第33話 一触即発
「───お前……何故ここにいる?」
「ふん、昨日の勇者か。忌々しい縁だな」
ミリア先生と少しだけ話をした後、俺は脳裏で予想していた光景が広がっていることを、戻った先で認めた。
拓磨達とマルコ達、会えば何かしら問題があるとは思っていたが、早速対立しているのが見えた。
だが、今回は拓磨達の他にも4組のメンバーがいる。それでも、マルコは恐るるに足らないとばかりに、傲然とした態度を崩さない。
「言っておくが、俺はお前らの担任の許可を得てここにいる。それは理解しておけ」
「っ……」
その態度に声をあげようとした拓磨だが、それをマルコが出鼻をくじくように遮った。
眉間に皺を寄せ、一瞬苛立ちを見せた拓磨だが、それを隠すように、代わりにこちらを向いた。
「タクマ君、悪いけど本当よ……」
「……そうですか」
ミリア先生が一歩前に出て、眉間を解しながら、拓磨に答える。頭が痛くなるというやつか、マルコの問題は大変だな。
「特例、という程のものでもないけれど、マルコ君達の同席を認めました……色々と言いたいことはあるでしょうけど、我慢してちょうだい」
「だとよ。先生様が言ってるんだ、聞き分けろよ?」
「貴方も安い挑発をするわね。ちょっかいはかけないんじゃなかったの?」
「言われなくとも、約束は守るさ」
ミリア先生に含みのある笑みを向けたマルコは、ドカッと長椅子に座った。
挑発をミリア先生が上手く受け流してくれたおかげで、クラスメイト達が暴発をしないで済んだのは幸いだな。
流石に今マルコ達へ攻撃したら、ただのリンチになりかねない。そのためのミリア先生からの許可なんだろうな。無理矢理入ってきたなら、追い出そうと問題ないが、許可を得たのにそのクラスの生徒たちから攻撃を受けたとくれば、言い逃れが難しい。
何をしたのかは知らないが、自分が周りからどれだけ恨まれているかも計算ずくってことか。樹と知恵比べをしてもらいたいね、是非。
「さて、ちょっと色々あったけど、マルコ君達のことは無視してイブ君に戦ってもらいましょうか」
「はぁ……」
あぁ、やっぱりするんですね。いや知ってたけど。
それはそれ、これはこれなのか、眉間を解していた手は今や脇の部分でワクワクと動いている。頭痛はいいんですか?
とはいえ、マルコのことを気にしているのも事実。本当に完全無視している訳では無い。ミリア先生はアピールとして言っているだけだ。
いつまでもマルコ達にみんなが気を取られていると、授業の効率も悪いからな……今からやるのはミリア先生の独断による、俺の戦闘ショーだけど。
「ところで、こんな近くで見てて平気なんですか? 周りに絶対被害が行かないようにするのは無理ですよ?」
「あぁそれは大丈夫。捕まえた魔物には、対象者以外を襲わないようにさせる、特殊な魔道具が付けられてるから」
「それ、凄いんですけど、信頼度は?」
「中の上ってところね」
高いのか低いのかわからん………いや、最低でも一割以上は安心できないということか。つまり十分の一以上の確率で危険な場合が出てくる。
「……まぁいいです。もしもの事があったら先生、お願いします」
「タクマ君とかの勇者グループに壁系統の魔法を貼らせるから、問題ないわ」
「最初からそっちを言ってください」
勇者を防御として使うのもどうかと思うけど、まぁそれならいいか。最悪俺がやればいい。
無詠唱での発動で敵の攻撃を完全に防ぐぐらいなら、拓磨を先に倒している今なら、そこまで驚かれない、と思いたい。
「で、肝心の相手はどんな魔物なんですか?」
「ん? イブ君に戦ってもらうのは、SSランク魔物、『グリムガル』。特別クラス用に取っておいたらしいんだけど、さっきも言ったように理事長に許可もらいに行ったら『大丈夫』って言われたから、持ってきちゃった」
いや、『きちゃった』じゃないですよ。そんなお茶目に行っても、持ってきたのは凶悪な魔物でしょう。
今更辞退をするつもりは無いが、SSランク、そんな簡単に出すものじゃないだろ。そいつ一人で倒せればSSSランク冒険者になれるだろ、割と簡単に。
