第16話 魔法の技量



今の俺がもし、一切の手加減なく、余すことなく全ての処理能力を駆使して魔法を使ったら一体どうなるのか。



 ふと、ルナやミレディ達の魔法練習に付き合っている時に、俺はそんなことを考えた。


 魔法使いのパラメータを大まかに分類すると、発動速度、威力、範囲、同時発動数とある。

 これらを総合して魔法使いの実力になる訳だが、俺の場合、当然のごとくどれもが振り切れている。比較できる対象など今のところ居ない。ランク付けするなら、最高評価の後ろに米印で『限界不明』もしくは『測定不能』と記さなければならないだろう。


 俺はそもそも、知力やスキルで魔法の効果が異常な程に底上げされているのはもちろん、純粋な魔力操作技術が高い。そのおかげかせいか、パラメータをどんなに封印していたところで、魔法で手加減するというのは変わらないのだ。

 魔力の最大値を少なくしたとしても、元々最小限の魔力しか使わない俺にとっては誤差の範囲。全て魔力で片付くほどに、俺の魔力操作技術は、自分で言うのもなんだが卓越している。


 ならばこそ、一切手加減なしで放った結果も少し気になるというものだ。普段抑えていても、初級魔法からして他の人と効果が段違いなのだから。

 それが、抑えなかったらどうなるのか。


 例えば、極寒の大地を生み出す『絶対零度アブソリュートゼロ』。

 例えば、全てを焼き尽くす『焼死地獄インフェルノ』。

 例えば、巨大なクレーターすら作り出す『大雷轟ギガボルト』。


 俺が放てる最上級魔法───つまり既存の全ての魔法を、意思の一つで、何十何百と、一切の予備動作を必要とせず発動する。恐らく一つ一つが、災厄と言えるほどの規模で、絶え間なく、何度でも。


 一切制限をしていない状態の俺の魔力量は凄まじいが、それに加えて魔法発動時の魔力の消耗も少なく、自然回復速度も早い。恐らくこの街にいる全員の魔力を合わせたところで、総量なら頑張れば匹敵するかもしれないが、回復も合わせてしまうと、何倍もの差が出る。


 魔力数万数十万というのは、俺は欠伸の間に回復してしまうのだ。その上消費魔力は、平均的な消費量のおよそ30%から10%辺りになる。それほどまでに俺の魔力は効率が良く、質が良い。


 だから、俺が魔力切れになるというのは、普通なら有り得ない。例え最上級魔法を惜しみなく使ったとしても。


 それを考えると、自身の力の限界を試すのは───海でもない限り不可能だろうな。


 「ご主人様ってやっぱりチートよねー」

 「努力の賜物だろうな」

 「そこは謙遜してよ!」


 いや、嫌味になるかと思って。


 ルナの発言に苦笑い。『こんなの全然だ』なんて言えば、流石に嫌味になるだろう。自分を過大評価するつもりは無いが、過小評価しても仕方ない。

 それに、パラメータやスキルはそこまで努力して手に入れた訳では無いため胸を張ることが出来ないのだが、魔力操作や純粋な技術力の方に関しては、れっきとした鍛錬の成果だ。


 元から才能はあっただろう。多少なりともスキルに支えられていた部分もあったはずだ。だがそれ以上に、魔法への知識を深め、自分なりに解釈や考察を行い、暇さえあれば魔力操作に没頭した。

 スキルを封印してからも、ギルドマスター相手に完封できるほど強くなった後も、それは変わっていない。

 

