「王」
手を握った後王は真剣な顔つきになる。その顔は、真面目な話をする前の雰囲気だと伝わり、迅も気を引き締めて王の顔を見る。
王は握っていた手を離すと回れ右をして、街の方へとゆっくり歩き出していく。それを追いかけるように隣を歩くと王が話し始める。周りは静かで、王と迅の声だけが街の中に響き出す。
「迅、君が何故僕に攫われたか分かるかい?」
攫われた。という表現に違和感を覚える。元々孤児院から追い出されていて、行く宛のなかった自分を救ってくれたとさえ思っている。強いて言うなら今から知らない場所に行くことだけが攫われたという表現に当てはまるかもしれない。
そして、質問の答えは簡単だ。
「俺に変な力が宿っているから……。」
迅にとって、この力は恵まれているものではなかった。これのせいで、ほとんどの人が意識せずに受けられるはずの日常を、天からの悪戯によって奪われてしまったのだ。
しかしその悪戯は、ほとんどの人が受けられるはずの日常とは別の日常と、非日常を与えてくれる事になるかもしれない。
「まぁ、その力も欲しいけど……それ以上に迅がとても良い人に見えたから。だから僕らのチームに入ってほしいんだ」
「チーム……?」
「そう、僕はひとつのチームを持っていて、このチームはひとつの目標に向かって活動をしています」
「なにをするチームなんですか?」
「んー、その質問より前に、迅に宿っている力について話してあげるよ。その方がわかりやすいと思うから」
歩きながら話を続け、街の外れから住宅街の方へ入っていく。夜中ということもあり家から明かりは見えず、声が無意識に小さくなっていく。
「迅や僕らに与えられた能力は一部の間では『四字熟語』と呼ばれています。この『四字熟語』は一部の人間が突発的に開花させた力で、『四字熟語』を使うために発生しているエネルギーを『言霊』といいます」
四字熟語と言霊。一度にふたつの用語が並べられて一瞬混乱もしたが、自分で言うところの雷と風を扱う力が四字熟語で、それを使うためのエネルギーが言霊と呼ばれているのだと解釈する。
「そしてこの力は能力者であれば基本的にいつでも使えることができ、鍛錬すればより高密度に扱えるようになります。だから迅も特訓すれば技らしい技が使えるようになるよ」
そう言われて少し恥ずかしくなる。さっきの攻撃は能力者からしたら下の下と言うことだ。王はニコニコしているが、あまり弱すぎるといつか見放されてしまうかもしれないと焦りを感じる。
「……そして、何故四字熟語と呼ばれているかなんだけど。どうしてだと思う?」
王は、なぞなぞをして遊ぶ子供のように質問を投げかける。
しかし唐突に、どうして? と聞かれても咄嗟に答えは出てこない。しばらくの間無言が続くと、迅の中でひとつの答えが組み立てられ、当たっているか分からないまま王に答える。
「能力名が四字熟語だから……?」
「正解。単純だけど辞書に載っていたりする四字熟語になぞらえて能力名が決まっている。そしてその能力名と能力の詳細を知るための道具があるんだ。これに触れてみてほしい」
そう言いながら一旦立ち止まり、ポケットをゴソゴソと漁ると1枚の紙切れが出される。どこからどう見てもただの紙切れで、強いて言うならば少し厚紙なことしか特徴が挙げられない。
差し出された紙の隅っこを人差し指と親指で摘むと紙一面に大量の文字が写しだされ、なにかの文が書かれていく。
迅は手を離すと、王はその紙を自分の顔の前まで持っていき、書かれている文を読み上げていった。
「えーっと……能力名、疾風迅雷。
「そうですね……」
迅はうわの空で返事をする。
疾風迅雷。名前の響きがカッコイイ。四字熟語なんて数え切れないほどあるが、これは当たりなのではないか? そして能力だって派手である。もしかしたらこの力を使ってスーパーヒーローになれるのかもしれないと思い想像を膨らませる。
