夏の海旅行6

 次回からは第八章、しかも以前に言ったように未完に入ります。それが終わったらとうとう改稿版ですね。


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 微かに、脱衣所の方から音が聞こえてくる。


 『ねぇ、今男の人いるかな?』

 『ちょっと待って、今確認してくるから』


 少しくぐもっていたが、誰の声かはすぐにわかった。叶恵と美咲だ。場合によっては桃華さんもいるかもしれない。

 ガラガラと開く扉の音に金光は固まったが、俺はすぐに硬直から抜け出し、状況を把握、行動を起こした。


 とは言っても、冷静な判断が出来たわけじゃない。


 「金光、悪い!」

 「え、と、刀哉に───!?」


 むしろ、焦ったゆえの行動だった。


 パッと口を塞いで、俺は近くにあった岩、その影に金光を押し付けた。

 結構狭く、少し動けば入口の方から見えてしまうため、俺も金光に体を密着させる。


 「……あら?」


 入り込んできた美咲が、声を出した。湯に体を入れたまま動いたため、少し水面が揺らいでいたはずだ。


 『美咲ちゃーん、どう?』

 「あ、多分平気よ」

 

 しかし、どうやら疑問に至るほどではなかったらしい。脱衣所に居た叶恵の声に返事をして、ペタペタと歩く音が聞こえてくる。


 俺たちが居る角度的に、湯船に入って確認しなければ分からない程度。だがしかし、俺が少し動いて岩から外れれば、ある程度の場所からは見えてしまう。


 最初から堂々と姿を晒していれば、問題なかった。やましいことなど何も無いように振る舞えば、多少気まずくはなるだろうが、そこまでじゃなかっただろう。

 兄妹で一緒に、ということを引かれはすれ、美咲からは信頼を勝ち取ってきている。簡単に縁が切れることにならならいはずだが……。


 反射的に隠れてしまったことが、むしろ事態の悪化につながった。


 「と、刀哉にぃ……!」

 「金光すまん、今は俺の地位と名誉の存続がかかってるんだ」


 正確には、俺の容易な行動で意味もなくそれらを賭けることになってしまった。


 結果的に金光に密着することになってしまっていたが、不幸中の幸いと言うべきか、既に俺は金光の体を丸洗いしたあと。難易度的には一気にハードルがあがった訳でもない。


 ノーマルがハードになった程度には抑えられている。


 金光が驚いているが、俺は我慢してもらうことにした。


 「わっ、露天風呂なんだね」

 「従業員さんに聞いたら混浴は露天風呂って聞いてたから、是非入ってみたいと思ってたんだよね、やー二人とも付き合ってもらっちゃってごめんね」

 「私は全然構いません。それに、私も混浴には興味ありましたから、人がいないっていうなら入ってみたかったんです」

 「でも、やっくんが居たなら満更でもないでしょ?」

 「べ、別にそんなことありません」


 おうおう、ちょっと気になる反応を美咲がしたが、そんなことを気にする状況じゃない。


 問題は、どのぐらいの時間で美咲達が出ていくか。もしくは出て行けるようなタイミングが出来るか。


 「お前、着替えは置いてあるんじゃないのかっ?」

 「置いてあったよ。で、でも、ちょっと端の方だったし……」


 なるほど、運悪く目に入らなかったのか。


 幸運なのは、美咲達もそこまでしっかり入るつもりは無いということだ。「軽めに洗ってササッと入ろうか」という桃華さんの声が聞こえてきた。


 ……って、そう言えば今岩の向こうには裸の美咲が居るのか……。


 「っ、と、刀哉にぃ、今何考えたのっ?」

 「ん?」

 「こ、これ……ピクってなった……」


 マジか、完全に自制してたはずなのに。

 金光が赤い顔で抗議してくる。


 「いや、美咲が裸なのかって考えただけだ。許せ」

 「わ、私と密着してる状態で他の人に反応するなんて酷い……」

 

