第50話 誤解だ




 ティソティウスが脚を触りたそうにしていたため、彼女を地面に下ろした俺は、絶対に股間には手を行かせないようにしつつ、[千里眼]で宿屋を見ていた。


 いやほんと、そっちはダメだから。まだ誰にも直接的には触らせてない場所だからね? 漢の花園だから。


 多分そろそろだと思うのだが、早く来てくれないものか……そう考えているうちに、ルナ達がようやく部屋に戻ってきた。


 「あー……ティソティウス、俺の手を掴んでくれ」


 一瞬、声をかけて反応するのかと思いながらも声をかけると、ティソティウスはピタッと動きを止めて俺を見上げると、俺の体を掴みながらゆっくりと立ち上がり、俺の手を掴んできた。


 言葉がわかるかのテストとして、敢えて手を差し出したりはしなかったが、ティソティウスはしっかりと俺の手を握った。つまり、この程度の言葉は理解できるということだ。


 「悪い、もう少しな」

 「………………」


 こうして考察していると、まるで自分がとても頭が良くなった気がするが、それは毎回思うことなのでさておき、俺はティソティウスの体を更に密着させる。


 ティソティウスの着ているものは俺の学ランだけだが、体格の違いのおかげでギリギ下半身まで隠れてくれてはいる。それでも密着させるのはどうかと思ったが、まだ体の扱いになれていない彼女に、転移の感覚を味合わせるのだ。しっかりと身体を固定してあげた方がいいだろうという配慮である。


