始まり。
王は寝室へと向かい、迅はお風呂へと向かう。びしょびしょに濡れたまま帰ってきたはずだったのだが、今気づけばどこも濡れていなかった。おそらく、能力を発動した時のエネルギーで乾いたのだろう。
お風呂場に着くと、洗濯機の上にはタオルと着替えが綺麗に畳まれて置いてあった。
(服のサイズってどうやって調べたんだろう……)
小さな疑問だったが、今の時代どこからでも情報は洩れそうな気もするし、ここに迎え入れることを決めていたなら調べるのなんて朝飯前なのかもしれない。
そんな小さな疑問を有耶無耶のまま解決して浴室のドアを開けると視界が微かにボヤけ、熱気が体全体を包み込んだ。家のお風呂に入った記憶など無かったのに、その感覚はとても懐かしいような気がして心が落ち着いていく。
そのまま体をお湯で流し、浴槽に飛び込むように入るとお湯の水位が一気にあがり、浴槽から溢れた分が日中の疲れと共に排水口へと流れていった。
はぁ…と、思わず深い息を吐き、湯気の中に自分の吐息と混ざって消えていく。
なんて幸せな時間なのだろうか、疲れた後のお風呂とはまるで天国のようである。
あまりに落ち着きすぎてそのまま寝落ちしそうになってしまう。なんとか眠気を覚ましてお風呂からあがる。
新品のような真っ白でふわふわなタオルで体をふき取ってから、用意をしてくれていた服に着替えるとサイズがピッタリでとても動きやすい。パジャマなのにこのまま運動をしようと思えば、簡単にサッカーぐらいならできてしまうレベルだ。
そのままお風呂から歩いてリビングへ戻ると、部屋は暗かったが隅っこでパソコンの光が微かに部屋を照らしていた。その前には初が座っていて何やら熱中しているが、遠くてよく見えなかった。
時計を見ると既に2時を過ぎていて、いつもなら寝ている時間である。早く寝ようと思ったがこのタイミングで自分の寝る部屋がないことに気がつく。このまま倒れ込んでしまいたかったがなんとか踏みとどまり、眠気を堪えて初に寝場所を聞いてみる。
「初さん! 俺って今日どこで寝ればいいんですか?」
慌てていた事と少し離れていた事もあって、声が無意識に大きくなってしまった。初はその声にビックリしたように反応すると少し不機嫌そうな顔で迅に向かって話し始める。
「いいか、俺の能力は『適材適所』。自分と相手が味方だと認めあって初めて発動する。」
いきなり能力の説明を始めて戸惑う迅をよそに、初は話し続けている。
「そして味方の能力を瞬時に判断し、適性のある場所や相性の良い敵が誰なのかを味方の中から選別できる。俺らは仲間……だよな?」
仲間発言をされて舞い上がりそうになる迅。寝るだけだったがその事に興奮し眠気も吹き飛び、勢いよく首を縦に振って仲間であるアピールを最大限にする。
「仲間だと思ってます! よろしくお願いします!!」
「そうかよかった。これで俺とお前は仲間ってことだ。そして、お前の適所はこの床だ」
「え、冗談ですよね? 俺ほんとにここで寝るんですか……?あはは…」
笑えない冗談とはこの事か……と思ったが初は本気らしい。言いたいことを言い終えるとパソコンに戻ってチカチカと何かやっている。
ただ、能力を教えてくれたと言うことは完全に警戒されているわけでもないのかな? と、ポジティブに、考えてみたりもする。
仕方がなくリビングのソファに寝っ転がりながら目をつぶっていると、一枚のタオルがパソコンの方から放り投げられてくる。それだけの事だったが少し嬉しくなってそのまま眠りについた。
「おい起きろ。いつまで寝てんだ」
初の声で目を開けると、顔の上には王と初の姿が見えた。
起きたくない……と思いながらタオルを引っ張って顔にうずめると、初は無理やり引き剥がして起こしにくる。
「早く起きろ。お前はただの居候じゃねぇんだぞ」
「……! おはようございます!」
「次起きなかったら蹴りいれるからな」
その声で完全に目が覚め、タオルを放り投げ、姿勢正しく起き上がる。
この口調も恐らく本気で言ってるのだろう。明日からはしっかりと起きなければと肝に命じておく。
「まぁまぁ、まだ6時だし、ゆっくりしたい気は分かるだろ?」
「リーダーはなんでコイツに甘々なんだよ。俺は早く依頼を終わらせたい派なの」
「依頼ってなんですか……?」
「今日の依頼は、個人の能力者の討伐だよ。僕らからしたら簡単な依頼だね」
討伐ってことは戦うってことだろう。こんな当たり前のことは聞くに聞けないが、やはり命を懸けて戦うのだろうか……
「相手は一人だし、最悪ボコボコにされるくらいで済むと思うよ」
ボコボコで済むと軽々しく言う王とは反対に、迅の心の中はげっそりとしている。生まれてからまともに殴りあったことすらないのに、いきなり殴りあうだなんて……出来れば痛い思いはしたくない。
初のことを横目で見てみるが、学校で授業を聞く生徒のように、何も考えずにぼーっとしているようだ。
「迅は心配しなくていい。今回はフォローに入ってもらうし、この後模擬戦闘も沢山するから。だから安心して」
優しく王はそう言うが、いずれ戦わなきゃ行けない事実にあまり安心はできない。
その話の隣で初は既に戦う為の準備運動を始めていた。
「じゃあ、迅の準備が終わったら行こうか。場所はすぐ近くで危険度も高くないから大丈夫だよ」
そう言いながらキッチンへ向かう王と、それについて行く初。しばらくすると何かを焼く音などが聞こえてくる。
「迅、早く着替えておけよ。お前の部屋は2階の突き当たりの部屋だからな」
初はそれだけ言って、配膳の準備を進めていく。
迅は言われたとおりの部屋へ向かい、ドアを開けると部屋にはベッドや机などの家具が揃っていて、孤児院の時とは全然違うことに感動する。
クローゼットやタンスをひとつずつ開けていくと、大量の私服が仕舞われていて、何を着ようか迷ってしまうが、これから戦うのに動きずらい服は絶対にナンセンスだ。
服を選んでから直ぐに着替えてリビングに戻ると、テーブルの上にはご飯が用意されていて、初も王も座って待っていた。
「着替えるの遅せぇよ」
「すみません……」
「いいから早く食べるぞ」
箸を持ちながら待っていた初に怒られてから、食事が始まる。初めは咀嚼音だけが聞こえてきていたが、不意に初から話しかけられる。
「お前は今までどんな生活を送ってきたんだよ」
食器と箸がぶつかる音が部屋に響く。話しているのに妙に静かに感じる。
「どんなって…食事は今より質素でしたし、服は2着くらいしか持っていませんでしたし……朝は9時くらいまで寝てました」
さっき起こされた事の嫌味を言うみたいに、昔ら寝られていた事のアピールをする。
「朝寝てたって意味ねぇだろ。これからそんなに寝られないからな」
「分かってますよ…初さんはここに来る前どんな暮らしだったんですか?」
それを聞くと初の肩が一瞬ビクつき、すぐに冷静さを取り戻した。
「別に……普通だったよ」
少し暗い口調で言われ、それ以上何も話せなくなってしまった空間は食事と時間だけが進んでいった。
「初と迅。そろそろご飯も終わった? 無理する必要はない、最終的に勝てればそれでいいんだ。それじゃあ行こうか」
王は気合いを入れて家の扉を開けていく。ドアから光が入り込み、それを照らす王の後ろ姿はとても神々しかった。
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