第36話 友美と裕次


 待ち合わせをする裕次ゆうじは寺町御池の交差点付近から出て来る友美を見つけて車を前に移動させた。友美が乗り込むと車は走り出した。

「待った?」

「ちょっとね。それにしても相変わらずのボロ車ね」

「遅れてきてすぐに車をけなすか。これでも掘り出し物の中古車だからエンジンは頑丈に出来てるから心配ないよ」

「エンジンよりブレーキの方が心配よ。ちゃんと止まるんでしょうね」

「走ってからそんなこと言われてもどうしょうもないよ」

 二人は軽快に冗談を飛ばし合った。

「それもそうね。ところでお義兄さんにちゃんと訊いてくれた?」

「それが……」 

 軽快な裕次の口が止まった。

「それがどうなのよ、ハッキリ言いなさい」

「それが聞き出せなかった」

「ドジ。もう何日待ったと思ってんの」

「課長は口が堅いんだよなぁ」

「お義兄さんはよく喋る人よ」

「確かに面倒見はいいんだが。でも肝心な事は言葉を濁したり、はぐらかしたりするんだ」

「そうか……」

 友美は暫く考え込んだ。沈黙する友美を見て裕次はその話は済んだと思った。

「トモちゃん何処へドライブしょう」

「暫くこのまま走って」

 そう言ったまま友美は黙って仕舞った。気に入らない事はすぐ口に出す彼女が何も言わない。これは機嫌が良いと判断した裕次は軽快に車を走らせた。

 いったいあの二人はどうなっているのだろう? それに北村さんと云う人が加わった。やっぱり私が直接訊くしかないか。

「裕次くん、ドライブ取りやめ」

「ハァ」

 裕次は口を開けたまま友美を見た。

「そんな馬鹿面してないでお義兄さんの家へ行って」

「行ってどうすんの?」

「裕次くん、あなたが訊けなければあたしが訊くわ」

 よく考えればこんな込み入った事を部下の裕次に話す訳がないか。ならば今日は義兄の家まで送ってもらうことにした。ドライブを約束してそのまま 帰って貰うのは気の毒と思い、あたしのおごりで途中ふたりで夕食をしてから正幸の家まで行く事にした。車はファミリーレストランに入った。

「さあ裕次くん、好きなのを頼んで」

 テーブル席には簡単なランチ定食が並んだ。友美は遠慮しなくて良いのにと言ったが。裕次は後で倍返しが怖いと茶化して食べ出した。

「トモちゃんに奢って貰うなんて何十年振りだろうね」

「そんなに付き合ってないわよ。それに大袈裟ね。それだけ今日のデートのすっぽかしは心苦しく思ってんのよ。それよりお義兄さんから何処まで訊いたの?」

 食べながら話す裕次の説明で正幸と北村の学生時代までの交友は解った。

姉が正幸と挨拶意外に親しく喋れる様になったのは四回生になってからだった。それまでは北村は会わせなかった。たまに一緒の時に出会すと北村はサッサと正幸を帰していた。

「恋人に親友を四年近くも黙っているなんて北村さんってなんていう人なの」

 しかも卒業した年には二人で登山に行っている。それが破局の前なのも気になっていた。

「でも課長は北村さんの事をそんなに悪くは思っていませんよ」

裕次は皿に盛られたライスをスプーンで掻き込んでいた。

「祐次くん、お腹空いてたの ? それとも私が急いでいるから」

「両方でーす」

 友美は呆れたがとにかく食事だけは落ち着かせた。

「あたしもさっきまで北村さんとお姉ちゃんと一緒に居たけど。凄いのよベーリング海って知ってる?」

「アラスカとカムチャッカとアリューシャン列島の間にある北の海だけど冬は荒れるし夏は霧に覆われてかなりやばい海らしいですよ」

「裕次くん、良く知ってるのね、その海で北村さんって漁船に乗っていたのよ」

「それはマジですか。海の男って格好いいですね」

「それが目の前にしてるとそんなイメージじゃないのよ。ただ漁船の苦労話を淡々と語るんだから」

「寡黙な男。それも格好良いじゃないですか」

 こいつにはどう話せばいいのか友美は思案した。しかしそれが裕次の笑える良さでもあると聞き流した。でもこの調子でも良いけれど。お義兄さんにあたしが知り得た北村のことを話してくれたのかしら。

「北村さんの事を黙って聞いてた課長は辛そうだったよ。だから言ってるこっちまで落ち込みそうだったけどめげずに言った。あれは北村さんって云う人をかなり心配してるんじゃないかと勝手に考えたりしながら説明を聞いた。さぞかし昔は厚い友情を交わしていたんだろうね、そうでなけゃあ一緒に登山なんてできっこないっすよ」

 しかし直らない。食べるか喋るかどちらかにしてって云いたくなるほど裕次の口は活溌に動いていた。

「いったいどうなってンの。支離滅裂って感じね」

 お姉さんから受けた義兄の印象とは違っていた。

「どうしてトモちゃんは男の友情ってものが解んねぇかなぁ」

「裕次くんは昔のお姉さんとの関係を知らないからそんな事が言えるんよ」

「北村さんって課長の奥さんとどういう関係?」

「もういいわ、食事も終わったことだし、早く行きましょう」

 裕次は慌てて食後のコーヒーを流し込む様に飲んで仕舞った。

 友美は時計を見ながら姉がとっくに帰っている時間だと確信して裕次の車で正幸の自宅に向かった。それでも裕次はこんなアッシー代わりのドライブでも愉しんでハンドルを操作していた。それが却って友美には胸に堪えたが、調子に乗るタイプである裕次の為にここは耐えて無表情を装った。

 姉と末っ子の友美以外には次女と兄が二人居た。姉は下の兄と仲が良かった。姉からすれば弟になる人と北村は雰囲気が似ていた。私にすればその下の兄も北村もさすらう癖があり、二人とも家庭的じゃなかった。そこが正幸とは違っていた。

 尋常じゃない姉は私と違って下の兄や北村の様な難しい人ばかりを選んで仕舞った。だから正幸と結婚しても家庭に収まらずそのままストレートに生きるから主婦としてのひずみをまともに受けてしまっていた。その歪みが溜まると姉はとんでもない行動する。

 今日は笑って送ってくれる裕次には救われた。涙が出るほど嬉しいのを押し殺してただひと言『ありがとう』と云って帰らせてしまった。あの後ろ姿を見ると思わず裕次を思い切り抱きしめたくなって来るが、姉夫婦との真剣勝負を前にしては無理でそのまま見送った。



    

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