第34話 一回戦



 『RRUUUUUU………』


 檻からのそり、と顔を覗かせたその魔物は………偶然にも、俺がさっき考えたものに似ていた。


 ドラゴン、のように見える。だが、少し違う。確かに翼もあるし、鱗に覆われてはいるが、ドラゴンではない。

 

 何となくだが、ドラゴンにしては小さい、いやそれでも十分大きいのだが、ドラゴンの大きさには届いていない気がする。


 ────それに、目の前のグリムガルには、アイツ〃〃〃、知性がない。全てを押しつぶすような威圧感がない。圧倒的な存在感がない。 


 (そうだ。本物のドラゴンはこの程度じゃ………この程度じゃ……ない………ん?)

 

 ……俺はドラゴンなんて見た事ない、よな。そもそも、この世界にドラゴンが居るという記述自体、見たことはなかったはずだ。


 何かと記憶が混同したのか。ただでさえ膨大な量の記憶を持っているから、おかしくもない、とは思うが。


 思考に意識が奪われていた間に、グリムガルは体を外に出し、俺へと敵意を向ける。

 変な考えで少し動揺したが、今から戦闘が始まるんだ。幾ら負けないとはいえ、気は引き締めなければ。


 ミリア先生が大きく跳んで、その場を離れる。それに伴い、この氷山の演習場を覆うほどの大きさの、正方形に薄い透明の障壁が発動された。

 どうやら拓磨や樹、叶恵、そして他の勇者たちが、先生に言われて魔法で防御をしてくれてるらしい。流石に勇者、魔法の威力はやはり高く、防御もピカイチだ。

 あと何故かマルコ達も障壁の防御に参加している。正確にはマルコ達の中の一人だが、障壁をさりげなく作っている。ほかの所より一段劣っているのは、まぁ勇者と比べるなということなんだろうが。


 また何かよからぬ事を考えているのか、それとも関係ないのか。そこの障壁の部分は少し弱いし、気をつけておこう。


 ま、俺の威力を考えると、そもそも攻撃を当てないように気をつけなきゃいけないが。グリムガルの攻撃なら、ある程度は平気か。


 「じゃあイブ君、頑張ってね!」

 「はいはいやりますよっと」


 障壁の外から言ってきたミリア先生に、聞こえてるかわからない声で返して、用意していた剣を構える。


 残念ながらグリムガルはあくまで魔物であるため、待ってくれるなんて言うことは無い。だからミリア先生もすぐに離脱したのだろう。


 『GGAAAAAAAAA────!!』


 雄叫びを上げながら、その巨体(具体的には頭から足までが10メートルはありそう)に似合わない俊足で俺との距離を詰めるグリムガル。しかし、俺もまた待ってくれるとは露ほども思っていない。


 「本当は手加減して長引かせようと思ったが、マルコ達がいるからな……予定よりは早く終わらせよう」


 剣をダランと下げながら、俺は滑らかかつ素早い動きで、迫り来る巨体の股下を潜り抜ける。地面は氷だが、別に滑らなくするぐらい魔法でどうとでもなる。

 そのまま、足首に剣を思いっきり突き立てる。


 「っと、硬いなっ!」


 しかし、剣は金属音を立てて弾かれた。[魔刀]で切れ味は強化していたはずだが、とうとうそれでも弾かれるような相手が来てしまったか。


 股下にいることに気づいたグリムガルが足踏みをするが、その場に既に俺はいない。

 

 「『ブラスト』」


 背中に『転移テレポート』した俺は、グリムガルに手を当てて魔法を発動した。午前にレオンに対して発動した、衝撃波を生み出す魔法。

 あの時は数百キロ程度の物体を吹っ飛ばすものだったが、グリムガルは桁が違って数百トン単位。威力を三段階ほど上げて衝撃を与えると、グリムガルの巨体は一気に吹き飛んだ。


 「おわっ!?」


 多分聞こえた声の主は、樹だろうか。囲われた障壁にグリムガルはぶつかったが、この程度なら防げるらしい。

 

 障壁にぶつかって止まったグリムガルは、残念ながらダメージを負った様子はない。内側の方に衝撃が届いていればいいが、見た感じは望み薄だ。


 「にしても、なぁ………」


 [魔刀]で切れ味を強化していたはずの剣を見て、俺は少しため息を吐く。

 切れ味を強化した上で弾かれたのは、初めてだ。


 俺に吹き飛ばされたことが癪だったのか、背中の翼をはためかせ、ブオンっと宙に飛んだグリムガルは、旋回し勢いを、俺に向けて降下してくる。

 それに対し、剣は使えないと判断して『無限収納インベントリ』に収納しつつ、俺は右手を急降下してくるグリムガルに向けて、そっと伸ばした。

 