 スマン、それは本当にスマン。妹の目の前で誰かに反応するのは確かにダメだろう。


 体の位置的にタオル越しとはいえ当たっているのは仕方がないが、それを動かしてしまうのは宜しくない。


 ここに居るのは妹。俺、完全に自制しろ。

 金光からの信頼を落としてもアウトだぞ。


 ……何かが決定的に違う気がしたけれども、俺には分からない。


 「やぁ~、にしても、露天も気持ちいぃね。あっちとはまた違うや」

 「だね~。美咲ちゃんも早く~」

 「えぇ、ちょっと待ってね」


 チラッと、今度は美咲が視界に映る。タオルで上手く隠れていたが、それは気休めにしかならないだろう。

 この時間帯。さっきもそうだが、自制が効きにくい。


 しかし、どうやら向こうからは見えないようだ。視線が通っていないのではなく、こちらは暗いので、その関係だろう。


 「ひっ!? と、刀哉にぃ……」

 「……いやほんとスマン、ちょっと見えた」

 「と、刀哉にぃこんな簡単になるの!?」

 「今回が特別だ。時間帯も状況も悪すぎる」


 また当たったらしい金光が、非難の視線を浴びせてくる。いや、極力見ないようにするから、だから許してくれ。


 これはヤバイぞ。割と。


 「意外とぬるいのね……」

 「でもこのぐらいの方が入りやすいよ。お湯も綺麗だし、ゴミもほとんどないし」

 「でもそのせいでお湯の中まで見えちゃってるね……えいっ!」

 「きゃあっ!? と、桃華さん!?」


 バシャバシャと突然音が鳴る。ついで響いてくるのは、少し焦った声。


 「ほほう、やはり美咲ちゃん、叶恵より大きいね?」

 「でしょ~? 美咲ちゃんの方が大きいんだよね」

 「そ、そんなこと……それに、桃華さんの方が大きいですよ」

 「そりゃ私は大人だもん。叶恵は……これ以上は望み薄かな」

 「ちょっとぉ、私小さいわけじゃないよ?」


 ふむ……流れから何の話をしているかは分かったが、女子というのは本当にそんなことをするのか。

 ちなみに今俺の体に当たっている金光の胸は、まぁシンデレラサイズとまでは言わないまでも、結構小さい。中三の女子がどの程度の発育なのか俺はわからないが、体格から見ても小さいのは明らかだ。

 

 無意識に見てしまったのは仕方ない。


 「刀哉にぃ、こんな時にどこ見てるのっ……」

 

 自分の胸を見られていることに気づいた金光が、下からギュッと睨んでくる。


 小ぶりな胸だっていいと思います。いや、フォローとかじゃなくて。


 「ねぇ、やっぱ胸は大きくなりたいもんなの?」

 「え? わ、私は別に……今のままでいいです」

 「ふぅん……叶恵は?」

 「大きくなりたいよ?」

 「アハハ素直~。誰のために大きくなりたいのかな? お? お?」

 「だ、誰のためとかじゃないって! もぉ~」


 多分男が聞いちゃいけない話なんだろうが、これはこれで貴重な体験な気がする。

 こんな状況でも、思考の一部は平常心が働いているのだから、俺の並列思考とも呼べるこの思考能力には自分でも驚かされる。


 「……金光はどうだ?」

 「この状況で、それ聞く?」


 むしろ普段は積極的に言いそうなものだが、アクシデントには弱いのか、聞き返してくる金光。


 いや、俺も大部分は結構自制に割いてるんだ。気を紛らわす一言だと思ってくれ。

 このまま無言で耐え続けるのは俺も気まずいものがある。いくら妹とはいえ、いや妹相手だからこそ、裸で密着しているのは辛い。


 質問の内容が気まずさを和らげるものなのかというのは、無視する。


 「……刀哉にぃは、どう思う?」

 「うん?」

 「胸。大きい方が、好き?」


 おう、そうきたか。

 金光が、恥ずかしがりながらも上目遣いに見てくる。いやほんと、なんて答えたものか。


 何を言っても危ない質問が来たぞ。それでも俺は平常な思考だったらこう返すだろうと言うのを予測して、答える。


 「考えたことないな。大きすぎず小さすぎず……そう、叶恵ぐらいが一番理想じゃないか?」

 「……女の子の前で他の女の人の名前を出すのって、どうかと思う」

 「でも、お前は妹だ。とはいえ、そうだな……まぁ正直なところ、胸だけに関していえば、金光みたいのは結構好きだな」

 「……刀哉にぃ……?」


 おっと、今のは危ない発言だ。言ってからすぐに気づくし、金光の引いてるような、でも少しだけ期待してるような視線を流す。

 

