などが進められた。
俺は何を話していたか覚えていない。みんなの目を気にする暇もなかった。
いつの間にか俺の先輩に対する恋心が行きすぎていた。止められなくなっている。
それから何日間も部活はなかった。
2年生になって4日、先輩と廊下で会った。
俺は無言で会釈。俺は俺が嫌いだ……
「あ、中野くん、明日の部活でみんなに言うんだけど、私は進路のために部活やめるからね、こんな早いの私ぐらいなんだけど…」
そう言って、先輩は早歩きで階段を下って行った。
やめる…?3年だからしょうがないとはいえ…。
また俺は何も言えなかった。
「はい、みんなに言うことがありまーす」
「私はもうすぐ軽音やめます。急でごめんね。私勉強ダメダメなんだけど、しっかり大学行きたくなって。今から本気で頑張るから応援よろしく!」
みんなはそれを聞いて部室をザワザワ響かせたが、また先輩が声を出す。
「できれば、暇ができた時に部室に来たりはするから。何か聞きたかったら言ってね。」
そう聞いた俺のバンドメンバーが質問した。
「大学行って何するんすか?」
「あー、私教師になりたいの。
軽音楽部で部長として色々頑張ってたら、教えることの楽しさが分かって。全部この部活のおかげなんだよ」
他のバンドの女子が聞いた
「華元先輩、大学でも軽音楽はする?」
「多分するよ。バンドは私の大好きなものだし」
…。
俺が聞きたかったことは次々に誰かに言われ、結局俺は無言だった。
そして今日練習するバンド以外帰っていく。俺のバンドも今日じゃない。
部室を出ようとしたところで、いつも先輩が弾いている名前も知らないギターフレーズが聞こえた。妙に耳につんざいて聞こえた。
俺は、そろそろ先輩に思いを伝えるべきであった。先輩に彼女はいない、それは他の人との会話で分かっていた。
言えるだろうか。いつまでも話せなかった俺が。いつだって先輩から話しかけてくれた。
今度は俺が、と男らしくできない自分を殴りたくなった。
2年になってから2週間。同じクラスのバンドメンバーが話しかけてきた。
「中野、お前華元先輩のこと好きだろ?」
「え、別に違うよ…」
「隠さないでいいのに。まあ、好きじゃない方がいいけどな。あの人は彼氏作る暇なんてないだろうし」
うるさい。そんなこと分かってる。分かってるけど、それで手放すことなんて今更できない。
今日は俺らのバンドの練習日。それに、先輩が辞める日だ。もう来なくなる、今日どうにかするしかない。
部活の時間
課題曲を練習する。
「なあ中野、もうちょいミス無くしてくれない?」
「ごめん…」
緊張で上手く弾けない。
そこで華元先輩が来た。
「お、みんなやってるね。その曲難しい感じだから頑張って。」
…。俺は話しかけに行くべきだが、行けない。先輩は退部の話をしなかった。
誰も会話しない空間がある。
そこで俺は、先輩の方に少し体を向けてギターを弾く。
────────。
先輩がいつも弾いていたフレーズ。
音を聞いて耳コピしてやった。
「あ!中野くんそれ弾けるの?私それ好きなんだ。君も?」
「あ、そうです。……好き、です。」
先輩に対して言えなくてどうする。でも、気持ち悪がられなくてよかった。
勝手に覚えられて嫌な気分ではなかったようだ。
「うん、そろそろ私行くね。退部届けはもう出したの。ちょっと顔出してみた。君達なら大丈夫だね。」
先輩は小さく別れを告げて、部室から出ようとする…
言わないと…ちゃんと、先輩に向けて…!
俺は無言で先輩に近づいた。部室の前の廊下で先輩を引き止める。
「ん、どうしたの?」
「えっと…」
部室から聞こえるベースやドラムもうるさいが、それ以上に心臓がおかしかった。
「あの、勉強頑張ってください…」
「…うん!ありがとね。がんばる!」
「それと…その、」
「僕、先輩のことが好きです」
……先輩に気持ちを伝えた。
付き合ってくださいとまで言えなかった。
「ええとー、そうなんだ…」
「でもごめんね。私やっぱり勉強を優先したくて。彼氏は作れないの
気持ちは嬉しいけど…」
俺はそこで、恥ずかしさが爆発して、先輩を押しのけた。廊下を走り、階段を走って下った。帰ろうとした。
下駄箱のところで、涙が出てきた。
…ダメだった。ちゃんと話も聞かなきゃいけなかった。
ギターも、部活の練習も置いてきたまま。
罪悪感に包まれたまま、俺は校門をでた……
次の日。
俺は教室でメンバーに怒られた。謝って、その場はすぐおさまった。
ダメだった悲しみがまだ消えない。
もうこの1年もダメかもしれない。
そうして月日は経つ。
何度も先輩も見かけたが、赤の他人みたいに話さなくなった。
彼女はよく先生と話していた。やはり勉強の話みたいだ。
頑張っている。
俺の知らないところ、先輩がいる1つ上の階に、純粋な青春が存在していた。
夏休み前の日、階段で先輩が後ろから来た。
早歩きで、俺を追い抜かしたところで、
咄嗟に声を出した。
「先輩!」
彼女は無言で振り返った。
「……勉強、頑張ってください!」
あんなことがあった日から随分時間があいていたのに、俺は自然と話しかけた。
言った言葉は、何回も言った気がする言葉だった。
そうして、いずれ先輩が口を開く。
「うん!」
綺麗な笑顔で、1人で、先輩は階段を下っていった。
俺はしばらく立ち止まっていながら、ニヤつくことを抑えつつ、
またゆっくり歩き出した。
また、涙が溢れてきた。
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