第106話 胎生、そして誕生

初夏が近づく前に起こる春の嵐、暖かい空気が強風と雨雲を呼び吹き荒れる。


今年は例年に比べても、強烈なストームとなっていた。


厚い黒雲に覆われた王都上空は、陽射しが遮られ昼間なのに暗闇の中に放り

込まれたような状況だった。


商店街では人々が声をあげていた......。

「如何したんだろうな...、こんな事は今まで一度もなかったのに」


住宅街でも......。

「ねぇ、悪い悪魔でもやって来るの。 お母さん!」


王都内では、市民たちが不安な時を過ごしていた。



王城内、地下牢......。


ウガッ...グガッ...ウゴッ


外の天気の様に、闇の中から蠢きだしてくるような咆哮が地下牢のフロアに

響いていた。


「おい、何か不気味な声がしないか?」


「いやぁ、俺には聞こえないぞ。 あれだ、外の強風が共鳴して聞こえている

んだろうよ」


「そうか...、なんか薄気味悪いよ。 早く勤務交代の時間にならないかな」


一つ上の階で、地下牢への階段の前で警備している騎士団の団員達にはこと

の重大さは伝わっていなかった。


地方遠征から急遽呼び戻した団員達には、前回王城で起きた事件を経験した

者が一人も居なかったのだ。



深夜2時......。


闇商人によって第2王子に埋め込まれた魔石が負の感情の増幅によって覚醒し

いよいよ胎生を始めた。


そう、これから強力なグールの個体へと生まれ変わるのだ。



地下牢入口の騎士団詰所......。


「おい、そろそろ交代の時間だろう」


「あぁ、そうだな。 行くか」


地下一階へと向かう2人の団員達。


直ぐに地下で合流したはずなのだが、誰一人詰所へと戻って来る者は居なかった。



「団長~!」


「如何したんだ、大声で副団長」


「定時連絡が入りません。 いかが致しますか?」


「詰所には誰がいたんだ」


「地方遠征から呼び戻した団員達4名です」


「そうか。 これは何か、拙いことが起こったようだな」


オスカー団長は副団長を伴って地下牢詰所の方へと急いだ、途中の他の団員達の

居室に寄って精鋭の団員に声を掛けていく。


精鋭の団員達は、オスカー団長の指示に従って速やかに行動を開始した。



そして、オスカー団長達が地下入口の地下牢詰所に到着したと同時に、地下牢に

通じる階段下から誕生したばかりのグールが飛び出してきた。



そのグールの手には、無残な姿となった団員達の頭骨が握られていたのだった。



「くそっ、こんな時に......。」


いまの外の天候では、外部からの助力は直ぐには期待が出来そうも無かった。


「副団長、ジェノバ王の所へ急いで報告に向かってくれ」


「えっ、団長が行かないんですか?」


「この個体は、お前じゃ無理だ。

俺が何とか抑えて置くから、ギルドの方へも連絡を頼む。 いいな、行けっ‼」


「はい」


副団長はオスカー団長の指示に従って駆け出した。

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