 「変な誤解のないように。そういう意味じゃない」

 「どう頑張っても、『お前の体"だけ"は好みだ』って言われてるようにしか感じないよ……」


 むっ、それは確かに……それはそれで最低かつ卑猥な気が。妹相手ともなると倫理的な問題すら出てくる。

 

 「触り心地は好きだ」

 「取り繕えてないけど、いいのっ?」

 「まぁ別に構わん……どうした?」

 「し、下、タオルが擦れてぇ、変な感じ……」


 ちょっと俺が動いたせいで、またポジションが変わったのか。

 ……。


 「なぁ、胸から派生して、ちょっと聞いていいか?」

 「今? エッチな、こと?」

 「多分……普通こうやって擦れたぐらいで、そんな感じるもんなの?」

 「……えっ!?」


 ばっ!? 急に声出すな!

 慌てて金光の口を押さえる。


 岩の向こう側が一瞬だけ静かになった。


 「あれ、今なんか聞こえた?」

 「そう? 私は聞こえなかったわよ」

 「どうする? 誰かこっそり覗いてたり……」

 「や、やめてくださいよ、嫌です……」


 ……ギリギリ問題なかったようだ。

 こちらを探すような感じはなく、俺は安堵の息を吐いた。

 

 「金光、お前なぁ……」


 ゆっくりと金光の口から手を離す。今のは結構ヒヤリとしたぞ。

 

 しかし金光は俺の方に非があると思ったようだ。


 「い、今のは刀哉にぃのせいでしょ! 妹になんてこと聞いてるの!」

 「いや、お前だってさっきは『こっからおっきくなるの?』とか聞いてたろ。それと似たようなもんじゃないか?」

 「そ、そうだけど……刀哉にぃがそんなこと聞いてくるとは思わなかったから……」

 

 だから最初に『エッチなこと?』と聞かれて、多分と答えたんだ。


 「普段じゃ聞けんだろ」

 「今の方がよっぽど聞けないよ! 刀哉にぃ、やっぱり感性が変わってる!」

 「今ならデリカシーとか無視して聞けるかなと思って」


 これだけ密着してるんだ。変なことの一つや二つ聞くのにわざわざセーフがかかるはずもない。

 この質問はこのまま流れるかと思ったが、金光は健気にも、顔を真っ赤にしながら、震えた声で答えようとした。

 それはそれで問題がある気がするのだが、うちの妹も十分感性がおかしいだろう。


 「……べ、別に、私も普段はここまで敏感じゃない……けど……なんか、今日は凄い……」

 「待て、それ以上先を聞いたらダメな気がしてきたからこの話はやめよう」

 「な、なんで!? 刀哉にぃから聞いてきたんじゃん!」


 だ、だから静かにしろとあれほど!


 「……ねぇ、やっぱりなんか聞こえない?」

 「ん~? 私には聞こえないけどね」

 「えぇ? なんか人の声みたいなのが聞こえるんだよね。女の子かなぁ」

 「女の子? じゃあ私たちより先に誰か入ってたのかな?」


 二度目ということで叶恵も結構気にしだしている。美咲や桃華さんには聞こえなかったようだが、それは単純に距離の違いに過ぎないだろう。


 緊張から不安にかられ、更に隠れるように体をつける。


 「ととと、刀哉にぃ、ち、近すぎるっ」

 「お前が大きな声を出すからだ」

 「そ、それにしたって……って、と、刀哉にぃ、タオルがっ」

 「俺にはどうすることも出来ん」


 胸をして伝わる金光の鼓動。それは金光が余程緊張していることを伝えていた。金光の自制心がどの程度かは知らないが、体洗いの時点で少しドキドキとしていたし、今の状態は到底耐えられるものでは無いのだろう。


