✕✕話 非日常な授業風景

 勇者としての力を持ったまま、地球に帰還したら……そりゃ、色々とやばいですよね。


──────────────────────────────



 これまた当然とも言うべきか、それとも意外にもと言うべきか。


 勇者として様々な能力が強化されたからか、思考速度の加速化に加えて、記憶力の大幅向上(教科書の内容を丸暗記するぐらいは大抵の者が可能)等があり、俺の学年の平均成績は非常に高い。

 暗記、思考速度が問われる理系等は、昨年度の三学期の期末テストや期始めテストでは驚異の平均点90点越え。一番低い者で86と、そのあまりの好成績に、期末テストの時は集団カンニング疑惑が持ち上がったほどだ。


 もちろん、魔法を使えばそれも可能だが、それを誰もしてないのは俺が把握している。また、その後のカンニング疑惑を確かめるための、教員が目を光らされている中での再テストでは、2回目ということもあり満点を取る者が続出し、平均点は96という、頭の良い奴だけを集めたかのような数値を誇った。


 不正は何も無かったということで騒動は収まったが、いや、勇者の力というものは凄い。


 担任から『学年全体で勉強会でも開いたのか?』と言われた時は、なんとも言えぬ空気が漂ったものだ。


 そんなこんなで学校の勉強は安泰であるが、さて次は、体育の時間である。




 「あぁー西崎のタイムは5秒36……5秒36!?」

 「うっし、まぁまぁかな」


 これは少し前のことであるが、新年度の最初の体育はやはり50m走や100m走などの短距離走のタイムを計ることがやはり多い。そんな中、体育の教師はストップウォッチを見て引き攣った笑みを浮かべた。


 5秒台前半。しかも今走ったのは特別運動が得意ではない(という評価を得ていた)生徒だ。もちろんそんな評価は、勇者である俺達には最早なんの意味もなさない。


 「こ、こんなタイム、世界記録なんじゃないのか……? 俺のストップウォッチのタイミングが早すぎたのか? おい慎二しんじ、そっちはどうだ?」


 流石に非常識なタイムに狼狽する先生だが、しかし、更にそこに教師に対する追い打ちがかかる。


 「5秒25ですよ。少し先生のタイミングが遅かったですね」

 「なっ!? お、お前のストップウォッチも壊れてるんじゃないのか!?」

 「いえ……先生、適当な3桁の数字を仰ってください」

 「はっ? い、いきなりなんだ? ……いやわかった、365だ」


 タイムを測っていたもう一人の生徒は、そこで一度ストップウォッチを起動し、止める。それを先生に見せれば、先生は更に困惑した。


 「さ、3秒65……」

 「はい。もう一回、更にもう一回……とまぁ、こんな感じで完璧に見極められる俺が、ストップウォッチのタイミングを間違えるはずないので、西崎のタイムは5秒25で間違いないです。心配なら、他の数字でも試しますか?」

 「い、いや、いい……じゃ、じゃあ西崎のタイムは5秒25だ」


 何度やっても、ストップウォッチは3秒65の数値で止まる。0.01秒単位で揃えるなど普通なら不可能に近いが、それを出来てしまう。

 そしてその説得力に、先生はただ頷くしかない。例えそれが世界記録を超えるような数値であっても、今は飲み込むしかない。


 しかし、その後も先生の顔から驚愕と困惑が抜けることは無かった。何せ他の生徒、男女問わず全員がそれに近い数値を難なく出していくのだ。

 難なく……勇者の身体能力は一度地面を蹴るだけでほぼ瞬間移動に近い速さで移動できる。そのため、普通の人間とはそもそも走り方が違うのだ。

 だから普通に走ろうと思うと、まるで力を抜いてスキップでもするかのように軽く走っているように見えてしまう。


 途中からは計測を正確にできる生徒に任せ、先生は一人考え込んでいた程だ。


 本当ならせめて6秒台に抑えるのが妥当なのだろうが、それが出来るほど全員が器用という訳でもないので諦めた。代わりに、騒ぎにならないように(あとは先生が可哀想なので)、俺は先生に一つの魔法をかけておいたのだ。



 その魔法とは───。





 「よぉし、じゃあ今日も引き続きバスケを行う。チームはまた少し変えて、男女別で、一応先週までの成績〃〃から比較して均等になるようにしているから、この紙の通りに分かれてくれ」