つか今サラッととんでもない事言った? 特別クラスって特殊な事情の生徒が集まるって聞いた気がするんだが、SSランクの魔物なんか相手にしてるの? 俺が言うのもなんだが、凄いね。
「山の上に住んでて、空を飛ぶ魔物なんだけどね。見ての通り大きいのよ」
「そうですか……氷の山に住んでるんですか?」
「ううん。私が演習場の真ん中で斧を立てて、倒れた方向の地形を使おうって思ってやったら、斧がここに倒れただけ。本来は普通の山よ」
運任せなのになんてことしてくれてんだこの人。こんな戦いづらそうな地形をそんなことで選んでしまったのか。もっと生徒の安全面を確保しろ。
「それに、戦いやすい地形じゃつまらないわ」
アンタは生徒を駒かなにかと勘違いしてるんじゃないのか? いややるけど、やりますけど。
渋々頷くと、ミリア先生は「やった! じゃあ檻開けるわ!」と言って行ってしまった。何だこのやり取り。突っ込む隙がない。
トントン。
呆れていた俺の肩を、誰かが叩いた。
「どうしたの?」
「マルコと、知り合いだったの?」
「あぁマルコね。ちょっと、揉め事に直面して、その時に。それから目をつけられたっぽい」
「そう」
直ぐにわかったが、リーゼロッテだ。どうやら、俺がマルコと知り合いか聞きに来たようだが。
俺は突然の質問にも淀みなく答える。だが、聞いたのはそっちなのにまるで興味が無いように、リーゼロッテは相槌して戻ってしまった。
もう慣れたが、やはりなんなんだという疑問は拭えず、リーゼロッテが去るのを見ていると、途中で彼女は、少しだけ振り返り、俺に横顔を見せ。
────注意して。
口パクでそれだけ言って、離れて行った。
……謎だ。何が謎って、何故わざわざ口パクで言ったのか、そこが謎だ。俺が読唇出来なければどうするつもりだったんだ。
いや、もしかしてこの世界では必須技能なのか……? どこかのエージェントかよ。
それはともかく。注意して、というのは前の会話から判断してマルコだろう。マルコはどうやら何かしらで悪評がたっているようだし、それで注意しろっていうのはわかる。この世界の問題児は地球のような易しいものじゃ無いからな。
だが、リーゼロッテが俺にわざわざ言いに来た理由がわからない。マルコに目をつけられていたとして、彼女がこうして注意を促す理由は、無いのだ。親しい訳でもないし、ましてやあんなコミュニケーション能力に欠陥があるし。そもそもほとんど無言だし。
それとも、クラスメイトのよしみか? もしくは根は優しいとか。俺に気がある、というのは1パーセントにも満たない程の妄言だな。
他には……俺ではなく、マルコに関して思うところがあるか。あいつに目をつけられたから、忠告された。
……ま、そこの所は考えても仕方ない。後で聞いてみるのが早いな。
「はいイブ君そこに準備!」
どうやらミリア先生の方はいつでも問題ないらしい。檻の横に立って手を当てているミリア先生に、俺は頷く。
「まぁ、一応今回は最善の準備をしたから、比較的安全だと思うわ」
「最善の準備、ですか?」
「私はずっと臨戦態勢なのよ。ほら」
ブンッ!! とずっと背負っていた斧をミリア先生は一振する。たったそれだけで、地面が深く裂けた。周囲の生徒から感嘆の声が漏れ、マルコは鼻を鳴らす。
改めて思うが、こういうことが出来る高ランク冒険者って、やっぱ人外だな。
だが、つまり先生は先生なりに、いつでも助太刀に入れるようにしている、ということか。
「それは、頼もしい限りです」
「ま、それでも倒せるかは分からないんだけどね……今更だけど、やっぱり辞める?」
「怖いことを言わないでください。やりますって。もうみんな見てるし、引くに引けないです」
俺としてはやってもやらなくてもどっちでもいいから、そこまで仕方なくという程の心境ではないが、これで次に面倒事を振られたら嫌なので、アピールとして示しておく。
俺の返事にミリア先生は満足したように頷いた。
「それでこそ男の子。じゃ、檻開けるわよ」
そして、青色の檻に一気に魔力を流し込む。
その瞬間、格子状の鉄が消え去り、中から『グリムガル』と言うらしい魔物が、姿を現した。
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