第21話 対策

 あぁ、この作品も終わり(未完)が近づいてまいりました……もうちょいで終わります。


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 痕跡も何も無い。それはつまり……。


 「転移系魔法による魔物の移動……ですか?」

 「考えられるとすれば、私の魔力感知をくぐり抜けるような魔法の使い手が、100体以上の魔物を一瞬で転移させたということになりますね」

 「正直に言って不可能に近いかと」

 「えぇ、私もそう思いますよ」


 自分で言っておきながら、カルルスは否定した。


 一応補足しておくと、転移系の魔法───基本的には『転移テレポート』が主な転移の魔法となるが、それを複数のものを対象に発動させること自体が高難易度となる。

 俺なんかは『転移テレポート』という単一の魔法で複数の対象を同時に転移させているが、通常複数の存在を対象とする時は『転移テレポート』の対象を、物から範囲へと拡大させた『空間転移エリアワープ』が基本となる。もちろん難易度は『転移テレポート』よりも格段に上だ。


 そもそも、元々そこにある存在を瞬間的に、移動の過程なく離れた場所に出現させることが魔法では難しい。

 炎を作るとか、雷を落とすとかとはまた次元が違うのだ。物を移動させるだけならまだしも、転移というのは基本的に、座標の正確な把握が必要になってくるのに加え、自分ではなく、生物相手となると、相手がこちらの魔法を受けいれているか、相手の魔法の技量を大幅に上回らなければそもそも発動できない。


 『転移テレポート』を使える者が、戦闘中に相手を好きな場所に移動させることが出来ないのは、その技量の差が足りないからだ。そうでなければ『転移テレポート』というのは凶悪無比な魔法となっていただろう。


 それだけ、難しい。俺がソティと共に余裕で長距離を移動しているのはまず異常なのだ。


 それが、ただでさえ魔法の練度が高い魔物相手に、100体を超えるともなれば……消費魔力も、必要とされる魔力操作技術も、跳ね上がる。

 跳ね上がる、というか、普通は無理に近い。それに加えて理事長に感知されないようにとなれば尚更。

 魔法は大規模なものほど魔力を多く使用し、感知が容易になる。だからこそ、それだけ大規模なものを理事長に感知されないようにということであれば、考えるまでもないであろう。


 「カルルス君は魔法の成績が全生徒の中でもトップクラスですが、君はどうですか?」

 「まず理事長の魔力感知をくぐり抜けるために意識を必要としますし、その条件ですと、十数体とかならともかく、流石に100体という数の魔物を転移させるのは、流石の自分も無理かと」

 「なるほど。マルコ君は?」

 「似たようなもんだ」


 思わず振り返りそうになったのは仕方ないと思いたい。マルコ、お前、割と魔法扱えたのな。

 少なくともその条件のもと、『転移テレポート』を使えること自体が結構な実力者である証だ。しかも時空魔法を使えるときた。


 俺の感覚では、そこまで魔法は使えないと思ってたんだが……上手く隠してたのかね。一応ギルドマスターぐらいまでの実力なら凡そで測れるはずなのだ。


 「となると、最も濃厚な考えは、君たちレベルの魔法技術を持った存在が複数人で犯行に及んだ、ということでしょう」

 「自分もそう思います。それで、場所の見当はついているのですか?」

 「そちらもまだ。現在、手の空いている職員を全員外に向けていますが、朗報と言える報告は届いていませんね」


 思った以上に手詰まりのようだ。理事長はため息をつくと、しかし、と続けた。


 「しかし、今までこんなことは無く、今年に起こったということは、ある程度相手の目的は絞れます」

 「……なるほど、勇者関連ですか」

 「恐らくは」


 理事長の言葉にすぐにカルルスはそれに思い至ったようで、理事長も頷く。


 今年に限ってそうなったとなれば、それはつまり勇者に関連したというのは予測できる。もちろん絶対とは言えないが、可能性としては十分に高いだろう。


 「勇者を狙う組織や人物は、無い訳ではありません。異世界からの召喚者である勇者を快く思わない、一種の人種差別を掲げる方々も居ますし、正義の体現者である勇者は、悪事を働く人にとっては邪魔な存在です」