 時は戻って現在。体育の授業であるが、先生から言われたその言葉に、待ってましたとゾロゾロと全員が動き出す。


 先生にかけた魔法は単純だ。魔法で『常識改竄』を行っただけ。


 言うなれば……『俺たちの身体能力にはおかしなところはない』と思い込ませているわけだ。だからこの先生は、俺達の身体能力は他の学年の生徒と同じぐらいだと思っている。もちろん細かな成績までは先生の意思によるが。


 ちなみにこの魔法を使えるのは俺と、闇属性に高い適性を持つクーファや、賢者とも呼ばれたみのりぐらいのもので、拓磨ですら満足には扱えないだろう。

 それ程までに人の認識に作用する魔法は難易度が高い。この魔法も、使い手がほとんど居ないからいいものの、禁術指定されてもおかしくはないほどの危険な代物だ。


 閑話休題それはともかく


 チーム分けを済ませると、早速バスケが開始される。メンバーは5対5、俺はまずはベンチからで、というのも誰も俺と戦いがらないので、俺は後半から入れということらしいが。


 さて始まってみればまずはこちらのチームがジャンプボールで見事ボールを獲得。そこからどんな展開に行くのかと言えば───。


 「まずは手始めにぃっ!!」


 そう言って、その生徒の持つボールが消える〃〃〃

 続いて鳴り響くは、バシィッ!! という激しい音。

 

 敵側のコートでは、何故かゴールの目の前で跳躍して、消えたはずのボールを手にしている生徒が居る。激しい衝撃波が俺達の髪を揺らし、綺麗に着地したそいつは、そのままドッジボールかと勘違いするようなフォームで敵陣地側にボールを投げる。


 「そこだっ!!」


 再びボールが消える。いつの間にかこちらのコートにまで移動していた敵がそのパスを拾い、壁に向かってボールを投げた。


 壁を経由したパスを反対側に移動した他の選手が受け止めて、少し離れた位置からゴールに向かって、バレーのシュートのようにボールをはじき飛ばす。


 「守備!!」

 「あっ、くそっ!!!」


 だがそれはギリギリで展開された障壁〃〃によって遮られる。 ボールは弾き飛ばされコートを大きく飛び出るが、それもまた勢いよく跳躍した味方の選手が、ボールが落ちる前に的確にコートの方へと飛ばす。


 その飛ばし方も尋常ではなく、地上5メートル程の高さで器用にボールを受止め、コートの方に反転した勢いでボールを飛ばすという非常識なもの。その選手も、ボールを手から離した直後に空中を蹴って〃〃〃コートへと戻っている。


 「いやー……いつ見ても超次元的なバスケだなぁ」

 「ルールを考えたのはお前だろうに。先生に被弾したらどうする?」

 「安心しろ、先生は常に『次元の壁ディメンションウォール』でカバーしてる」

 「そうか……だがそれにしても、今この瞬間誰かが体育館に入ってこないか心配になるな」

 「人払いの結界も張ってるから平気のはずだ。最悪来ても、みんな分かるから何とかなる」


 と、スコアボードの隣で拓磨と話す。


 今目の前で行われている超次元バスケだが、これは日頃勇者としての力を隠さなければならない俺達の息抜きとして採用したものである。

 俺達とていつまでも力を抑えておけるほど我慢強くはない。以前ならば戦いが常だったのでそんな状態にはならなかったが、こちらの世界はただただ平穏そのもの。


 そうなってくると、やはり体をたまには本気で動かしたくなるわけで、それでという訳だ。


 一応このバスケだが、まず体育館、ゴール、ボール等に魔力で補強を施し、破損しないようにする。ちなみに一度これを怠ってしまったことがあるのだが、ボールは投げられた時の威力にギリギリ耐えたものの、体育館の壁にぶつかって破裂。その時の衝撃波だけで壁に亀裂が走り、窓が割れたほどだ。


 それ以降必ず補強を施すようにしている。なお、壊れた部分は時空魔法で時を巻き戻して元に戻しておいた。


 そして、バスケは通常のものとはもちろん異なる。俺達の身体能力では、コートの端から端まで移動なんてことは容易に出来るし、そのスピード故いわゆるドリブルも必要ない。一足で跳躍するように端から端まで行けるのだから、トラベリングのしようがないのだ。


 そのために、基本はドリブルではなく、ボールを投げて移動となる。そしてシュートもまた自由で、取り敢えずどんな形であれ入ればいい。スリーポイントなどはなしで一律二点。一応魔法は制限をかけている。