 「知ってるご主人様? 努力が続けられるのもまた、チートなの」

 「努力の才能があったんだろうな」

 「だから、謙遜してよ!」


 別に自分から努力自慢をしたい訳じゃないが、何事も継続ができるからこそ今の俺があるのだろう。

 例え他の誰かが俺と同じような才能、パラメータ、スキルを手に入れたとしても、俺は勝てる自信がある。


 「だがルナだって、こうして結構魔法が使えるようになってるじゃないか。それも努力の成果だろう」

 「それは、まぁそうなんだけど……ご主人様の隣にいると、霞んじゃうのよね……」


 諦めすら伴ってボソリと言う。うん、それはなんかスマン。


 だが本当に、ルナだって成長した。なんせ既に中級魔法を詠唱破棄で使えるようになるほどだ。


 全部の属性ではない。上級魔法もまだ扱えない。だが一般的に見れば中級魔法を扱えれば戦力には十分だ。


 魔法が使える者と、魔法使いの境界。それが中級魔法の会得だ。

 それを詠唱破棄で扱えるというのは、熟練した、とまでは言えないが、魔法使いと名乗るには十分だ。魔物を倒すにも戦力になる。


 ……どちらかと言うと、俺の周囲の人間が異常すぎるのだろう。あそこの育成機関は異常だし、拓磨達は勇者だし、クロエちゃんは英才教育を受ける王族だし。


 「そ、そういえば、ご主人様は、どうやって魔法を練習したんですか?」


 ふと、近くで上級魔法に着手していたミレディが、そんなことを聞いてきた。ルナよりもミレディの方が魔法の上達が早いのは事実で、若干ルナが悔しそうだが、ルナもルナで異常な速度であることを自覚して欲しい。


 なんせスペック的にこの世界の住人より圧倒的に優れている勇者だって、ずっと魔法に専念していた訳では無いとはいえ、1ヶ月で上級魔法を習得できたのは一握りだ。

 それと比べて、二週間ちょっとで中級魔法を詠唱破棄で発動できるというのは、勇者に匹敵する。


 手こずっているとはいえ、上級魔法にも届きそうなのだ。ミレディは確かに逸材だが、ルナも十分すぎる。


 ……っと、そう言えば俺のことだったな。


 「あ、そうよ。ご主人様だって最初は魔法を使ったこと無かったんでしょ? どうやってそんなに上手くなったのよ」

 

 ルナも興味津々。ソティは何も言わないが、気になるのだろうか。俺の腕を抱きながらこちらを見ている。


 なぁソティ、たまにルナの冷たい視線が刺さるの知ってるか? あ、知らない。そう。

 俺からしてるわけじゃないのに、いつだって蔑まれるのは男側なのだ。そこをどうにかするのもまた、器量なのだろうが。


 しかし、俺のことか。そうは言われてもなぁ……。


 「俺はなんというか色々特殊だからな。全属性を取得するのに数時間ぐらいで、無詠唱は一日か二日で会得したし、最上級魔法を使ったのは結構後だが、実際には一週間ぐらいで使えてたと思う」

 「いっしゅっ!?」

 

 驚愕。そりゃ、優秀すぎるミレディですら、まだ最上級魔法には手を出せていない。中級魔法から上級魔法もまた壁があるが、そこから最上級魔法を使えるようになるためには、才能が無ければ無理な領域。

 比較対象なんてものはない。俺の知る魔法使い達は全員が全員余裕で最上級魔法をぶっぱなしてくるやつなのだ。だがその過去を辿れば、恐らく最上級魔法を会得するのに時間がかかったはずだ。


 読んだことのある本の記述によれば、平均して数年。これはもちろん、会得できた場合だ。大抵は最上級魔法を得ることは出来ない。

 早ければ数ヶ月から一年ほどで覚えられるが、日頃の鍛錬、魔力の極めて精密な操作、そういった基礎を極めると言ったことが必要になってくるのが、最上級魔法だ。


 それを、魔法に触れて一週間。今述べた知識をミレディ達が知らなくても、手応えから難易度が高いことを理解しているはず。


 「参考にならんだろ」

 「う、うぅ、チート、チートよ……ミレディ、お願いだから人間の可能性を見せてちょうだい」

 「わ、私だって最上級魔法、なんて、まだ無理だよ……上級魔法だってまだ詠唱破棄出来てないのに……」

 「アタシなんかまだ中級魔法よ中級! ねーえーご主人様ぁ、手っ取り早く魔法を上手くする方法ない?」

 

 そんなことを言ってきたルナは、チラっ、チラっ……あざとく上目遣いである。幼い自分の容姿を上手く活かしているな。


 「ねっ! ミレディも、魔法使ってご主人様を手伝いたいわよね!」

 「う、うん、それは、そうだけど……」


 更にミレディも同意させている。物は言いようというか、また何とも、頷くしかないような聞き方をして。


 ところで、ソティよろしく反対側の腕に抱きつくのはいいのだが、こう、柔らかな感触は確かにあるのだが、それだけというのは……ソティの感触と比べてしまうのは仕方あるまい。まだ金光の方があるだろう。