 気分はさながら、隕石直撃5秒前だ。なんの対策もせず当たったら、流石の俺も回復する隙すらなく体が押しつぶされるだろう。つまり、いくらなんでも死ぬ。

 まぁ、無防備に食らうこと自体、俺に有り得るのか知らないが。


 「『反転リバース』」


 いや、そもそも当たることも少ないのか。


 俺の反射神経は自分で言うのもなんだが信頼出来るからなと思いつつ、時速数百キロ、しかし俺の目にはゆっくりに見える速度で迫るグリムガルが俺にあたる直前、俺とグリムガルの間に薄緑色の障壁のようなものが出現する。


 『RUA!?』

 

 グリムガルがそれに突撃し、衝突した瞬間、あたかも威力が跳ね返ったかのように、グリムガルが元いた方向に大きく吹き飛ばされた。

 何をされたのかわからない、とでも言いたげに上空から見下ろすグリムガル。


 使用したのは、重力魔法『反転リバース』。受けた衝撃を反転させる魔法だ。あくまで衝撃だけだが、グリムガルの巨体の衝撃は、グリムガル自身にとっても驚異的だろうな。


 「おいおい、上にいるのは卑怯だろ。『堕点風流降りてこいよ』?」


 俺はグリムガルを見上げ、その身体の上空に、下降気流を発生させる。

 最上級魔法による下降気流は凄まじく、突然空を飛べなくなったグリムガルが、その気流によって地面にたたきつけられる。


 ズゥン! と地鳴りがし、足元がグラッと揺れる。叩きつけられた部分の氷はクレーター上に砕け、俺がいる部分までもヒビが入っている。


 重力魔法ではなく、純粋な風の力で抑えつけられているグリムガルを、俺はクレーターの端に立って見下ろす。


 倒れていても、その体の高さは俺の身長以上にある。クレーターによる凹みがなければ、俺が見上げなければならなかっただろう。


 30センチを優に超える大きさの眼球が、悔しそうに俺をみあげる。クックック、這いつくばって無様なものだな。


 さて……そろそろか。


 「さっきも言ったように、早く終わらせるつもりだからな。悪いけど、お前の手札は後で別の個体に見させてもらうとして、今は終わらせてもらう……『絶対零度アブソリュートゼロ』」


 グリムガルが俺の言葉を理解したのか、風の力に抗おうと体に力を入れた瞬間だ。


 一瞬で辺り一帯を、この氷山から発せられたものとは別の冷気が包み込み、そして……グリムガルを内側に完全に凍結する。

 俺の魔法による凍結は、通常の魔物じゃまず解けない。まぁ、本気でやってないから、力技でこじ開けられる可能性もあるのだが。

 だが、ここまでやれば確実に倒せただろう。


 まさに一瞬。戦闘にかかった時間はおよそ1分もない。そして、俺は一切被弾せず、相手を完封した。


 「…………」


 動きを止めた氷のグリムガルを俺は一瞥して、勝負は終わったと、唖然とした雰囲気の中、障壁の外に出ようとする………。


 「───イブ君っ!!」


 突然、ミリア先生が叫んだ。その障壁の外から、鬼気迫る表情で。

 もちろん、叫ばれるような覚えのない俺は、疑問符を浮かべる。


 ────それは、本当に一瞬のことだった。


 まず、完全に凍結したはずのグリムガルが、氷の中で突然黒い瘴気を発し始め、俺の『絶対零度アブソリュートゼロ』を打ち破って出てきた。

 続いて、ある一部分の障壁が突然消失した。そこは、俺があらかじめマークしておいた場所。


 そして……グリムガルが俺を無視して、その障壁の向こう側にいる人物のもとへ、『転移テレポート』を使って移動した。


 「……え?」


 その人物────たまたまそこにいたリーゼロッテは、突然目の前に現れたグリムガルに、呆然とするばかり。

 そりゃそうだ。まさか自分に向かってくるとは思いもしないだろう。それも、『転移テレポート』なんていう高度な魔法まで使って、障壁すら図ったよう〃〃〃〃〃に消えて。


 『GGGGGGGGGGG!!!!』


 グリムガルの腕が高速で動き、リーゼロッテに向けて振り抜かれた。早い。『魔の申し子ディスガスト・テラー』と同程度……いや、それ以上だ。


 だから、もう少し俺の判断が遅れていたら、危なかったかもしれない。


 「キャッ!?」


 視界が一転。ズシリと腕に重みが伝わると同時に、リーゼロッテの悲鳴がから聞こえてきた。


 そして、俺の背後をグリムガルの腕が通り過ぎ、その凄まじい勢いに衝撃波も生まれ、俺の背中に当たる。

 しかし、それが当たっても、俺の身体は微動だにしない。


 「ふぅ、久々に焦った……」

 

 今の一瞬で俺は、リーゼロッテを抱えて避けていた。全く、魔法でもないのに、数十メートルの距離をグリムガルの腕が振られるより早く移動するとはな。いや、今更か。


 周囲の目が、突然移動した俺と、黒い瘴気を放つグリムガルに向く。ここで悲鳴をあげて逃げ惑ったりしないのは、流石は高レベル達。


 ────だが、これは少し面倒かもな。


 

 




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