 その中で、基本的にチームには守備を設ける。範囲を極限まで限定した障壁によってゴールを守ることが出来るので、その障壁を担当する役割のことだ。


 障壁は一度に一人までしか発動してはならない、というルールがあるため、事前に守備を決めておいた方がいいのだ。ちなみに障壁の大きさはゴールの周囲10度を覆うまでで、当然ながらゴールに蓋をするように発動してはならず、あくまで側面を覆う形でしかダメだ。


 故に真上からのシュートは、直接割り込んで阻止しなければ防ぐことが出来ない。


 とまぁこんなルールではあるが、身体能力だけはいかんなく発揮出来るため、本人達も体育の時間は一日の中でも特にやる気だ。


 「青チームに得点」

 「毎度思うが、この試合風景を撮って『編集の力』みたいな感じのタイトルで動画を出せば、ちょっと有名になれそうだよな」

 「専門家が『これには加工が一切されていない。つまりこの学生達は本当にこの身体能力で行っているのだ』等とすぐに解析してしまうのではないか?」

 「そのぐらいは魔法に認識阻害をかけて防止するさ……いや、動画は撮らないけどな。万が一があったら堪らんもんなぁ」


 そう言っている間にも、目まぐるしい戦闘〃〃が行われている。多分一般人が入ったら確実に死ねるので、戦闘と言っても過言ではないだろう。


 誤ってこちらに飛んできたボールを右手で受け止める。豪速球を軽く超える速度だが、別に誰も驚きはしない。

 こんなもの、あの叶恵でも出来るだろう。


 「はいファウル~、今のどっちチームだ?」

 「すまん刀哉、俺だ」

 「仲間だよ俺? はい、じゃあ青チームから試合再開な」


 ちなみに戦場に出ている選手以外の人間にボールを当てたらファウルだ。仕方なく敵チームにボールを渡して、また定位置に戻る。


 「この調子だと、俺のチームが勝ちそうであるな。今日は勝ちを貰うぞ」

 「好きにしろ。後半、俺の猛攻に耐えられるならな」

 「お前だけは魔法無しでもいいと思うのだが、そこのところどうであるか?」

 「嫌」


 流石に魔法を全力で使うようになった拓磨を相手に、魔法無しで立ち向かうのは厳しい。いくら俺の身体能力が高くても、拓磨程の者が扱う魔法はそれを覆す。

 魔法には魔法かそれに準ずるもので対抗するしかないのだ。生身で対応できるのは、ある一定レベルまでである。

 だから逆に、魔力の操作だけでもOKを出してくれれば別だがな。




 ───とはいえ。



 「ふっ!!」

 「っ!!」


 戦闘メンバーは入れ替わり、俺と拓磨の1対1〃〃〃

 互いのコートを秒間数十回レベルで飛び交うボールは、流石に魔力で補強されているとはいえ、その構成に綻びができ始めていた。

 しかし、一度でも取り零せばゴールまっしぐらだ。その程度にはボールの軌道を操ることなど造作もない。


 そしてその合間に、ボールを取らせんと繰り出される、魔法の応酬〃〃〃〃〃。それはルールで制限されていない初級魔法でしかないが、俺たちが使えば、ただ魔力を込めるだけの誰でも扱える初級魔法でも、裁きの雷となり、断罪の剣と化す。


 その威力は、同じ勇者が放つ最上級魔法にすら匹敵する。俺と拓磨は、それ程までに勇者の中でも突出しているのだ。


 故に、周囲には俺と拓磨の共同で発動した『戒めの結界』を張らなければならない。使用者の魔法を問答無用で無力化するこの魔法がないと、俺と拓磨の魔法は防げない。


 ───結局のところ、俺も、そして拓磨もまた力を持て余しているのだろう。幸せな生活ということで不満など一切ないが、その点だけはどうしても燻ってしまう。


 「うっわ相変わらずの二人」

 「あれを見ると、勇者の力を手に入れてもう無敵とか思ってる俺達も、ただ粋がってただけなんだなって思うわ」

 「「「分かる」」」

 「アイツらの魔法、どれかひとつでも防げるやついるか?」

 「神子の能力でバフ貰って、儀式魔法でアイツらにデバフかけまくって、料理長の料理で下準備してから、予め『神の縛鎖グレイプニル』で縛らせてもらえば、ワンチャンいける………か、かもしれない」