 ついでに対抗するようにソティが密着度を増してきたのだが。おかしいな、精神統一で多少なりとも煩悩は払えたと思ったのだが、そんなことは無かったようだ。

 流石に妹よりも幼いルナに欲情することはないと思うので、これは反射的な思考だと思うが……。


 「魔法を手っ取り早くねぇ……」

 「レベル上げとか、実戦したりとか」

 

 確かにそうした方が早いのだろうが……。


 「手近なところに魔物が居ないんだ。近くの森は……この前根こそぎ狩り尽くしたし」

 「なんでよ!?」


 間が悪かったとしか。ナユタさんと掃討してしまったため、まだほとんど魔物は戻ってないだろう、恐らく。

 魔力があり一定の条件が揃うと発生する魔物だが、それでも異常が無い限りは数日で数が戻るなんて言うことにはならない。


 「ということで、まだしばらくは地道にってところだな。魔力操作頑張れ」

 「くぅぅ、強奪チートが欲しい!」

 「ろくなもんじゃないぞそんなの」


 スキルレベルが上がれば確かに強いだろう。敵を倒すだけで、もしくは何らかの条件を満たすだけで相手からスキルを奪えるのは確かに魅力的な能力だが、だがそれだけだ。

 この世界のスキルは強力で、基本的にスキルの有無は絶対的な差があり、スキルのレベルもまた、覆すことが難しい。


 だが、ここには一つ仮説がある。というのも、スキルのレベルというのは、目に見えない経験値によって上がるが、その経験値を得るために、人は何をやっているか。それはもちろん、鍛錬だろう。


 地道な鍛錬を繰り返してレベルが上がり、技術が高まる。この時、果たしてスキルレベルが上がったから技術が高まったのか、継続して行っていた鍛錬によって技術が高まったからスキルレベルが上がったのか分からないというところだ。


 卵が先か鶏が先か。この因果関係の内容によっては、たかが強奪チートでスキルを奪いレベルを上げたところで、普通のチート持ち共には勝てないだろう。

 スキルに補正効果があるのは事実だ。だが、前にも言ったが、元の技術力が高くなければ幾ら補正の倍率が高まったところでたかが知れているというものだ。


 そして、スキルの補正のみに頼った奴が、その状態から素の技術力を上げられるだろうか? スキルによって生半可な付け焼き刃をつけたやつが、そこから未知の領域である場所に手を届かせられるだろうか。

 理屈も理解出来ていない、感覚ですら分からない。ただスキルに身を任せて行うだけの奴にそんなことが出来るとは思えない。それは、武器術だろうが魔法だろうが変わらない。


 魔法のレベルをズルして10まで上げたとしても、しっかりと鍛えているレベル7ぐらいの魔法使いに負ける可能性すら十分にある。魔力操作というのは応用が効くが、故に魔法をスキルに任せて発動するだけでは大した効果は期待できない。


 結局は、強奪チートなんてものですら、努力が付き纏うのだ。チートチートとは言うが、絶対のものでは無い。


 もし強奪チートとやらを手に入れて、かつ努力家だったなら、それは何者にも劣らない実力を持った人物になり得る。素振りをし、鍛錬を行い、魔力操作の訓練を惜しまず、本を読み知識をつける。こんな相手が居たら、そりゃ勝てる者も少ない。


 だがそうでないなら、チートにかまけて怠けるような奴であれば、精々が優秀な器用貧乏がいい所だ。別にスキルを得たところで知識がつくわけでもないのだから。


 ……まぁ、強奪とまではいかないまでも、ユニークスキルが取れる【吸収アブソープション】や、留まるところを知らない成長チートを持った俺が言えたことではないが。


 「ご主人様は謙虚ね~。才能があって性格が良くて頭も良くてチートもあった上で努力家に謙虚とか、ホント………はぁ。どこの最強主人公よ……」

 「す、凄い……」


 褒められてはいるのだろう。褒められては。ぶつくさと悪態をつくようではあるが。

 ミレディから見ても俺は多分異常なのだろうな。言葉を無くす少女に俺は苦笑いしか向けられない。


 謙虚、謙虚か……俺の努力なんて、継続してるだけのものだ。辛くなければ、実りが少なくもない。どう頑張っても、今の俺に辛い努力は無理なのだ。


 だからもし、俺と同じように努力してる奴がいたら、そいつは俺よりも辛い。もし俺よりも楽な努力を知ってるやつがいたら教えてもらいたいぐらいだ。

 魔力が無くなるまで魔法を使って、体がおかしくならないギリギリまで補給する。ルナやミレディがやるこれだって、恐らく俺のやるどんな努力よりも辛い。いやまぁ、本人達はある程度は楽しんでいるだろうが。