「そして、この紙の情報は大元の辞典に記憶されて四字熟語の情報が集まっていくんだよ」
うわの空で聞いていた話をもう一度頭の中で整理し、次はしっかりと王の話を聞く。そして、能力のデータが大量にあることを理解する。
「ってことは、王さんの家に帰れば色々な能力が記憶されてるってこと?」
「そゆこと! そして本題に入るんだけど、僕らのチーム目標は『全知全能』を見つけることだね」
「『全知全能』ってことは……なんでも願いを叶えられるの?」
王は、少年が夢を追いかけているような真っ直ぐな目で話し、それを見て迅も釣られて楽しくなってくる。
「能力だから自分で叶えたいことを全てできるわけじゃないけど、かなり色々なことが出来ると思う。僕はそれを使って世界平和を成し遂げたいんだ。」
「それ、すごくいいですね! 俺らが迫害されないように生きていけるように頑張らないと……!」
王の夢は、夢のまた夢かもしれないけれどこの人ならできそうな気がすると感じる。ついさっき会ったばかりだが、そう思わせてくれる雰囲気がとても心地よかった。
話しながら歩いているとひとつの家にたどり着いた。三階建てで庭付き。孤児院にいたせいで一般的な知識に偏りはあるが、さっきの住宅街から比較するに、この家はかなり大きいだろう。
「ここが王さんの家?」
「うん。ようこそ、僕らのチームへ」
王さんはポケットから家の鍵を取り出すと慣れた手つきで鍵を開け、ガチャリとドアを引く。
ドアを開くと木の香りが全身が安心感に包まれる。オレンジっぽい光で家の中は照らされていて、それもさらに安心と落ち着きを与えてくれる。
王に促されると靴を脱ぎ、廊下へと入っていく。
「おじゃましまーす……」
「ただいま!」
王と迅は同時に挨拶すると、奥の方から一人の男の子の声が聞こえてくる。
「おかえり、リーダー」
「ただいま。他のみんなは?」
「みんなさっき出かけていったよ。呑気でいいよな〜」
王の見た目は大学生だが、王と話している男の子は高校生くらいの見た目をしている。タメ語で話しているのに違和感を覚えたし、それを見ているだけの自分は除け者のような気がして恥ずかしくなる。
「あ、そう言えばコイツが新メンバー? なんか頼りなさそうだな」
同年代に頼りなさそうと言われて少し腹が立つ。それと同時に自分は精神的に弱いのだと実感する。
「初めまして。迅です。これからよろしくお願いします。」
「紀伊(きい) 初(はじめ)。よろしくするつもりは無いからそこんとこよろしく。あと、俺のことは苗字で絶対呼ぶなよ」
初と名乗る男の子はどう見ても高校生で、言ったら悪いが生意気に見える。初は挨拶だけすると部屋の奥のパソコンに向かい、ヘッドホンをしていじり始める。
「あんなやつだけど、初対面だから緊張してるだけだからさ、すぐに仲良くなれるよ」
「は…はい。大丈夫です。ちなみに初さんっていくつなんですか?」
これだけは何となく知っておきたかった。別にそこまで興味があるわけではなかったが、本当に何となくというやつだ。
「初は確か…17だったかな。去年僕が勧誘したんだけど、他のメンバーと同じくらい働いてくれるよ」
「17って…俺と2個しか変わらないんですね…」
迅の予想通り初は高校生だった。そして、歳が近いので迅と初で一緒に行動してもらうことも多いと言われ、少し気分が落ちる。
ただ、新しい環境での生活は楽しみで仕方がなかった。他にたくさんの仲間ができると思うと夜も寝れないかもしれない。
「これからは僕らの仲間だ。色々なことがあるけど、これから改めてよろしく。向こうの突き当たりがお風呂だから入っておいで。それじゃおやすみ」
おやすみ。という単語ひとつで心が温かくなる。それに喜び、迅もとびっきりの笑顔で王に挨拶を返す。
「おやすみなさい!」
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