 「それでもいけるか不安になっちゃったんだな、分かるぞ」

 「実際、まず『神の縛鎖グレイプニル』は無力化されると思っていいからなぁ。バフデバフも、そこまでやってようやく能力的には対等イーブンってところだろうし、そして同じ条件内でなんて……」

 「勝てるきしねー」

 「そりゃ、刀哉に関しちゃあの俺らが束になっても敵わなかった魔王を一蹴してるからな……アイツこそ魔王みたいなもんじゃん」


 外ではそんな会話がなされている。俺達の放つ魔法の威力に恐れ慄いているようだが、なるほど、一種のデモンストレーションとなっているわけか。

 抑止力とは、こういうことを言うのである。こんな奴がいるところで悪さしたら絶対アウトだ、と思わせるのだ。

 今回のは意図せぬことではあるが。


 「よそ見を、するなっ!!」

 

 顔の横を極大の雷が通り過ぎる。その隙をついて拓磨がボールをゴールへと飛ばすが、正面からのボールなど、障壁で防げる。


 上手いこと跳ね返ってきたボールを空中で拾い、今度は俺が、かなり上方からゴールに向けてボールを叩き込んでやれば、拓磨はギリギリのところで体を割り込ませた。


 「くっ!!」

 「回復かけてやろうか?」

 「必要、ないっ!!」


 まぁこいつ程になると、常時治癒効果が体にかかっているので、怪我をしても直ぐに治ると思うが。思いっきり俺のボールを受けたので少し心配したが、杞憂だったようだ。

 それに答えるように、拓磨からの魔法の攻撃が強くなる。攻撃とは言っても別に当てることを目的としているわけじゃなく、互いの魔法を互いに潰しているだけだが。


 どちらかが手を止めれば、たちまちコートは相手に支配されてしまう。物理的に身動きが取れなくなるほどの密度の魔法では、俺も詰みだ。

 だから、こちらも更に増やすしかないのだ。その数、およそ40。コートの面積に対して過剰にも程がある。


 しかしその激しい相殺音、飛び散る魔法の余波が、より気分の高揚を煽る。魔力視によって視界に映る沢山の魔力の残滓が、まるでダイヤモンドダストのようにキラキラと光を反射しているのだ。


 そこからは、俺も拓磨も互いに限界が来るまで力を上げ続ける。




 もっとも、先に音を上げたのは、俺でも拓磨でもなくボールの方であったが。




 丁度コートのど真ん中で、大きな破裂音と共にボールは消し飛ぶ。それこそ跡形もなく、恐らく箒などで掃けばようやく集まるぐらいに。


 それを機に、俺と拓磨は互いに指を向けあった状態で停止した。他の魔法も全てが停止し、それぞれの指に魔法の発動兆候があるだけ。今お互いに、撃鉄を下ろした拳銃を向けあっているような状態なのだ。

 一触即発の雰囲気。だがもちろんそうなることもなく。


 「……引き分けかよ」

 「ふぅ、ボールの脆弱性にも困ったものだ。もう少し強化を施さねばな」


 俺が言えば、拓磨も苦笑いをしながらを下ろす。

 

 「でも刀哉、前半戦の点数で俺たち負けてるから───」

 「……あっ」


 仲良く引き分け、そう思ったところで、味方ベンチからそんな声がかかる。

 スコアボードには20-14。そして後者が俺たちの点数で……。


 「……まぁ、そういうことも、あるよな、うん」

 「引き分けどころか俺達の勝ちか。悪いな刀哉、やはり今日は勝ちを貰う日だったようだ」


 サラリと告げて、自身のベンチに戻っていく拓磨。くっ、なんか凄い悔しい……。


 「身体強化解放すれば勝てたはず」

 「……まだ使っていなかったという方が驚きなのだが」


 負け惜しみを口にすると、拓磨が驚いた顔で振り返った。そりゃ、使うわけない。勝負を一方的な蹂躙にしたいわけじゃないのだから。

 ちなみに俺以外の全員が試合中は身体強化をしていたのだが、まぁ、練度が違うからな。鍛えられた肉体と反則級のパラメータは、素の状態でも完全装備の勇者と渡り合えるのだから。


 だから一応、攻めきれなかった要因の一つであるのは確かだ。負け惜しみでしかないが。


 

 その後も授業終了時間まで何回か試合を行ったが、最終的に二勝一敗で、なんだかんだその日は勝利を収めたのであった。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る