弱虫みそじがーる
花咲叶絵
第1話 誕生日
チクタク、チクタク
チクタク、チクタク
あと数分で30歳になる。
優里は奮発して買ったおろし立てのシルクのオフホワイトのパジャマを身に纏い、
ベッドの上で胡座をかいて時計と睨めっこしながらその時を待ち構えていた。
自分への誕生日プレゼントと言う口実で買ったパジャマで、今日着ようと決めていたのだ。
最近読んだ雑誌に載っていた、「上質なシルクで寝る、上質な女性」というフレーズにとても心惹かれて買う事にしたシルクのパジャマだった。
そんな神聖なシルクのパジャマを身につけてその時に備えた。
そして、その時はやって来た。
壁に掛かった時計の針が3つ揃って12を指した。
「ハッピーバースデー」
自分自身に小さく呟く。
と、同時に。
..ピロンピロン..
携帯のラインの受信音が鳴る。
何人かの友人は毎年決まって12時ちょうどに連絡をくれるのだ。
その中の1人の女友達である佳奈子が今夜はお祝いをしてくれるとの事だ。
そういう友人が居るのは有り難いことだ。
今年はやけにそれが身に染みる。
「三十路...。」
ため息混じりにそう呟く。
三十路...
頭の中で反復するこの言葉が、何となく自分を弱くする気がした。
こんな筈ではなかったのに...。
そんな想いが脳裏をよぎる。
20台半ばから、つい去年までは日付が変わる瞬間は裕太と過ごしていた。
彼と付き合っていた頃、具体的な話こそ出てはいなかったけれど、当然のように将来一緒に歳を重ねていくという想像を2人膨らませる会話を日常的にしていた。
30までには裕太と結婚したい..優里の中では裕太と過ごす日々の中で漠然とそう思い描いていた。
でも今年のこの日、裕太はここに居ない。
風の噂で彼は、今の彼女と結婚する事になったと聞いた。
どうゆう風の吹き回しだ。
何がどうしてこうなったのだろう。
この思いに駆られる時は決まって、悲しみだとか怒りだとかもう色々な感情が怒涛のように押し寄せてきて、胸が締め付けられた。
別れて半年にもなるのに、未だに胸を締め付ける想いだった。
ああ、誕生日になって早々にこんな事考えたくなんてない。
何か楽しい事を考えよう..
そうだ、上質なシルクを身に纏って上質な女性として三十路を迎えたのだ。
そう自分に言い聞かせたけれど、どうにも胸が締め付けられて、息が苦しくなった。
その晩はなかなか寝付けなかった。
そして少しずつ意識がぼんやり曖昧になり深い夜の闇に落ちていった。
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