 ティソティウスが上目遣いに見てくるのに対し、グッときそうな俺が居るが、ここは耐えよう。


 後で[完全記憶]でいくらでも思い出せる……耐え方がおかしいこと関しては何も言うまい。


 「『転移テレポート』」


 一応俺だけじゃないため、無詠唱ではなく詠唱破棄で魔法を唱えた俺は、ルナ達がいる宿屋の一室に飛んだ。

 別に直接転移するのではなく、宿屋の外でもいいのだが、流石に今の状態のティソティウスを人目に触れさせるのは、嫌だった。


 転移した先には、予め『思考送受信テレパシー』で連絡しておいたルナとミレディがベッドの上で待機していた。


 「あ、ご主人様おかえ……り………?」

 「ご、ご主人様、お帰りなさ…………」


 転移してきた俺を見て声をかけてきた2人だが、途中で声を途切れさせた。


 俺の体にチョコンとしがみつき、俺もまた抱き寄せている、人形のような少女。

 赤く大きな目を無表情でパチクリとさせながら、ティソティウスは周囲を見回し、ルナとミレディに目をやって、その後また俺に視線を戻した。

 心なしか服を掴む手が強くなった気がする。


 そのティソティウスの服はさっきも言ったように学ランだけで、下半身も一応隠れているが、素足は丸見え。

 裸ワイシャツではなく、裸学ランとは新しいなと至極どうでもいいことを考えた俺は、先に言っておくことにした。


 「誤解だから安心しろ」

 「誤解の余地なき犯罪なんじゃない……?」


 若干冷たい目なのは言うまでもないだろう。だがそこは俺、そこらの誤解される主人公とは違うのだよ。


 「話せば長くなるから簡潔にまとめると、武器が人間になった」

 「本当に簡潔にまとめたっ!?」


 ルナはオタク。俺が言ったことを頭から否定にはかからないだろう。

 相手がもう少し常識人だったらこの会話は通用しなかった。


 「武器に戻す方法もわからないし、元が武器だからかコミュニケーションも難しいしで、今こうなってる」

 「はぁ……ご主人様、ハプニング耐性高いよね……」

 「いや、散々驚いたあとだからね今は」


 対応に困り色々と考察したり何なりで時間を使ってるから、今こうしている。

 まぁ言うほど驚いてはいなかったと思うが、わざわざ言うほどでもない。


 俺がルナと話していると、俺の体を掴むティソティウスの手が、また強くなった気がする。

 おうどうした、なんて思いながらそちらを見ると、相変らずの無表情。


 でもなんだろうな、何かを訴えたそうにしている。

 しかし、その何かを把握する前に、ミレディが動いた。


 「あ、あの、言われたとおり、体を隠せる服を買ってきたんですけど……」

 「ん? あぁ、ありがとう」

 「あっ、ねぇご主人様、服ってその子に着させるためのよね?」

 「え? そうだけど」


 するとルナとミレディは顔を合わせて、『しまった』とも言うべき表情をした。


 「なんか違うの買ってきたのか?」

 「いや、体隠せる服って言うから、こう、隠密用なのかなと思って……買ってきたの、コレなんだけどさ……」


 ルナが買ってきたらしい服を俺に手渡す。畳まれたそれは、真っ黒の服。


 ……隠密用で真っ黒、なるほど。


 それは体をというか、体型を隠すことが出来るローブだった。それもマントやそういった部類に近いような、外套のような。


 ……つまり裸ローブか………露出狂かな?


 「その……ゴメンなさい」

 「アタシが意図を読み間違えたわ……ゴメン」

 「あぁいや、それを言うならそもそもちゃんと説明しなかった俺が悪いからな。謝らないでくれ」


 2人して謝るミレディとルナ。いや、俺が元々悪いから止してくれとね。


 しかし、この2着あるローブをどうするかだな。流石にこのまま着させるのはアレだし……。


 俺的には普通の服を買ってきて欲しかったのだが、情報伝達を行った結果だ。仕方あるまい。

 だが折角2人が買ってきたものだ。何かしらに使いたいところなのだが。


 「……よし、ちょっとズルいが、それにしよう」

 「え、何?」

 

 少し考えた結果、俺は言いながらまず片方のローブを手に取る。

 まず何が危ないって、ノーパンであることだ。つまるところ、パンツをまずは作らなければならない。


 「『錬成』」


 ローブに対し、久しぶりに錬金術を使用した俺は、等価交換の力によって、一着のローブを数枚の布にする。

 同じ布面積なら、どれだけ切り分けようと価値は変わらない。同価値の中でならどんなことでも可能な錬金術ならではの使い方だ。


 さて、仕事はここからだ。


 「ルナ、ちょっと頼みがあるんだけど」

 「今度は何? 急に奇行を始めて……」

 「パンツを見せて欲しい」

 「ほんとに何!?」


 いきなりの事だからか、ルナが体全体を仰け反らせて驚く。いや、まぁそりゃそうだ。


 「この子のパンツを作ろうと思ったんだが、良く考えたらこのくらいの女の子のパンツってどんなものだろうかと。自分で履くわけでもないから、ちょっと覚えてなくてな」

 「ぱ、パンツを作る……? いや、でもちょっと、流石にいきなりパンツ見せては無いでしょ! 変態だとは思ってたけどここまでとは……」

 「別に履いてるところを見せなくていいから」

 「脱いで見せるのも嫌よ!」


 くっ、流石に手強い。難しいとは思っていたが、やはりそうか……分かってはいたことだが、わざわざパンツを買いに行くのもめんどい。


 ミレディに視線を向けようとすると、ルナが先に怖い顔で睨んでくる。いや、冗談だから。

 そのミレディはと言えば、赤い顔でじっとしている。パンツパンツと自分の主が連呼していたら恥ずかしいだろうな。


 ちなみに連呼している俺は至って真面目な顔である。俺としては一応必要な行為だからやっているまでで、下心があるわけじゃない。

 正確には、そこまであるわけじゃない、だ。


 「……じゃあ仕方ない。ルナ、パンツを想像してくれ。後は魔法でどうにかする」

 「何が仕方ないよ。というか、パンツを想像するのも嫌なんだけど……」

 「そこを頼む。ルナも自分の妹を犠牲にしたくないだろ? だからな?」

 「サラリと脅迫してくんな! って、ミレディに視線を向けるな! も、もう! 分かった、分かったから! 想像するだけでいいんでしょ!」

 「あぁ、そしたらあとはこのローブから作る」

 