 それに加え、俺の腰のタオルが落ちた。そこまでしっかりと固定されていなかったのあるし、これは大変だ。

 直接金光のアレに触れてしまっている……のだが。


 「んん……あ、でもタオルが擦れるよりは楽かも」


 金光はどうやらタオルよりは意外と楽なようだ。何が楽なのかはともかくとして。

 だが一方で……。


 「……すまん金光、俺の方がキツイ」

 「へっ!? い、妹に欲情はしないんでしょ!?」

 「これは感情的なもんじゃなく、生理現象だ。どうしようもない。あとお前のここの感触がいけない」

 「褒めてるのか責めてるのか分からないよっ!」


 感情云々ではなく、感触によって引き起こされる部分はどうしてもある。


 これ以上真っ赤になることはないと思われた顔が、最早沸騰している。見える湯気は温泉のものか、金光の顔の温度からくるものか。


 そろそろ限界が近い金光だが、良くも悪くも、事態を変化させる一手が打たれた。


 先程俺が落とした(というか落ちた)タオルの存在だ。


 「……あら? ねぇそれって……」

 「ん? あ、タオルだね」


 湯船に入ったタオルはそのまま揺れる水面を漂って岩の影から出ていく。

 別段小さくもない、しかも浮いているものだ。視界の端に少し映るだけで、気になる。


 「やっぱ誰かいるんじゃない?」

 「嘘っ、ちょっと止めてよ!」

 「まぁまぁ、誰かが忘れてたタオルが今になって出てきたってこともあるし」

 「そ、そうかもしれませんが……」


 桃華さんが言うが、この場においてのタオルの存在は大きい。美咲は特に不安だろう。

 先程までの叶恵の疑問と合わさると、次の行動は……。


 「ちょっと、なんか怖いので私見てきます」

 「はいは~い。まぁ、誰かいてもここは混浴だし、一方的に怒るのはやめてあげな~」


 そりゃ、そうなるわな。


 「ととと、刀哉にぃ、どうするの!」

 

 こちらへと美咲が近づいてくるのは、声だけでもわかるだろう。金光もこの状況を見られるのはヤバいと分かっているからこそ、焦っている。

 

 しかも近づいてくるのは美咲。叶恵や桃華さんならまだワンチャンあったが、美咲はそういうところ厳しい。伊達に数年一緒にいた訳では無いが、それでも今の状況を上手く逃れる口上を俺は持っていない。


 吊し上げにされる未来が見える……これは人望や口先で解決出来る問題ではないぞ?


 そうなると、手段は問わず、ということになるが、思いついている手段は、金光を相手にするには俺でも難易度が高く、また失敗すれば、今度こそ縁の切れ目すら見えてくるようなものだ。


 ───美咲があと少しでこちらを覗ける位置に来る。もう迷っている時間はないと考えていい。


 ……俺は決断することにした。


 「金光、俺の首に腕回せ」

 「え、えぇ?」

 「いいからっ」


 俺が有無を言わさず言うと、金光は頷いて、俺にぎゅっと抱きつき、首に腕を回してきた。

 今までで一番の密着になる。当然、色んなところが直接触れてしまう訳だが、今はそれでいい。むしろ、それでなければダメだ。


 もう、ちょっとした小声も雑音程度に美咲に聞こえる距離。


 そこで俺は、金光の脚を片方、俺の肩の高さまであげた。何とは言わないが、丸見えになってしまうような形で。

 金光の体が柔らかくて助かった。


 「な、何────」

 