 「ですが、相手は魔物を奪ってどうしようと?」

 「これは私の単純な推測ですが、もし勇者になんらかの害意をもっての行動だとすれば、目的は三つのどれかでしょう。勇者の殺害か、勇者の地位の失墜か、勇者自身の身柄か。何れにせよ、勇者が居る場所に魔物を仕向けるのは確かだと思います。そのため、現在の魔物の位置がつかめなくとも、勇者が居る場所を固めていれば───」

 「迎撃はできる、ということですか」

 「推測が正しければですがね」


 なるほどと納得したようカルルス含め他の者も頷くが、今のところSSSランクの魔物という脅威に不安になっているクラッドとサリアの表情が視界に入る。

 別に名前も今知ったし、一度も話したことのない相手であるが、その反応には同情する。


 それにしても、状況の理解はできたが、肝心の部分は未だ出ていない。まぁそれも、カルルスが聞いてくれそうなので口は噤む。


 「それで、自分達はどうすれば?」

 「何も。強いていえば、大会中は常に警戒をしておいて欲しいんです。君たちをこの場に呼んだのは、もしも不測の事態が起こった場合、クラスを纏めるのに君達が適任だと思ったからです」


 淡々と事実を述べた理事長は、次のカルルスの言葉を予期していたようだ。


 「───大会は、中止しないのですか?」

 「魔物が逃げ出したから大会を中止した、というのは冒険者を育成するこの学校ではなし難い事です。何より上位の貴族や王族の方も見に来るほどの大規模なものですからね……それに、私もまだ責任を問われたくはない。この学校の理事長の座は随分と居心地がいいですからね」

 「つまり、あわよくばもみ消すと?」

 「君たちもその方がいいとわかっているでしょう? 下手に騒ぎを起こせば、実力を示す機会は来年に持ち越しとなる。それならば、通常通り運営して、あくまで『予想出来なかった不測の事態の中、君達が華々しい活躍をした』という方が、王族の方にはもちろん、民衆や現役の冒険者の方にも覚えがいいでしょう」


 腹の中を隠すことも無く、むしろ開き直るように言ってはいるが、その実そうでも無い。

 理事長の言葉にカルルスやクラッド、そしてサリアは咎めるような態度を一瞬だけ取ったものの、最後の方の言葉に止まる。


 良くも悪くも、俺達は若い。幼いと言い換えてもいい。


 クラッドやサリアは、実力は上の下程度だと思われるが、それでもここに呼び出されている以上、クラスからの信頼はあるのだろう。また、この学校に来た背景も少なからず影響はある。


 唯一反応していないのはマルコだが、こいつは元々他人から認められようという、承認欲求が少なく見える。故に、理事長の言葉に良くも悪くも反応を示さない。


 そして俺は───もう承認欲求をこれでもかと充たしている。


 満たしていないその3人が、上手いことハマったわけだ。


 「……理事長も精錬潔白、という訳では無いらしい」

 「今回の不祥事はまだ学校内で済んでいます。警備の者の中には教師の方も居ましたし、戦犯と思われるのは嫌でしょう」

 「だから全員で必死になって探しているということですか。そして私達生徒に関しては、実力を見せつける機会で釣っている、と」

 「私はあくまで理事長で、この学校の教師でもあります。君達がどうしても嫌だと言うなら、生徒の意思を尊重し大人しく上に話を通して、SSSランク冒険者に救援を要請しましょう。その程度には弁えているつもりです」


 その言い方すらも、もはや煽りでしかない。SSSランク冒険者というのはそれこそ化け物揃いであり、この学校に呼んだ時点で活躍の機会は根こそぎ奪われると言ってもいいだろう。

 勝利の切符と言えるほど戦力差があるのかはわからないが、少なくとも、ギルドマスタークラスの力はあるはず。


 並大抵の魔物は一蹴できるらしいし、それをカルルスが望んでいないことは、すぐに分かる。


 「───必要ありません。私達で対処可能な範囲です」

 「そうですか? それは頼もしいです。では皆さん、もしもの時はよろしくお願いしますね」

 

 理事長が悪びれもなくそう言うと、カルルスは特別気にした様子もなく、優雅に一礼して部屋を退室する。異論はないのか、その後ろをクラッドとサリア、そしてマルコが続いた。


 去り際に、動く気のない俺達にまた視線が向いたが、それも一瞬。特に気に留めらることもなく扉が閉まった。


 「……それで、イブ君は何か、聞きたいことが?」

 「えぇ、肝心なところをまだ話してもらっていませんからね」

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