 よし、どうにかやる気になってくれたようだ。若干卑怯かもしれないが、想像で済むなら別にいいだろう。

 

 「できるだけ詳細にイメージよろしく」

 「パンツを詳細にって……ご主人様、そういう所は遠慮がないよね」

 「男子高校生なんてこんなものだろ」

 「普通の男子高校生は真顔でそんなこと言わないから」


 じゃあ普通じゃないんだろう。


 俺はルナに近づき、そのまま視線を合わせる。

 ティソティウスも無言で俺についてくる。


 「え、ちょ、何?」

 「いや、魔法使うのに額を合わせる必要あるから」

 「そんなん、恥ずかしいんですけど……」

 「俺は恥ずかしくない」

 「アタシが恥ずかしいの!」


 そう言われてもな。別に大丈夫だとは思うが、一応意識や思考に介入する魔法なので、直接肌には触れておきたい。

 

 「今更恥ずかしがることでもないだろ?」

 「ご主人様が言わないでよ!」

 「俺と額合わせるの嫌?」

 「え、そ、そういう訳じゃ……って、その手には乗らない!」


 いや、単純に聞いただけなんだが。


 「嫌じゃないなら、良いだろ。嫌なら仕方ない、ミレディと代わろう」

 「っ……わ、わかった、分かりました! 額ぐらい、別にどうってことないし、良いわよ」

 「はいきた。じゃあ、ゆっくりとイメージしてくれ。あとはこっちでどうにかするから」


 うむ、ミレディへの脅迫効果はすごいな。妹のために体を張るとは、さすがお姉ちゃん。

 それを強いている俺は悪徳貴族とか何かなのだろうか。


 ルナは目を閉じて、想像し始める。魔法使いにとってイメージというものは目を開けながらでも出来なきゃいけないことだが、まだ駆け出しのルナにそれを求めるわけにもいかない。

 なにより、俺が詳細になんて頼むから、余計だろう。


 俺がルナの前髪上げると、ルナは途端に体を強ばらせる。


 「イケナイことしてる気分になるからやめてくれ」

 「し、仕方ないでしょっ」


 思い出される魔力補給。初々しい反応は良い事だが、今ここに限ってはやめてもらいたい。


 そこから更に額をつけると、鼻先が触れるほど近くなるが、ルナはプルプルと体を震わせる。

 我慢してるんだな。そんなに恥ずかしいか? 熱を測る時だって額はつけるだろうに。別にキスをする訳でもないのだから、ここまでなる必要は無いだろう。


 ルナでこれとは、ミレディなんて気絶しそうだな。


 「それじゃ行くよ」

 「う、うん……」

 「……『想像共有イメージシェア』」


 額を合わせ、俺は魔法を発動する。使うのはヴァンルバ以来か。

 相手のイメージしたことを自分と、自分のイメージしたことを相手と共有する魔法だ。その性質上、意識、思考に介入するために、リスクが高い魔法なので、こうして万が一に備え接触している訳だが。


 やろうとしているのはパンツのイメージの共有という、誰がどう見てもおかしい事なのだが、仕方ないことなのだ。うん。


 そうして待っているのだが、一向にルナはパンツのイメージを出してくれない。というか……。


 「……ルナ、俺をイメージしちゃダメだと思うんだ」

 「うう、うるさいっ! こんな近くにいるんだから、考えるなって方が無理!」

 「そうかい」


 こりゃ、地球の頃のパンツをどうにか思い出した方が楽だったかもしれないな。金光達と下着売り場には行ったことあるし。


 今更ながらだが、ここまでやったのだから引くに引けない思いがあり、結局ルナがオーバーヒートしながらもパンツの想像を俺に伝えることが出来たのは、それから数分後だった。

 

 ま、十分もかからなくて良かった、とだけ言っておこう。


 

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