 当然金光は驚くが、声を出させまえと俺は金光の口に指を一本、人差し指を立てて塞ぎ、その上で、その指に重ねるように、俺自身の顔を近づけた。

 俺と金光の顔の間には、最早指一本分の隙間だけ。


 金光の目が驚きに見開かれ、心臓の鼓動がさらに早まった。


 もう、時間は終わりだ。


 「だ、誰かいる───っ!?」


 美咲が音のするこちら側へと来て、岩の影にいた俺たちを捉えた。


 驚愕で、美咲の表情が、声が固まったのが、見なくてもわかった。


 しかし、俺が今見ているのは金光だけ。目を回す金光に、俺はこれみよがし〃〃〃〃〃〃に腰を動かしていた。

 金光の口から、くぐもった声が〃〃〃〃〃〃〃動きに合わせて漏れる。


 もちろん、俺からも金光からも、直接美咲は見えていない。


 俺たちを見て、すぐに美咲は顔を真っ赤にしただろう。


 それこそが、俺の狙い〃〃〃〃だった。


 「あ、あぁ………」

 「美咲ちゃん? どうしたの?」

 「ひゃっ!? い、いえ、なんでもない、わ。それより急いで出ましょう!」

 「わわっ!? どうしたの美咲ちゃん?」

 「んん? 一体岩の向こうで何を見たのかな?」

 「と、とりあえず今は出ましょう! 早く早く!」

 「ちょ、押さないでよ危ないからぁ。まだ入ってたかったのに……」


 そして、状況を目に焼き付けた美咲は、ドタバタと二人を急かして、風呂から出ていった。


 そう、その場で俺の名を呼ぶことも、金光の名を呼ぶことも無く。


 「………と、とうや、にぃ………?」

 「…………よし、行ったな」


 そこでようやく、俺は金光の脚を下げた。それと同時に金光も拘束を解き……座り込む。

 困惑と緊張と羞恥……とにかく混乱していたのは確かだろう。


 「な、なんだったの………?」

 「悪かったな金光、ちょっと危ないことをした……入らなかったか?」

 「は、はいら……?」


 どうやら頭が回ってないようだ。俺は金光と視線を合わせるように屈んだ。


 「いや、だからさっき、俺のアレがお前のに入らなかったかって……もし入ってたら俺は今すぐに死ななきゃならんのだが」

 「とうやにぃの、アレ………? ………っ!? はは、入ってない!! 入ってるわけないじゃん!!」

 「まだ大声は出すな、完全に出たわけじゃないだろうから」


 ようやく理解をしたらしい金光は、ボフンと音を鳴らして仰け反り、すぐに否定。


 「にしても、そうか、万が一があったら本当にやばかったが、危なかった……」

 「危なかったって……ほ、ホントになんで急にあんなことしたの? もう妹に欲情しないなんて言えなくなるよ?」

 「それに関してはそうなんだが……」

 「そ、それに、キスされるかと思ったし!」


 睨め上げてくる金光。いや本当に、俺は金光に土下座したい気分だった。

 

 だがそれでも、あの場を乗りきるために、あの瞬間思いついた方法があれしかなかったのだ。


 「ど、どういうこと……?」

 「……これはあくまでそう見せるためって話だが、まぁお前もなんとなく予想出来てるんじゃないか?」

 「べべ、別に! そんなことないよ!」


 その反応は予想出来てるとみていいだろうか。


 まぁいい……俺がやったのは、ようは行為中〃〃〃のカップルに偽装する作戦だ。


 こっちは少し暗い。だがそれでもしっかりと見れば顔を認識はできるだろう。


 だから俺は、金光とキスをするかのように顔を重ね、影になるようにした。そうすれば見えない。

 それに加えて、そういうこと〃〃〃〃〃〃をしているかのような体勢と動き、あとは驚いていた金光のくぐもった声がいい感じにマッチして、すぐに美咲も誤解をしただろう。


 そして焦った中では、正確に認識できる可能性は低くなり、また近くに叶恵達もいたことで、『急いで離れなきゃ』という思いが強かったはずだ。


 「最も危険視していたのは、タオルもなにもつけていないわけだし、万が一お前に入れちまうことだったが……それは避けられた」

 「も、もう、こんなセクハラされたら、お嫁に行けない……刀哉にぃしっかり貰ってね」

 「体洗いの時点でお前はお嫁に行けないだろ。あとちゃっかりお願いしてくんな」


 あとセクハラとはいうがお前も充分俺に対しセクハラ発言してたからな? いや、俺の方が大きいだろうが。


 「ま、それ以外でいえば、美咲が俺たちだって気づく可能性だったが……あの感じだと、少なくとも俺達かもしれないという疑いはあっても、確信は無いだろうな。名前も呼んでなかったし。確実にするために、明日、合わせてもらうぞ」