 とはいえ、俺の努力というのは、その程度のものなのだ。ちょっと素振りして、ちょっと実戦を経るだけで、武器の使い方を覚え、足の運び方を理解し、有効的な活用を見出す。

 一度覚えた動きは、感覚は決して忘れることなく、魔法に至ってはイメージを記憶として蓄えた上で、瞬間的に思い出せるからこそ、魔法の発動に必要な時間を全て省くことができる。


 無詠唱とて、魔法をイメージするまでには時間がかかるし、後手に回ればイメージや魔法の選択が間に合わずに魔法が発動できない可能性もあるのだ。

 それすら、俺にはない。認識できた時点で、対抗魔法の選択からイメージ、魔力を操作した上での発動を常に最速で行えるのだ。


 そういうスキルがあるから、何も忘れることがないから、魔力操作が卓越しているから───。


 ムッとした顔でルナが見てくる。

 

 「ご主人様、謙遜のし過ぎは嫌味よ」

 「そんなつもりは無いんだが……」

 

 尚もあーだこーだと述べる俺に嫌気がさしたのだろう。呆れたように、ずいっと指を指しながらルナが言った。

 

 「大体、ご主人様の場合は努力を苦にしてないだけで、努力してない訳じゃないんだから、それでいいじゃない。中にはその努力すら出来ない人がいるんだから、相対的に周りの人間の評価を下げちゃダメよ」

 「……ご最もで」

 「あと、他の人がご主人様と同じようにしようとしたら、多分体壊れるわよ。それが出来るご主人様は、胸を張ってればいいじゃない」


 何とも、真っ当な意見だ。客観的評価というのを心がけていたつもりだが、ルナの言葉を聞くと全くもって出来ていなかったことがよくわかる。

 恐らくは、卑下しすぎなのだろう。慢心をしたくないあまりに、怠けたくないばかりに自分を下に見る。『分かってはいるが』という言葉を用いればいいと勘違いをしていた。


 きっと、自分に酔いたくないのだ。酔いたくないから、卑下する方へと向かった。同じ酔いには変わらないというのに。


 こればっかりは、ルナが歳上であると認識せざるを得ないだろう。自身を最も知るのは自分ではなく他者であり、俺もまたその域から出ていない。

 どれだけ冷静に客観的な視点から見たところで、有り体に言えばそれは主観。ルナは別にそこまで考えたわけじゃないだろうが、ピシャリと指摘する様は子供ではない。


 「……まぁ、自分から言うのはあまりだが」

 「謙遜するのもいいけど、自分のことも認めなくちゃ。努力は~なんて言っても結局のところ認められてないんだから、ご主人様もまだまだ子供というか、悪い意味で達観しすぎというか」


 おい、分かったからもう言うな。わかったわかった、意味もなくやたらめったら卑下はしないから。


 「本当でしょうね? ご主人様が『俺は別にそんな』なんて言ってると、こっちが更に低い位置になっちゃうんだから。気をつけなさいよ。あ、だからって自慢しろってわけじゃないからね?」

 「分かってるさ。俺が悪かったルナ、謝るからそらそろ許してくれ」

 

 この通り、と頭を下げると、ようやくルナはため息をついて口を閉ざした。柄でもないな、なよなよとするなど。

 まぁだが、歳上の威厳というものも見せつけられたことだし、心機一転、心をポジティブなものへと変えるとしよう。




 「あ、その代わり、魔法の練習もうちょい深くまで手伝ってよ。ね、ご主人様?」

 「主人使いが荒いことで」

 「ミレディにもしっかり教えるのよ?」

 「分かってる」

 「それとパワーレベリング───」

 「それは後だ」

 「………」


 そのうちなそのうち。

 

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