第21話 堀川綾子は裕子と京都へ2

  新たな作品作りに一役買って貰うのよ。それであの人が復活出来たらこれでその佐恵子の鼻を明かせるし、それを考えると凄く有頂天になってくる。その気分を裕子にも分けてやりたいぐらい胸がワクワクしてきた。

 だいたいこの前のギャラリーの受付で見たあの女の澄ました顔にひと泡吹かせたら、これほど愉しい事はなかった。裕子も他人事じゃ無いみたいに身を乗り出して笑ってくれた。

 柔道には技を持ってその技を制するだが、堀川の場合は礼を欠いてただ手段を選ばず突き進むだけだった。ただし究極の愛に礼は介在しない、当事者以外の全てを排除する、その為には関わる人々の気持ちをも利用するならばこれも正論に成り得た。ここで神の説く【愛は寛容なり】は恋愛中の当事者達には通じない。

「でも今更会っても進展するかしら」

「別れて十七年経って急に訪ねて来る。これは余程の心境の変化があったからでしょう」

「どんな変化なの?」

「だからそれをこれから確かめるのよ」

それを聴いた裕子は面白がってそこにスキャンダルはないかと興味を持った。

 そこで二人は途中から佐恵子と云う女性が居るらしい北山のブティック探索に変更してしまった。


 飛ぶように過ぎる景色に想いを寄せて電車は終点の出町柳に着いた。そこから二人はタクシーで北山通りに向かい賀茂川辺りで降りて散策を始めた。

無茶苦茶な様に見えても傍目にも一本筋が通った理路整然と説く筋金入りの女だと聴かされている。そんな相手に対してただ闇雲に問うても言い負かされる。

 散策は二の次で二人は賀茂川の土手を歩きながら佐恵子を見つけたら北村の事をどう問い詰めるか考えていた。適当に構想をまとめるて小綺麗な店が点在する北山道りに入った。

「狭山さんの話だと北村さんはその篠原って言う男と穂高連峰を縦走して帰ってから北村さんは塞ぎ込むと云うか何か打ち解けにくい物を佐恵子さんが感じ取ったらしいけれど原因は判らなかった。それもそのはず彼は篠原との約束をかたくなに守ってるんですもん」

「約束って?」

 何でも男の約束だそうだけれど昔の話だからもう時効だと云って喋ったらしい。

「稜線の尾根に座り込んで休憩していた所を突き落とされそうになったと狭山さんから聴かされた」

 そんな肝心な事を職場での昼休みにおもむろに言われた。

「北村さんは綾子でなく、なんでそんな大事な事を狭山さんには喋るんだろうね」

「私は気を惹く対象であって同情を引く対象じゃあないのよ」 

「そう云う気遣いをする人か北村さんっていう人は、誤解されやすいタイプなんだ」 

「そう、だから彼女は北村さんの塞ぎ込みが篠原と実家へ行った時と雰囲気が似ていると感じた。あの時はすぐに北村さんは想いの全てを佐恵子さんにぶっつけて関係がこじれ掛けた。その再現に似た物を彼女が感じ取ったと云っていた」

 ーーだけど今度はその男の約束に北村さんが変に拘ったから。彼女はこんな事が二度あるような人とはと思ったらしい、この辺りは全て北村さんの憶測に過ぎないけれど。

「綾子の話では狭山さんと北村さんがごっちゃになって居てるけどそれって全ての出所は北村さんなのに綾子には話の内容を分けているのは彼の偏った思いやりから来ているのね」

「過去のそう云うスッキリしないものをハッキリしたいから彼女に会う気になった。そこで彼に問われても聞いていなかったって言えるでしょう。実際に訊いてないんだから」

 だが二人には過去の"あの"話はなかった、いやそんな雰囲気には遠かったと狭山さんから聴かされた。その狭山さんでもあの女の店は北山通りに在るブティックと云うだけしか聞いていなかった。

 店名は判らず、場所も大雑把だった。二人はそんな雰囲気の店が軒を連ねる辺りへ踏み込んだ。が結構そう云うイメージの店ばかりが目立つ通りだった。

「これじゃあ絞りきれないわね」

「北村さんは店の名前は狭山さんにも教えなかったのかしら?」

「本当かしら? 狭山さんってまだ隠していることがあるんじゃないの」

「狭山さんに関してはそれは間違いない、北村さんよりまともな人だから」

「それは云えてる。確かに北村さん、あの人まともじゃないわね」

 二人は小綺麗な店を見つけては店内を物色してまた次の店へ移動して行った。

 途中の横道から二人連れ高校生の女の子が二人の前に出て来てそのまま前を歩いて行った。もう一人の女の子がかおりと呼んでいた。確か狭山さんからかおりと云う高校生ぐらいの女の子が居ると聴いていた。

「あの子ひょっとして佐恵子の子供かも知れない」

 二人は女の子の後を付いていくと一軒のブティックで友達と別れて店に入った。

「かおり店に来ちゃダメよ」

 奥から声が聞こえた。二人はそっと店の中を見た。あの展示会場で見た女がそこに居た。

「あの人だ」

 佐恵子は中年女性の顧客とおぼしき人とソツなく渡り合っていた。

 彼女は仕事がらとは云え、その人当たりの良い言葉と表情には圧倒された。

「どうする」

 裕子の問いに綾子は躊躇した。

 ただ商品の前に立っただけなのに色々と好みを聴いて来る店員には辟易させられた。がこの人なら黙っていても気に入った物を見つけてくれそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。

「どう思う」

「綾子とは正反対の人みたい」

 どうせあたしは不釣り合いよと一瞬眉を寄せて裕子を見た。

「入りましょう真実も正義もひとつよ、ここまで来て引き下がれない」

裕子の一言が綾子のクソ度胸を誘発させた。

「真実はひとつだけど正義はそれぞれの胸の中に鎮座していると想うけど……」

 と一寸だけど綾子を害した事で急に決断した彼女を見て今度は裕子がためらった。

「裕子の言葉はまどろっこしー」

 それぞれの正義を認めていたら大道に付けない。それでは前へ進めない。

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