 「そ、それはもちろんだけど………刀哉にぃ、ホント肝据わってるよね……もし美咲さんにバレてたら……分かってるの?」

 「だから、危ない橋だったわけだな」


 少なくとも俺の地位は失墜。縁を切られることすら可能性としてはありうる、博打。

 人生をガラッと変えるかも知らない瞬間だった。社会的に死んだと言っても過言ではない。

 美咲は無闇矢鱈に人に話すタイプではないが、それでもこの仲間内には知られたことだろう。一番肝要な叶恵や桃華さんですら、俺に失望するはずだ。


 「上手くかは分からないが、少なくとも今は乗り切れた。あとは、俺がお前にぶたれでもしたら綺麗に終わるんだがな」

 「……え? なんでぶつ必要があるの……?」

 「そりゃ、あんなことしたんだぞ? 俺としてはお前に殴られる覚悟でやったんだが……」


 金光が俺を好きでいてくれるのはわかるが、それでもあんなことをすれば嫌悪感や抵抗のひとつは湧いてもおかしくないと考えていた。

 しかし金光は、俺の心配など全く必要ないものとばかりに、少しぽかんとしたあと、「ぷっ」と笑った。


 「おい、今笑う要素あったか?」

 「いやいや、だって刀哉にぃ……ふふっ、私刀哉にぃに、体洗ってって頼むぐらいブラコンなんだよ? 今更そんなことで嫌になったり怒ったりするわけないじゃん。それとも刀哉にぃは、私がそんなことで怒るような妹だと思ったの?」

 「そんなことと言えるほど、軽いものじゃなかった気がするが……そもそも、俺達は兄妹だし、無条件でそう思うもんじゃないのか?」

 「いやいや、私、刀哉にぃが私の処女奪ってくれるなら、言っとくけど大歓迎だからね?」

 「はぁ、そういうもの………いやおい待て! お前今凄いこと口走ったな!?」

 

 処女がどうのと言ったな!? 流石の俺もそれは軽く聞き流せないぞ! 無視したい気持ちはいっぱいだが!

 というか何度も言うが俺の方ならそんな行為をするのは絶対にありえんから! それこそ『それをしないと地球が亡びます』みたいなどっかのエロ漫画的展開ぐらいじゃないと!


 しかし金光は、そんな俺に反抗してくるのではなく、むしろまた笑って、「わかってるわかってる」と頷いていた。


 「……ま、さっきは凄いドキドキたしけど、私、刀哉にぃと密着出来てラッキー、とか考えてたりするから。だから気にしてないって」

 「……そこまで好意をオープンにされると、俺は突き放した方がいいかと疑問に思ってくるんだが」

 「何で!? 妹をもっと大事にしてよ!」

 「知らないうちに貞操を奪われそうで……」

 「普通反対だよねっ!?」


 男の俺がそう感じるほどにお前の好意はオープンすぎる……本当になるとは考えていないし、思いたくもないが。

 俺はふぅ、と息を吐き、落としたタオルを拾う……少し憎々しげに見ていたのは、こいつのせいでという思いもあったのかもしれない。


 「取り敢えず、だ。危機は去ったことだし、金光、出るぞ。あまりモタモタしていると、またさっきみたいになりかねない」

 「……ねぇねぇ、もう少しだけ、入ってようよ。少し寒いし」

 

 しかし、歩き出した俺の腕は普通に掴まれる。

 ……確かに、途中美咲達が来たため、岩の影に隠れている間は体は濡れた状態で野ざらしだったのだ。

 俺も冷えているのは、自覚していた。


 それでもさっきの失策から先に出ようと思ったのだが、金光はそう言って俺の腕をひいて湯へと浸かっていく。


 「……もう少しだけな」

 「ふふ、今日の刀哉にぃは、なんだかんだ私のおねがい聞いてくれるね」

 「夜だからな。可愛い妹のために色々したくなるんだろうよ」

 「そっか……ありがと」


 とてもシンプルで、素直なお礼。それだけ言うと、話すのではなく、金光は体を寄せるだけで特に喋ることはなかった。


 先程は寿命が縮むかと思ったが、今のこの、静かで甘い時間を得ることが出来たと考えると、存外悪くなかったとも思えてしまう。どうやら俺は、今回の旅行でまた一つ、妹離れできない要素が増えてしまったようだ。


 (……だったらいっそ、これから先も…………いや、流石にそれ以上はダメか)


 考えかけた未来を一度振り払い、俺は隣の金光へと目を向けた。


 穏やか、と言うには少しソワソワとしているのが、先程のことをやはり少なからず意識しているとわかる。


 明日、もし美咲がこちらを疑うようなことがあれば、騙すのは仕方ないことだが、果たしていつまでもそんなものでいいのだろうか。


 別にやましい関係じゃない。今回のは(一応)事故だし、その前のものは(ギリギリ)家族のスキンシップでいけないこともない……気はする。


 金光だけじゃない。クーファとの兄妹にしては近すぎる関係も、どこかでケジメというのはつけた方がいいのかもしれない。


 ───何に関しても、歯止めが効かなくなるというのは往々にして起こりえることだと、俺は知っているのだから。



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